第9話 嫌な二つの言葉
時雨が通っている高校は、町内唯一の高校だ。なので生徒の大半が同じ中学の出身で、小学校から一緒の生徒も数人いる。またこの町が県境に近いことから、隣の県から通っている生徒もちらほらいる。
二年生になってからクラス替えがあったものの、それでも大半が中学からなんとなく見知っている顔ばかりだ。だから時雨が群れない性格だと知っている生徒が多いので、基本的に放置してくれている。
休憩時間は誰にも話しかけてこないので、時雨は次の授業の準備が終わったら専ら読書をしている。
けれど、最近は窓際の席になったこともあってボーッと空を眺める時間が増えた。
陽古は時雨と出会う前は、よく空を眺めていたらしい。同じ空だけど同じ空ではない、と矛盾していることを言っていたが、だからボーッと眺めるにはいい、とも言っていた。
よく分からなかったので、時雨もたまに空を見上げることにした。
確かに雲は毎回違う形をしているが、ずっと眺めているとやはり飽きてしまう。
飽きない、と陽古は言っていたが、やはりそこは分からない。
(けど、空がだんだんと青くなったな……)
冬、春とは違う空の色をぼんやりと眺めていると、ガラガラと扉が開く音がした。
「席につけー。ホームルーム始めるぞぉ」
ガタガタ、と椅子を引く音が聞こえてきて時雨は視線を空から黒板のほうに移した。
授業が全部終わり、最後のホームルームの時間だ。学校からの報せもあるので、時雨はキチンと聞くようにしている。時雨は気軽に話せるようなクラスメイトがいないので、誰かに訊くということはハードルが高いのだ。
「授業参観の報せと家庭訪問の報せのプリントを配るぞ。家庭訪問のプリントは、都合の良い日にちと時間を書いて今月末までに提出するように」
「せんせー! どうして高校にもなって、授業参観も家庭訪問もしなきゃいけないんですかー?」
男子生徒が手を上げて、軽い口調で担任に問う。
「去年も訊いたなおい。都会のほうの高校じゃ、家庭訪問しないみたいだが、ここはド田舎や。田舎の高校に進んだ自分を恨め」
「どうして都会の高校はないんですかー?」
「都会はここと違ってあっちこっちから生徒が通うんや。つまりその分交通費が掛かるからやらんと思う」
「わい、隣の県から来てまっせ」
別の男子生徒がすかさずそう言うが、担任が呆れたように盛大に溜め息をついた。
「隣の県っていってもここから近いやろうが。県庁所在地よりか大分近いやろ。とっとと田舎から脱出できるよう、お前ら勉強して自立できるようになれやー」
担任がそう言いながら一番前の生徒にプリントを渡す。前の席の生徒から二種類のプリントを渡され、自分の分を取ってから後ろの席に渡す。
「それじゃ、忘れないように」
そこでチャイムが鳴り、起立礼をすると教室がザワザワと騒ぎ始めた。
(授業参観……家庭訪問……)
嫌なワードが一気に二つも来て、一気に
「授業参観かぁ。この歳にもなってかよ」
隣からそんな声が聞こえてきた。
「嬉しかったの、せいぜい小学生の低学年の頃までだったよなぁ。今はむしろ来るなって感じだよな」
別の男子生徒が愚痴っている。
その言葉を聞いて、時雨は憂鬱な気分の上に更に、複雑な気持ちが乗っかかってきた。
(ああ、もう、嫌な気持ちになる)
その二つの気持ちが重苦しくて、さらに苛々した感情が込み上がってきてプリントをグシャリと握り潰した。
「
「俺?」
その声に、善家もいるのか、と
ベリーショートの黒髪に、時雨よりも一つと半分ほど高い身長に、体格のいい身体つきをしている。
男子生徒の名前は、善家
時雨のクラスメイトで野球部に所属している。大らかで人当たりもよく、いつも笑顔を浮かべている、クラスの人気者。他の生徒からみれば、時雨とは真反対の性格の持ち主だ。最も時雨はそう簡単には思わないが。
「俺はどうだったかなぁ」
善家が自分の髪をグシャッとしながら唸る。一瞬だけ目を細めて、にかっと笑った。
「俺は授業よりも野球の試合に来てくれたほうが嬉しかったな!」
手を下ろして、ポケットの中に手を突っ込む善家に時雨は眉を
「そういや昔から野球をしているんだっけ?」
「そうそう。俺、運動が取り柄だからな」
「そう言って、頭もそこそこいいのは知っているんだぞ~」
「そこそこっていうほどでもないのな~」
ワイワイと騒ぎながら、善家とその友人たちは教室を出て行った。
それを確認して、時雨は小さく呟いた。
「誤魔化すのが上手いことで」
小さく溜め息をついて、プリントに視線を戻す。
(家庭訪問……また、言われるだろうな)
去年は雪乃の家に移り住んだばかりの頃に家庭訪問があり、雪乃が担任の対応をしていた。
そのとき、両親について散々聞かれた。
親御さんと話したいだの、一応親御さんのほうにも話を聞きたいだの。親御さんは、親御さんを。
思い出すと、いきなり耳鳴りがしてきた。
違う、去年だけではない。一昨年も、その前からずっと。
『共働きで時間を取れないから、訪問は遠慮させてもらいたいだぁ? お前んちだけ特別扱いできんよ。親御さんを説得してくれ』
出来ないからそう言っているだろ。
『夕方からなら大丈夫って言われても、こっちにも都合があるんだよ』
たしかにそっちの都合もあるけれど、こっちの都合もある。
『おばあさんが代理? 親じゃないと困るよ』
うるさい。
『これはお前のためでもあるんだ』
うるさい。
『先生がいっていたよ。時雨くんちのおとうさんとおかあさん、時雨くんのために時間わってくれないって。それってさぁ』
――シグレクンノオトウサントオカアサン、シグレクンノコトスキジャナイッテコトダネ
うるさい、うるさい!
「おーい、時雨」
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