第17話 城下町の散策
バス停はこの町唯一の店であるコンビニの前にあるので、人通りが比較的多い。なので陽古と話すときは小声で話し、バスを待った。
バスに乗ると最初は時雨と陽古だけだったが、バス停をいくつか通過すると、八人ほど増えた。
さすがに人がいると陽古と話せないが、久しく時雨と常連の老人しか見ていない陽古にとって、現代人は新鮮らしく、膝の上に置いたリュックを足場にして、乗客を興味津々と眺めていた。
一番後ろの席にいるので、人目を気にすることはない。陽古の好きなようにさせつつ、その様子を眺めて暇を潰した。
目的地に降りた途端、陽古が声を張り上げた。
「ここが噂に聞く元城下町か!」
「どうだ? 初めての町は」
「大きい建物がいっぱいだ! 本で想像したのよりも大きいぞ! 車もいっぱい通っている……色々とあるな!」
陽古は、それはもうはしゃいで肩から落ちそうで時雨はそっと落ちないように手を添える。
村にビルはないし、渋滞知らずというほど車もあまり通らない。人も過疎化が進んでいるとはいえ、周辺の市町村と比べると一番多いので、擦れ違う人も沢山いる。陽古にとって全部が新鮮に見えているだろう。
それでもまるで子供みたいだ、と呆れていたが、同時にしょうがないなぁ、とついつい好きなようにさせてしまう。この感覚を微笑ましいというのだと、陽古と会話するようになって知った。
「時雨、あれはなんだ!?」
「とりあえず落ち着けって。落ちるぞ。ちなみにどれだ?」
「あの三色に光っている棒だ!」
「あれは信号機だよ」
「おお! あれが小説で聞いた信号機か! では、道に描かれているこの線はもしや」
「横断歩道だよ」
「おお! やはりか!」
やや興奮気味に信号と横断歩道を交互に見ていることが見なくても分かるほど、肩に掛かっている重みが落ち着かない。
「陽古、信号機と横断歩道はこれからたくさん渡るから後にして、今日は色々と見て回るんだろ? まず何処に行きたい?」
「城! 城というものが見てみたい!」
「あそこに小さく見えるのが城だけど?」
山の上に鎮座する天守閣を指差すと、何を言うか! と陽古は珍しく息を荒げた。
「近くまで見に行かないと、見たとは言わんぞ!」
「はいはい。それじゃ、行くか。ぐれくれもおれの肩から落ちないように」
「分かった! 時雨、行くぞ!」
ぐいぐいと肩の布を引っ張る陽古。本当にこれじゃ、親の手を引いて早く早くと急かす小さい子供じゃないか。むしろ、そのものだ。
(ということは、おれが親? いや、保護者か?)
そんなことを思いながら、耳元で喚く小さな神を軽いデコピンで物理的に黙らせた。
城、博物館、寂れた商店街……どこへ行っても、陽古は子供のようにはしゃいでは興味津々で、あれは何だ、としきりに訊いてきた。時雨は知っている限り、それに答えた。
そしてあっという間に昼になる。朝から歩き回っていたので、腹の虫が鳴った。陽古に飲食店に寄る旨を伝え、ハンバーガー専門のチェーン店に入りお持ち帰りで注文する。
店内でもよかったが昼時だから非常に混んでいるし、傍から見れば時雨は一人だ。混んでいる中、連れも多い中で食べるのは嫌だった。
陽古はここでも興味深そうに店内を見回していた。一番気になったのは、厨房の方のようだ。せわしくポテトを揚げたり、飲み物をカップに入れたり……そんな作業している人間を観察していた。
時雨はチーズバーガーのセットを頼んだ、ピクルス抜きで。会計を済ませて大体五分後に受け取って外に出た。
店からそれほど離れていない寂れた公園に入り、日陰に入っているベンチに腰を下ろして、チーズバーガーを取り出す。
「時雨、それはなんだ?」
「チーズバーガーっていう食べ物」
「食べ物?」
物欲しそうにチーズバーガーを見つめる陽古に、さてどうしたものか、と悩む。
与えるのはいいのだが、今の陽古は掌サイズ。チーズバーガーを与えたとして、パンの所しか口が届かない。ポテトも顔と手が油塗れになりそうだ。
時雨は、そういえば、と別の袋の中身を取り出す。
それは商店街のケーキ屋で買ったクッキーだった。雪乃へのお土産として購入したものだったが、また別の物を買えばいいだろう。
「チーズバーガーとポテトは後が面倒だから、こっちはどうだ? クッキーっていうんだけど」
「それはさっき買った物か?」
「ああ。食べるか?」
「うむ!」
時雨は袋から一つだけクッキーを取り出して、陽古に渡す。陽古はそれを両手で持った。まるでハムスターがひまわりの種を持っているみたいだな、と思わず吹きそうになる。
「時雨! くっきーとは美味しいな!」
弾んだ声音でクッキーを頬張る陽古。お気に召したようだ。
よかったな、と返してチーズバーガーを食べる。
食べ終わって陽古を見てみると、四枚目のクッキーを手に取っていたところだった。
「ゴミ捨てに行くから、少しここにいてくれ」
「ふぁかった」
返事したのを確認して、腰を上げる。
(そんなに気に入ったんなら、今度から差し入れとしてお菓子とか持って行こうか)
そう思いながら近くのゴミ捨て場で、燃えるゴミ、プラスチックと分類して戻ると、時雨が座っていた場所に小さな影が座っていた。
恰幅のいい黒ブチの猫だ。こちらに尻を向けて、ゆるやかに尻尾を振りながら何かを弄っているようだった。
「まさか……」
嫌な予感がする。
猫がおもむろに時雨の方に顔を向く。口元に咥えられている物体に目を瞠った。
だらーんとされるが儘になっている、陽古だった。
「……」
しばらく見つめ合った後、猫は陽古を咥えたままベンチに降りて、軽やかなステップで駆けて行った。
「待てえええええええええ」
声を張り上げながら、時雨は猫を追いかけた。
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