第18話 猫を追って
「それは、食べ物じゃ、ないぞっ」
叫んでも猫が止まってくれることもなく、猫は公園に備え付けられている駐車場を抜け、建物と建物の間……人一人が通るのがようやくの薄暗い路地裏へ、猫は走っても追い付けない時雨を嘲笑っているかのように掻い潜っていく。
(この先は……たしか、古い住宅地だったな)
この辺りの地理を思い出して、思わず舌打ちをする。
先程の猫は太っていたが、首輪をしていなかった。野良は古い建物の軒の下に住むことがある。
古い家が立て並ぶあそこは、野良猫が住みやすい場所と言えよう。
(無事でいろよ、陽古!)
一応神だが、今はあんなに小さいのだ。食べられる可能性だってある。
路地裏に続く道を通り抜けて、辺りを見回す。
古い家が続く道。数匹の猫はいるものの、陽古を
「くそっ」
逃してしまった。
(いや、あいつはこの辺に住んでいるはず……見つけなくちゃ)
陽古が食べられる前に。絶対に。
とりあえず、右側から探してみることにした。
コンクリートではない、土の道を蹴る。
道は一本道だった。陽古の名前を呼びながら、時雨は息を切らしながら走る。ちゃんと辺りを確認しながら。
名を呼びながら探すのは気が引けたが、こんなに猫が多いのだ。聞いても近所の人は、猫の名前だと思ってくれるだろう。そう信じたい。
道が二股に分かれている。右側を曲がると、道の真ん中で後ろを向けて
(善家……?)
間違いなく、善家の姿だ。どうしてここに、と凝視していると善家の足下で何かが動いているのが見えた。
「あ」
善家の足にあの猫が擦り寄っているのが見えた。
見つけた。だが、口に陽古を
(どっかに捨てたか……?)
善家が振り返る。時雨を見ると、一瞬目を丸くした後、にかっと口元を吊り上げた。
「時雨じゃん。どうしてここに?」
善家が立ち上がって、時雨の方に振り返った。
あまりにもいつも通りの対応に少したじろいだが、こいつはそういう奴だと思い出し立ち直る。
「おれは……」
どう説明しようが頭の中で練ったが、善家が摘まんでいる、物体に絶句した。
善家が摘まんでいるのは、力なく項垂れている陽古だった。
「陽古!」
思わず叫んで、はっと口を押さえる。
そして疑問が過る。
(善家はなんで陽古を摘まんでいるんだ……?)
陽古の姿は人に視えないはず。それなのに、摘まむことなんて有り得ない。
(まさか、視えているのか……?)
思考を巡らせる中、善家は摘まんでいる陽古を持ち上げて、首を傾げる。
「ん? ひこって、コイツの事か? ブーヤ……あ、この猫のことな。ブーヤが咥えているし、見た所人形っぽかったから取り上げたんだけど……」
視えている。善家には陽古が視えている。
「このコロポックル、ひこっていうのな~。ていうか、コロポックルって本当にいるのな」
「コロポックル……?」
「あれ? コロポックル知らない? 絵本で見たから皆知っているものだって思っていたんだけどなぁ」
「いちおう知っている、けど」
コロポックルが主体の絵本の存在は知っているが、実際に見たことはない。そもそもコロポックルというのは、北海道のアイヌ伝承に登場している小人のことで、この辺りの話ではない。
そこまで説明をするのは面倒くさくて、陽古の正体も説明したくなくて、話を戻す。
「あー……とりあえず、返してくれないか。ぐったりしているし」
「あ、苦しいよな。わりぃ」
善家から陽古を受け取り、そっと口を寄せて小声で話しかける。
「大丈夫か……?」
「た、たべられるかとおもった……」
「……ほんと、ごめん」
口を離して、善家と向き直る。善家はあっけらかんと笑う。
「時雨って意外と、交友関係広いのな! まさかコロポックルと友達だったなんて、思わなかったわ!」
コロポックルではなくて神様だけれど。
言えるはずもなく、
「あのさ、善家。コイツの事は、他の奴には言わないでくれ」
「え? 言う必要あるのか?」
虚を突かれたような眼差しで時雨と陽古を交互見る善家に、ならいい、と時雨は告げた。
善家の言うとおり、言う必要などどこにもない。
「じゃ、俺行くな! また学校でな」
「ああ。保護してくれて、ありがとう」
「おう、どういたしまして!」
爽やかな笑顔を残し、その場を去っていく善家の背中を見ながら、陽古は呟く。
「なかなかの好青年だな。性格も良さそうだ」
「あれのどこが」
けっと
「なんだ。自分には持っていないものを、持っている
「違う。むしろ似すぎるんだよ、おれとあいつ」
「何処がだ?」
ますます不思議そうな顔をする陽古。時雨は吐き捨てるように述べた。
「人を拒むところがだ。おれは明らか様に避けているが、あいつは違う。あいつは笑顔で人を拒絶するんだよ」
クラスメイトに囲まれ、笑顔を振りまいて応対する善家。
それを見て、吐き気を覚えた。
一見見れば、爽やかな青年だ。
時雨は気付いていた。張り付いている笑顔を。目を細める時、一瞬垣間見えた無の顔を。
善家は上手く繕っているのだ、笑顔の仮面を張り付けて本来の自分を隠している。
人を集めながら、人を笑顔と言葉でやんわりと拒絶する。
「おれより性質悪いぞ、あれは」
そう吐き捨てて、時雨は踵を返す。
「……まあたしかに、あの少年には近付かないほうがいいかもな」
そんなことを言う陽古に驚いたが、とりあえずここから離れようと足を動かす。
一瞬だけだが陽古は見えた。
こちらを横目で見つめ、自嘲を込めた笑みを浮かべる、善家の顔を。
そして、善家の後ろに佇んでいる、黒くておぞましい黒い影を。
確かに、視たのだ。
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