第16話 お迎え

 回想して、再び口の中に苦いものが広がる。


 たしかに変わったと自分でも思う。けれど、それを他人に悟られたくなかった。祖母である雪乃ならまだいい。なんだかんだで一緒にいる時間が長いから、致し方ないとなるから。だが、天敵ともいえるあの優に勘づかれるなんて屈辱くつじょくだ。


(というかおれって、そんなに変わったか?)


 たしかに変わったと自覚はしているものの、ほんの少しだけ変わったくらいだと思っていた。それこそ、他人にはバレない程度だと。


 だが実際には一年以上会っていない奴に見破られるほど、著しい変化なのか。


(あいつが勘の良かったんなら、複雑だとか屈辱だとか嫌悪感とか色々と飲み込んで致し方ない、と思うけど勘はそれほど良くなかったよな?)


 ちょくちょく第六感が働いているなぁ、と思った瞬間もあったが基本的にそこまで鋭くはなかったはず。


「…………あほくさ」


 我に返り、思わず零してしまう。


 突っ立って嫌いな奴のことを考えるより、今から一緒に出掛ける陽古のことを考えないと。


(バスの時間もあるし、早く回収しないと)


 急ぎ足で神社に向かう。


 念のために優の家の前を通らないルートを通ったが、特に誰とも擦れ違うこともなく神社に辿り着いた。


 階段を上って、いつも陽古は座っている本殿の方に視線を向けるが、陽古の姿が見当たらない。


 本殿の周りをキョロキョロと見回していると、どこからか陽古の声が聞こえてきた。


「しぐれ~」


 間違いなく陽古の声だが、いつもより若干高いような気がする。


「ここだ、柱の下だ」


 どの柱だ、と思いつつ声が聞こえたほうの柱の下を見る。


 そこには服ごと小さくなった陽古の姿があった。身長は十五センチくらいか。そのまま小さくなったというわけではなく、輪郭が丸くなっている。漫画でいうところのデフォルメ化されている、という表現がしっくりくる。


「本当にそんなに小さくなれるんだな」


 感心して呟くと、陽古が誇らしげに胸を張った。


「時雨が来る前に、と頑張ったぞ」


「わざわざおれが来る前に小さくならなくてもいいのに」


 正直小さくなる様子を見たかった。陽古は珍しく唇を尖らせて呟いた。


「神にだって着替えている姿を、他の者に見られたくない羞恥心を持ち合わせているぞ」


「小さくなるってそういう感覚なのか?」


「おそらく一番それに近い感覚だ。内側を晒すみたいなものだからな。それよりもこの姿をとるのは久方ぶりで時間も掛かるから、時雨が来る前に小さくなろうと頑張ったぞ」


 キラキラとした目が時雨を見つめる。


 現代の文体を早く覚えた陽古を褒めたら、こういう目で見られることが多くなった。褒めなかったらしょんぼりする。


「うん、えらい」


 軽く褒めると、陽古が満足げに頬を赤くさせた。


 さて、と腕時計で時間を確かめる。


 少しだけ時間に余裕があるが、この便を逃すと二時間も待たなくてはいけないので早くバス停に着きたい。


 時雨は陽古に手を差し伸べた。


「陽古、フードの中に入って」


「ふーどとは、時雨の服が余っているところか?」


「あま……そうだな、ブカブカになっているところだな」


「分かった」


 手に乗った陽古を軽く掴み、肩まで運ぶ。陽古が手から下りて、フードに重みを感じたので声を掛ける。


「陽古、乗り心地はどうだ?」


「安定はしないが、これはこれで面白いぞ」


「気持ち悪くなったら言えよ」


「ああ」


 フードを直し、時雨は踵を返した。


 それにしても、と時雨はフードの重みを感じながら思った。


(陽古がおれよりも小さいってなんか新鮮だな)


 陽古は時雨よりも頭一つ分くらい身長が高い。いつも本殿に座っているので、そんなに気にしたことはないが、いざ並んでみるとその身長の高さに些かか面白くなくなる。


「新鮮だな」


 後ろから聞こえてきた呟きにドキッとなる。


「な、なにが?」


「時雨の頭、いつもなら上から見ているのに、今日は少し下からだ」


 同じ事を考えていたことに恥ずかしさがあったものの、それよりもさりげなく自分をいつも見下ろしている発言にムッとし、わざと身体を大きく揺らしながら階段を下りた。

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