第8話 お出掛けの約束②

「とりあえず、バスに乗って行ってみたらどうだ?」


「私一人だと絶対に迷ってしまう。それに力がもたないと思う。小さくなったら別だが、小さいと何かと不便だ」


「小さくなれるのか?」


「これくらいでも可だ」


 そう言いながら、手のひらで身長を伝えてくる。どうやら手のひらサイズまで縮められるらしい。


「そのほうが身体の負担が少ないんなら、どうして普段からその身長にしないんだ?」


「どうして神は皆、美形ではないのかというくらいに同じ問いだな」


「言われたことがあるのか」


「源氏物語を読ませてくれた人に言われた」


「……千年前の人って……なんていうか、今と変わらないんだな」


 古典はそれほど読んだことはないが、現在の創作物では神は美形だと書かれることが多い。古典でもそうだったとしたら、そういう夢を抱いても仕方ないのかもしれない。


(でも、昔の美的感覚って今と違うよな? 源氏物語の人はどういう美形を予想していたんだ?)


 と思考が逸れそうなったが、言っておくが、と陽古が続けて言ってきたので我に返った。


「私には顔の善し悪しはよく分からないのと、他の神とそんなに交流がなかったから、神の容姿は基本良いのか知らない」


 容姿が良い神が何を言っている。そう言い返したかったがグッとこらえた。顔に対して無頓着が過ぎる彼に何言っても無駄だ。


「だが、顔が良くないからと親元に送り返された女神がいるのは知っている」


「それは酷すぎないか?」


「当時は神の世界でも男が優勢で女は劣勢だった。そう珍しくもなかったと思う。だがその送り返した男神おかみ天照あまてらすの孫で、高位の神がそういうことしたことは当時でも醜聞しゅうぶんでな。こちらまで噂が流れた」


 ん? と時雨は首を傾げた。


 何かで聞いたことがあるような流れだ、と妙に引っかかった。時雨は神話関連の本を読んだことがほぼない。けれど何かの本でチラッと、そういう話を見た気がする。


「いやいや、話が逸れている!」


 元々の話を急に思い出し、声を張り上げる。陽古が、はて、と首を傾げた。


「どんな話をしていただろうか?」


「小さい方が負担少ないんなら、どうしてその姿でいるんだ?」


「ああ、そうだったな。結果的にこの姿の方が負担が少ないという結論だな」


「矛盾していないか?」


「なんというか、取りやすい姿と神通力が少なくてすむ姿は違うというか」


 やや困ったような表情を浮かべ、言葉を探しているのかよどんでいる彼に察した。


 後ろめたいことはないのだろう。ただ、どう説明していいか分からない、という風に見えた。


「ええと、なんか動くと神通力が消費するとかそんな感じか?」


「それとは違うような似ているような……ううむ、これは説明が難しいな」


 本を読むようになった陽古は、最近の言葉を覚えてきているが、語彙力ごいりょくが豊かになったとはいえない。


 ここはさっさと次にいくのに限る。


「手のひらサイズまで小さくなれるって言っていたけど、それってどういう原理なんだ?」


「原理……原理か……ううん」


「あ、無理に説明しなくていいから」


 どういう原理でそうなるか知りたいが、きっと理解出来ない。たまに彼の説明は理解不能のものがあって、おそらく小さくなる原理のことはそれになる。今まで話してきた経験から成しえる直感である。


「そうか? まあ、小さくなる原理とは違うが理由として、私は他の神とは違い生まれが特殊なのだ。身体の大きさを変えることができるのも、そういう理由だからと旅をしていた神が言っていた」


「神様って旅をするのか?」


「神代に近い時代の頃に、手のひらに乗れるくらい小さい神が旅をしてきたのだ。最近顔を出してくれたが、神々の間で人間に混じって旅をするのが流行りだと言っていたな」


 最近とはいつのことか。老人の最近は数年、もしくは十年単位であることは、雪乃が証明している。神にとっての最近のことは何十年単位なのか、もしかしたら百年単位かもしれない。


 昔に比べると大分旅行がしやすくなったと思うから本当に最近という可能性があるが、ずっとカレンダーなしで暮らしてきた彼に過ぎた時間のことを訊くのは無駄なことだと学んでいる。


「手のひらくらいの大きさなら、なんとか探索できるだろうが、小さすぎるとかえって危険で負担が大きくなるから最近は諦めている」


「前の人は軽トラで乗せていってくれなかったのか?」


「仕事で使っていたし、子供を乗せて送り迎えしていてな。子供は複数いたから、その分金がかかるからと少しでも節約するために、それ以外に使わないようにしていると言っていたな」


「前の人は子持ちだったんだ」


 なら、あまり時間がなかったのかもしれない。子育ては時間と手間がかかりすぎる、と雪乃が零していたからおそらくそうだ。


 それは置いておいて。

 時雨はあごに手を添えて黙り込んだ。


「時雨? どうした?」


 急に黙り込んだ時雨に、陽古が怪訝けげんな顔をして首を傾げる。顔を覗き込もうしたのか、かがんできた陽古を手で制する。


「あのさ、そんなに小さくなるなら、おれがお前を乗っけて案内してあげようか?」


 陽古の目が丸くなり、時雨を見据える。


「いいのか?」


「久々にジャンクフード食べたいし。行ってみたいんだろ? ついでだよ」


 言い訳染みた台詞に少しだけ自己嫌悪に陥ったが、陽古のパァッと明るくなった陽古を見てその気持ちが霧散した。


「時雨……! ありがとう!」


 いきなり力強く抱き締められる。抱きしめられるのが久しぶりで、身体が硬直した。すぐ切り離そうとしたが、日だまりのように絶妙に温かい体温に脱力してしまった。


(神様って、意外と温いんだな)


 自分以外の人には視えないのに、と不思議な気持ちになったからか、そのまま受容した。

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