第146話 ※彼女はあくまで友達です。

 屋上での一幕からしばらくして。


 クラスの出し物のため、石徹白さんが一足先に抜けたことで、一旦の解散と相成っていた。



『また、後でね!』



 そう言いながら去っていった彼女の顔はすっかり明るくなっていたので、もう心配する必要は無いだろう。


 後はただ、そのパフォーマンスを楽しむために体育館へと向かうだけだ。



「ねえ」



 そう思って歩き出そうとした時、友戯が背中に声をかけてくる。



「どうした?」

「ええっと……」



 振り向きつつ用事を尋ねてみるも、何故か躊躇うように視線を逸らされてしまう。


 今さら言いにくいことでもあるのだろうか。


 もしあるのであれば、ここで憂いを断っておきたいところではある。



「遠慮しないで言ってくれていいぞ」

「そ、そう?」



 故に、気遣い無用と胸を張って伝えると、



「じゃあ、お言葉に甘えて……」



 途端に早足で距離を詰めてきて、



「うおっ……!」



 ぎゅっと、背中に腕を回して抱きついてきた。



「んん〜〜っ……」



 そして、そのままトオルの胸に顔をぐりぐり押し付けてくると、なんとも満足そうな声が響いてくる。



「と、友戯?」



 突然の奇行に困惑させられつつ名前を呼んでみれば、動きを止めた友戯がのっそりと顔を上げる。


 ゼロ距離で琥珀色の瞳に見つめられたトオルは、その美少女っぷりと、あまりに甘い表情によって急激に鼓動が速くなっていった。



「……んん〜っ」



 が、一方の友戯はというと、ジーッと見つめてきたかと思いきや、またもや頬擦りを始めてしまう。



 ──え、えぇ……?



 もちろん、彼女の意図が読めないほど鈍感では無い。


 ただ、あまりに唐突すぎて脳が追いつけていないのである。



「あの、友戯さん……?」

「…………」



 仕方なく再度呼びかけるも、やはり反応はなく、



「……ふぅ」



 やがて、ひとしきりやって満足し終えたのか、一息をついた後にようやく離れてくれた。


 トオル自身が何かをしたわけではないが、嬉しさやもどかしさの混じった感情の忙しなさに、不思議と強い疲労感を覚えてしまう。



「あの、さ」



 そんなトオルとは対称的に、ツヤツヤとした顔で話しかけてきた友戯は、



「その、ルナのこともあったからなんとか抑えてたけど、ホントはめちゃくちゃ嬉しかったから」



 頬を赤く染めながら、今の行動の理由を語り始めた。



「私のこと好きって、言ってくれたこと」



 そう言葉にする友戯の顔は正しく恋する乙女のそれで、



「だからあの、もう一回言ってほしいなって……」



 更なる要求がくるのも、もはや当然のことと言えた。


 瞬間、訪れる静寂と、懇願するように潤む瞳。



「……好きだよ、友戯」

「っ!!」



 これは言うまで納得しないな、と直感で信じられたトオルは、少し照れくさいながらも素直な気持ちを伝えつつ、



「日並っ……!」



 直後、両手を広げながら突っ込んできた友戯に、



「す、ストップ友戯!!」



 慌てて待ったをかける。



「な、なに?」

「いや、『なに?』じゃなくて。石徹白さんのいない所でいいの?」



 言わずもがな、友戯の行動が少々大胆というかやり過ぎなのではないかと思ったからである。


 つい先ほど、三人で上手く付き合っていくと誓い合ったばかりなのに、二人きりでこそこそとするのはいかがなものだろうか。


 そう感じての質問だったのだが、



「ルナには後でちゃんと言うからっ……ね、いいでしょ?」



 どうやら、彼女はブレーキが完全に壊れていらっしゃるご様子。


 うずうずと、今にも駆け出しそうな雰囲気を醸し出していた。



「落ち着け友戯っ……」



 果たして、友戯はこんな性格だっただろうか、とトオルは困惑を隠せない。


 確かに、昔から寂しがりというか、甘えたがりなところはあったが、まさかここまでとは思いもしなかった。



「ひ、日並が決めたんだから、責任取って!」

「えぇ……!?」



 しかし、そうさせてしまった原因がトオルの側にあるのも事実。


 友戯がこうなることを予見できなかった己のせいだと、全てを受け入れるしかない。



「わ、分かりました……」

「やったっ……私も日並のこと好き……!!」

「ぐっほ……!?」



 諦めて頷いた次の瞬間、想いの重いタックルを受けたトオルは、その衝撃に呻かされつつ思った。



 ──これは……少し早まったかも……しれん……。



 この調子で甘えられて本当にやっていけるのだろうかと、贅沢すぎる不安を抱きながら……。








 その後。


 友戯が納得するまで抱擁を受けたトオルは、疲労困憊になりながらもなんとか体育館へとたどり着くことに成功していた。



『さっきの話、分かってるよな?』

『分かってるって』



 そう答えた友戯が、意外なことに人前では適切な距離を保ってくれたかおかげだろう。


 トオルは彼女がきちんと切り替えをできたことに感心しつつ、しかしなぜあの直後にそこまで冷静でいられるのかという疑問も持たずにはいられなかった。



 ──ま、まあいいか……。



 こちらは未だ友戯の感触が残ってドキマギしているというのにと、平然とした態度で横に座る彼女を恨みがましく思うも、詮無いことである。


 照明のついていない暗い体育館の中、用意されたパイプ椅子に座るトオルは、ひとまず心を落ち着けることにした。



「あ、始まるみたいだね」

「お、おう……」



 と、タイミング悪く友戯が話しかけてくる。


 それにドキリとさせられつつも、舞台上の垂れ幕が開いていったことで、自然と意識はそちらへと向けられ、



「あ」



 照明が点灯したその時にはもう、余計な感情は全て塗り潰されていた。



 ──ああ。



 ポップで軽快な音楽が流れ、舞台の上では十数人の女子たちが踊り始める。


 お手製の衣装に身を包んだ彼女たちは一様に楽しそうな笑顔を浮かべていて、そこだけ現実からかけ離れたように華やかだった。


 だがもちろん、言うまでもなくトオルの目が向かうのは、



 ──本当、俺には勿体なさすぎるよ。



 センターで輝く少女──石徹白エルナであった。


 ふわふわの白髪を踊らせ、照明を反射させる蒼の瞳は星のように煌めいている。


 愛らしい表情も、あざとい振り付けも、キレのある動きも。


 そのどれもが可憐で、魅力的だった。



 ──不思議なこともあるもんだ。



 にわかに盛り上がり始めた周りの声を聞けば、そう思わずにはいられなくなる。


 彼女の名を呼ぶ声はどれも熱狂的で、確かにその存在が特別であるのだと感じられたからだ。


 正直、彼らの全てに勝ってると言えるほどの自信があるわけもない。


 もしかすると、自分でない誰かを選んで、普通に結ばれた方が幸せになれる可能性が高いのではとさえ、思ってしまう。



 ──でも。



 それでも、今さら自分を卑下したところで仕方がないのまた、事実であった。


 彼女は自分を選び、自分もまた、彼女の気持ちに応えようと思ったのだ。


 好きになって良かったと、そう思わせられるように努力するしかない。


 そう考えたトオルは、今は石徹白さんのパフォーマンスを見届けることに専念しようと意識を切り替え、



「っ!」



 直後、舞台上の彼女と目が合った。


 すると、彼女の頬はほんのりと赤くなり、続いてその表情が一段と綻ぶと、



 ──えっ……!?



 明らかに、こちらへと向けてウインクを投げかけてきた。


 そして、多くの人の視線が注がれていたからだろう。


 ほんの一瞬の出来事にも関わらず、辺り一帯は騒然となる。



「な、なんだ今のはっ!?」

「て、天使……」

「なあ、今俺に向かってやってなかったか……!?」



 トオルの額を汗が伝うも、幸い誰に向けてのものかまではバレていないようだった。


 とんでもないパフォーマンスだと、トオルは思わず頭を抱えるが、



 ──か、可愛すぎるっ……。



 同時に、ニヤニヤが止まらなくなりそうなほどの眩しさによって、目を焼かれてもいた。


 もちろん、歌って踊る彼女もたいへん素晴らしかったが、今の破壊力にはとても勝てそうにない。



「どうも、ありがとうございました〜!!」



 やがて、挨拶と共に彼女たちが舞台袖へと去っていくと、盛大な歓声が上がり、トオルもまたそれに混じって拍手を送る。


 ほとんど石徹白さんに目を奪われていたようなものだが、全体的なクオリティが高かったのは間違いない。


 心からの称賛と感動を表すために手を叩くのは当然のことと言えた。


 ちなみに、



「……私も練習しよっかな」



 ただ一人、神妙な顔つきでぼそりと呟いていたのには、気づかないフリをしておくのが懸命に違いなかった。








 石徹白さんの舞台が終わると、学園祭初日も終わりが近づいてくる。


 なので、再び旧校舎で集合した後は、残り少ない時間ながら三人で回ることに決めていた。



「ごめん、お待たせ!」

「ううん、全然大丈夫」



 しばらくして、着替えを終えた石徹白さんがやって来ると、



「それじゃあ、どこ行く?」



 友戯の質問と共に、誰からともなく移動が始まる。



「うーん、どうしよっかー?」



 行先も決まっていなかったが、きっとそれでも良かったのだろう。



「じゃあうちのお化け屋敷いかない?」

「遊愛ちゃん!?」



 今は三人でこうして歩いているだけでも、楽しく感じられるのだから。



「さ、流石にそれはリスクがっ……」

「あはは……でもまあ、俺も良いと思うよ」

「えぇっ──」



 もちろん、この先楽なことばかりじゃないのは分かりきったことである。


 それでも、この三人でならなんとかなると、不思議とそう思えた。



 ──まあちょっと、今はまだ自信が足りないけど。



 ただもちろん、二人とも魅力的な女の子で、みんなまだまだ子どもだ。


 いつまでも同じ関係で居続けられる保証は、どこにもない。



 ──だけど。



 もし今、誰かに二人との関係を聴かれたのならば。


 例えどれだけ疑いの眼差しを向けられようとも、迷わずこう答えられる自信がある。






 『彼女はあくまで友達です』と──。






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※彼女はあくまで友達です。〜高校で再会したクールな幼馴染が毎日ゲームしに家に来るんだけど勘弁してください〜 木門ロメ @kikadorome_13

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