第15話 お出掛け当日、ついでに回顧
それから数日後の土曜日の朝。
時雨は青の無地のパーカーに黒いズボンといった、シンプルな恰好に着替えた。
全身、従兄弟のお古で成り立ったコーデである。見た目は多少気にするが、従兄弟のお古は品質が高くてヨロヨロしてないうえに綺麗なので気にしたことはなかった。
(誰かと出かけることなんてなかったから、別にこだわることがなかったけど。今日は陽古と出掛けるから、いつもよりか気にしたほうがいいかな)
そこまで考えて、頭を振る。
(いつもと服が違うって言われたら逆に恥ずかしいぞ)
いつもと違う様子だと目聡い陽古のことだから疑問符を浮かべて「いつもとなんか違うな」と指摘するに違いない。
(いつも通りが一番だ)
いつものリュックの中身を確認して、ふと気が付いた。
(手のひらサイズになれるって言っていたけど、どこに小さくなった陽古を入れたらいいんだ?)
しばらく考えて、パーカーのフードの中に入れたらいい、と結論づけてリュックを背負う。
急な階段を慎重に下り、仏間に線香を供えて合掌している雪乃に話しかける。
「ばっちゃん、行ってくるよ」
「おお」
雪乃が振り返って、時雨を見やる。すると、おや、という顔をした。
「時雨、いつもと違ってシャンッとしとるが、だれかとでかけるんか?」
ギクッと肩が強張る。まさか雪乃に見破られるとは思っていなかった。
「違うけど」
バクバクする心臓を抑えつつ、素っ気ない風に返すと雪乃が、んんん? と
「なーんか最近、空気が変わったような気がするんが」
「ばあちゃんの気のせいじゃない?」
雪乃から目を逸らして、リュックを背負い直す。
「夕方には帰るから」
「めずらしや。そげいな時間までおるんか?」
「色々と用事があるから。じゃ、行ってきます」
「気ぃつけてなぁ」
「うん」
玄関を出て道に出ると、青草の匂いが
誰かが草刈りをやったのだろう。草刈りの後は、土と青草の匂いがする。もうすぐ梅雨に入るから、その前にといつも伸びきった雑草を刈る人が近所にいるので、おそらくその人が作業をしているのだろう。
案の定、田んぼの
(稲もだいぶ大きくなったな)
四月中旬に植えた稲は、大分背が伸びて太陽の光と風を浴びるたびに青々しく輝いている。それを見ると、夏だな、と感慨深くなる。
空を見上げると、清々しいほど澄み渡った青空が広がっていて、山から入道雲が顔を覗かせていた。
大きな入道雲だな、と思わず
(今日はバスに乗って遠出するけど、近所だったらアイツを連れて散歩するのもいいかもな)
そこまで考えて、ふと先程の祖母の言葉が脳裏に蘇った。
――なーんか最近、空気が変わったような気がするんが
――相変わらずじゃなくてお前、変わったな
ついでに嫌な奴に言われたことを思い出して、口の中に苦いものが広がる。
せっかく頭から追い出したというのに、またこびりついてしまった。
そこから連想で、前日のことが蘇ってしまった。
「あ、時雨じゃん」
いつもなら無視する声。振り返ったのは、すっかり声を忘れたからだった。その姿を確認して、時雨はうげっと顔を
帰宅途中に偶然会った、同い年の男。小学、中学と一緒だったが学力のことも相まって別々になった、腐れ縁で不覚にも幼馴染みという間柄である彼の名前は
顔が微妙に縦に細くて、目も薄く横に伸びている。いつも時雨は、キツネ顔ってこれのことなんだな、と思いながら見ていたものだ。
中学までは嫌でもほぼ毎日顔を合わせていたが、高校が別々になった今では全く顔を合わせていなかった。優の家は近いが、乗るバスが違ううえ、帰宅時間も違うのか、途中まで帰る道は同じなのに今まで擦れ違うことはなかった。
「久しぶりだなぁ! 元気だったか?」
「さっきまで元気だったが、お前の顔を見た途端に元気パラメーターが急降下した」
「お前、相変わらずだな」
時雨の言葉に不機嫌になることもなく、普通に笑った。
時雨は昔、優が嫌いだった。理由は事あるごとにからかってきて、雪玉を投げられて、叩かれて、座ろうとした椅子を直前にどかそうとしたり、その他諸々。
何が楽しいのか、様々な嫌がらせを受けられて毛嫌いしたものだ。今でもその記憶が根強く、優に対して警戒心を
すると、優はじっと時雨を見据えた。
優からそんな視線を向けられたことなんて今までなかったので居心地悪くて、たじろいだ。
「な、なんだ。そんなじろじろと」
「……いや、
「はぁ?」
訳が分からず
頭の隅で、こいつ前言撤回なんていう言葉を覚えたのか、と国語の成績が一だった優の成長に少し驚いた。
「相変わらずじゃなくてお前、変わったな」
一瞬何を言われたか分からなくて、固まった。程なくして我に返り、時雨は優を
「どういう意味だ?」
「雰囲気が柔らかくなったっていうの? そんな感じ」
ますます分からなくて半目になる。
「さっきお前に対して吐いた言葉で、どうしてそういう解釈することができるんだ。とうとう頭が馬鹿に……いや、それは元からか。すまん」
「ほら、変わっている」
胡乱げな目で首を捻らせると、優は可笑しそうに口元を歪ませた。
「誤魔化そうとしている時点で、お前は変わっているぜ? 俺の知っているお前は、反論せずに見下した目で俺を見ていたはずだ!」
「…………」
そんなに自信満々に言われても、反応に困る。
その後、これ以上話したくなかったので一言二言話しただけで別れた。
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