※彼女はあくまで友達です。〜高校で再会したクールな幼馴染が毎日ゲームしに家に来るんだけど勘弁してください〜

第145話 ※三人で頑張っていきます。

　神妙な空気から一転、わちゃわちゃとし始めた屋上にて。

「はぁ……もう、わけが分からないよ……」

　本人の希望で解放された石徹白さんは、未だ落ち着かぬ様子でため息をついていた。

　実際、かなりめちゃくちゃなことを言っていた自覚はあるので、致し方ない。

「あはは、ごめん……」

「まあ、理屈は分かったから、もういいけど……」

　ここは素直に謝っておくと、彼女は少し困った表情のまま視線を逸らしつつ、

「というか、日並くんもそうだけど、遊愛ちゃんもどうなってるの？」

　どうやらもう一人の賛同者に疑念を向けているようだった。

「私？」

「なんかあっさり受け入れてるみたいだし……普通、もっと葛藤するものだと思うんだけど？」

　が、言われてみれば、友戯の時にやたらとすんなり行ったのが不思議に思えてきた。

　彼女とて、普通に暮らしてきた一人の恋する乙女であるなら、実質二股のようなものであるこの提案に難色を示して然るべきであろう。

「うーん……だって私がルナの方を選んだわけだし？　それでも良いって日並が言ってくれてるんだから、悩む必要無いかなって」

　対する友戯の解答はと言うと、彼女の視点なりの考えがあったようだ。

　一見、おかしな理屈にも感じるが、確かに捉えようによってはこちら側が振られたのだとも考えられなくはない。

　実際には全員が両想いなものの、結果的にはトオルの優先度が一番低かったため、あながち間違ってもいないように思えた。

「えっと……？」

「なんて言うんだろ……日並が二股してるってよりかは、私たちで日並を独占する感じって思ったのかも？」

　しかし、流石にそれだけは分からなかったのか、友戯はまだ理解の及んでいない石徹白さんに補足説明を入れ、

「まあ後は、あのままだとどっちとも付き合わないで他の子のとこ行っちゃいそうだったし……」

　ついでに、別の判断材料もあったことを明かしてくれる。

　まあ、どちらかを悲しませるならと逃げる選択肢を選ぶ可能性は無くもなかった。

　なので、友戯の懸念は的を得ていたと言えよう。

「それに、そもそも恋人になるわけじゃないからね。だから、何も問題なし！」

　そして、友戯が最後にそう締めくくると、

「はぁ……」

　石徹白さんは先ほどよりもさらに大きなため息をついていた。

「な、なに。ダメ……？」

「別にダメじゃないし、遊愛ちゃんの考えも分かったけど……」

　思ったより手応えが無かったことに友戯が不満そうな声を上げるが、石徹白さんも意図自体は把握しているようで、

「実際、どうするのかっていったらまた別だよ？」

　ただ、現実的に考えた際の問題に不安を覚えているだけのようだった。

「他の人から見たら明らかにおかしいし、将来のこととかも考えなきゃだし……」

　彼女の言うことは尤もである。

　もしも、これからの関係を他人に知られるようなことがあれば、白い目で見られることは免れられない。

　加えて、友達とは銘打っていても、所詮は異性同士の付き合い。

　間違いが起こる可能性だって考慮しないといけないし、そうなれば当然、子どもや結婚などの問題にまで発展してしまうだろう。

「そこはほら、私たち三人の頑張り次第じゃない？」

　だが、そんな石徹白さんの心配もなんのその。

　友戯はあっさりとそう言い放つ。

「……うん、そうだな。人前で勘違いされるようなことをする必要も無いし、もし恋人みたいなことがしたくなっても、そこは問題が起きない範囲でってことにすればいいと思う」

　もちろん、自身の気持ちも変わってはいない。

　そもそも、普通の恋人や友達という関係とはかけ離れたものになることは、とっくに覚悟しているのだ。

　どんな風に付き合っていくかは手探りで考えていくしかないだろう。

「それこそ、三人で力を合わせていけばどうにかなるんじゃないかな……っていうのは、少し楽観的すぎるかな？」

　故に、今は想うがままに助け合おうとしか言えなかったのだが、

「…………」

　そんなトオルの言葉に石徹白さんは黙り込み、再び緊張が走る。

　先ほどは半ば強引に承諾させたが、そう簡単な話でもない。

　ここまで確認してダメなら、やはり考え直すしかなくなるだろう。

　そう思いつつ、石徹白さんの答えを静かに待とうとしたトオルは、

「もうっ……そんな難しい顔しないでよ……」

　しかし、すぐに綻んでみせた彼女の顔に、ほっと心が落ち着くのを感じた。

「私だって、二人と一緒にいられるのは、嬉しいし……」

　ぼそりと呟かれたのは、彼女もまた同じように喜んでくれていたことの証明であり、

「そ、それにほら！　日並くんがお猿さんになっても、私の方が強いし、遊愛ちゃんもいるしで、全然心配無いしね！」

　ついでとばかりに、変なことにはならないという根拠も提示してくれた。

　事実、トオルが貧弱であることは間違いなく、問題が起きないということも良いことなのだが、一人の男としてはなんとも複雑な気持ちになる発言である。

「あはは、それはそうかも」

「……まあ、お猿さんにはならないように頑張るよ」

　共感して笑う友戯に肩を落としつつも、一点に関しては完全に同意なので、自分からもそう伝えておく。

「じゃあ、とりあえずルナも大丈夫ってことでいいんだよね？」

「うん。まあ文句を言っても仕方ないしね」

　改めて確認を取る友戯に、石徹白さんは頷きを返す。

　それはつまり、今回の一件に終止符が打たれたということであり、自然、安堵からトオルは胸を撫で下ろした。

「でも、さっきみたいなことまたしたら、遊愛ちゃんでも怒るから」

「ご、ごめん……」

　が、先ほどの強引な流れは本気で嫌がられていたらしく、言葉から怒りを感じたのだろう友戯はしゅんとへこんでいた。

「日並くんもだからね。あんなムードも何も無いタイミングでできるわけないでしょ」

「す、すみませんでした……」

　その光景を他人事のように見ていたトオルだったが、残念ながら許されなかったようである。

　目をつけられた以上、ここは素直に許しを乞うしかないだろう、と大人しく頭を下げる。

　後はただ、石徹白さんのお許しが出るのを待つだけだったはずだが、

「それで、まあ、そういうわけだから……」

　彼女は急にもごもごと喋り始めると、

「キス、どうしよっか……？」

　自信なさげに、おずおずとそんな言葉を口にしていた。

「ルナ……」

「だ、だって学園祭だし、屋上で告白だよ？　なにか一つくらいあってもいいでしょっ……」

　少し前の発言とは矛盾しそうな言葉に、呆然とする友戯。

　トオルもまた同じように困惑させられるが、これも石徹白さんなりの努力なのだろうと受け取れなくもない。

「うん、分かった」

　故に、躊躇うことなく了承するが、

「でも方法はどうするの？」

　ここでさっそくとばかりに課題が発生する。

　当たり前だが、基本的にキスとは三人でするものでは無い。

　なので相談を持ちかけるも、

「えっと、それなんだけど……」

　どうやら、石徹白さんはすでに作戦を考案していたらしい。

　友戯に近寄ると、耳元でコソコソ話をし始める。

　いったいいつから、とは思わなくもないが、ツッコミを入れたら怒られそうなので、黙っておくことにする。

「日並、こっち来て」

　しばらくして、二人が互いに頷き合った後。

　友戯が手招きをしてきたので、言われるがままに距離を詰めていく。

「……もうちょっと下」

　すると、さらに指示を受けたので膝を曲げるも、

「もうっ、そこは言われなくても目閉じてよ！」

　要領が悪いせいで石徹白さんに注意を受けるはめになってしまった。

　指示待ち人間の悪いところだと内心で反省しつつ目を閉じ、

「じ、じゃあ行くよっ──」

　やがて、真っ暗闇の中、どこか固い声が聞こえてくると、

「──っ！！」

　直後、両方の頬に、柔らかい感触が走る。

　──わ。

　その、今まで感じたことないような刹那の出来事に、胸の内に不思議な温かさが湧いてきて、

「目、もう開けていいよ」

　友戯の言葉に従って瞼を上げれば、

　──キス、してくれたんだな。

　視界に映った二人の少女から目が離せなくなる。

「あはは……なんか、変な感じ」

　片や、今までただの友達でしかなかった少女の、気恥ずかしそうな顔。

「……もうちょっと喜んでもいいと思うんだけど？」

　片や、あまり素直じゃない少女の、ジトっとした目。

　どちらも、比べられないほどの愛おしさに満ち溢れていて、トオルは堪えきれないような、そんな想いが込み上げてきてしまう。

　そして、

「わっ……！」

「ぴ……！？」

　とうとう気持ちを抑えきれなくなったトオルは、ちょうど近くにいた二人をそのまま引き寄せると、

「二人とも、ありがとうっ……」

　溢れ出す感情のままに抱きしめ、気がつけば感謝の言葉を伝えていた。

　とんでもない提案を受け入れてくれたこと、おかげで無事に解決したこと、これからも二人と仲良くしていけるということ。

　そして何より、二人に想われているということそのものが嬉しくて堪らなかったのだ。

「…………」

　そんな風に、トオルが勝手に目尻を熱くしている最中、二人は困ったように沈黙した後、

「もうっ、こっちの台詞……！」

　くすりと笑いながら、優しく微笑みを返してくれるのだった。