第144話 ※これが彼らの答えです。
意を決した告白に、場が静まり返る。
すでに同じことを話していた友戯は様子を窺っており、今初めて聞いた石徹白さんは整理がつかないのか呆然とした様子で固まっていたからだ。
「……ええっと、つまり、どういうこと?」
しばらくして、ようやく現実へと意識を戻した石徹白さんは、しかし未だ理解が及んでいない様子で問いかけてくる。
──まあ、そりゃそうだよな。
だが、こればかりは仕方ない。
トオル自身、かなり特殊なことを言っている自覚はあった。
すぐにピンと来ないのも致し方のないことだろう。
「どちらかと付き合うのは難しい。でも今のまま過ごすのは二人とも辛い。だから、俺なりに変えることにしたんだ」
故に、改めて説明を始めることにする。
「それが今の……ってこと?」
「うん。二人とはもちろん、他の誰とも恋人にはならなければ、友戯も石徹白さんも俺に気を遣わなくて済むでしょ?」
確認してくる石徹白さんに頷きを返し、まずは一つ目の誓いについてから話していく。
今回の問題は、二人の想いがどちらか片方しか叶わず、しかも互いに譲り合う形のせいで誰を選んでもあまり喜べないところにあった。
ならば、そもそも恋人という唯一の立ち位置を無くしてしまえば、変な拗れも無くなるのでは無いか、という考えである。
「でも、それじゃ結局……」
ただ、これだけではまだ足りない。
結局のところ、これでは今までと何も変わらないのだから、当然であろう。
「今までと変わらない──かな?」
「うん、だってそれだと、ただの現状維持だし……」
石徹白さんもそれに気がついているのか、怪訝な目を向けてくるが、
「そう。だからこその二つ目──二人ともっと仲良くなる、があるんだよ」
トオルは怯むことなくその目を見つめ返し、もう一つの宣言を持ち出した。
「……それが、よく分からないよ。もっと仲良くって、そんなの辛くなるだけじゃ……」
しかし、石徹白さんの解釈ではどうやら、生殺しにされるようなものだと考えたらしい。
視線を逸らしながら、困った表情を浮かべていた。
「えっと、なんて言ったら良いんだろうな……」
もちろん、そんな酷いことをするつもりは無いので、すぐにでも弁明したかったのだが、いざ言葉で説明しようとすると意外と難しかった。
友戯の時は運良く向こうが察してくれたので説明の手間が省けていたのだと、今さらながら気がつく。
「ルナ」
と、トオルが解答に思い悩んでいると、先に友戯が動き始めた。
彼女は石徹白さんの名前を呼んだ後、真っ直ぐトオルのもとへと向かって来たのだ。
いったい何をする気だというのか。
真隣までやって来た友戯はチラリとこちらを見ると、
「っ!」
直後、こちらの腕に手を回す形で、ギュッと抱きついてきた。
右腕に柔らかくて温かい感触が走ると同時、トオルの鼓動が跳ねるが、
「ゆ、遊愛ちゃん!? 何してっ……!?」
石徹白さんはそれ以上に驚いたらしい。
顔を上気させながら、アワアワといった様子で忙しなく手をばたつかせていた。
「こういうこと……で、良いんだよね?」
その様子にくすりと笑った友戯は、ほんのりと赤くなった顔をこちらに向けながら、そう尋ねてくる。
真正面から向けられた優しく甘い表情に、再びドキリとさせられるも、
「ああ、友戯がそうしたいと思ったんだろ?」
「ん、そっか。じゃあ、大丈夫だね」
約束通り、逃げ出さずにしっかりと受け止めることにした。
「だ、大丈夫って、何が!? そんな、ピッタリくっついて……!!」
石徹白さんは依然として混乱していたが、
「だから、言われた通り仲良くしてるの」
「仲良くってっ……」
「ほら、ルナもこっち来て」
「わ、私も……!?」
平然と招いてくる友戯を前にしたあたりで、
「っ! 日並くん、まさか……!?」
ようやく、事態を把握し始めたらしい。
照れと困惑の表情から一転、眉を吊り上げた彼女は、
「み、見損なったよ日並くん!! そんな、二股なんてっ──」
再び涙を浮かべながら食ってかかってくるが、
「ま、待った!! 石徹白さんの言いたいことは分かるよ! 大丈夫、俺自身変なことを言っている自覚はあるから!」
トオルとて、決して軽い気持ちで決めたわけではなかった。
例え蔑むにしても、最後まで聞いてからにしてほしいと割り込み、
「大丈夫って、そんなわけ……」
「いや、うん、石徹白さんの反応が正しいと思う。普通に考えたら、二人の女の子とこんな風に仲良くするのはおかしいって、それはそうなるよね……」
そんな真摯な想いが通じたのか、勢いを落とした石徹白さんに、その気持ちには共感していることを教える。
「俺だって、他の人と違うことをして目立ちたくなんかないし、いろんな女の子と付き合う男にだって良いイメージなんか無い」
もちろん、その場しのぎの嘘などではない。
今まで普通の価値観の中で過ごしてきて、無難に生きることを選んできたのだ。
トオルにとって、今から行おうとしていることがいかに常識外れなことなのかくらい、よく分かっていた。
「でも、二人が一番幸せになれる方法は何かって考えた時、思いついたのがこれしか無かったんだ」
それでも、与えられた時間を使ってたどり着いたのが、この答えなのである。
「もしも二人が本気でライバルになって、後腐れない関係になれるなら、俺はたぶんどちらかを選んでたと思う。だけど──」
他の可能性も考えなかったわけではない。
ただ、こと彼女たちに至ってはそうするしかないと思わせるだけの要因がいくつもあり、
「──結局、対決と言いつつ、内心では二人とも同じことを考えてた」
「っ!」
それを指摘するために、二人へとそれぞれ視線向けた。
「うん、そうだね」
友戯は納得したように頷き、
「うっ……だ、だって……」
石徹白さんは威勢を削がれた様子で、目を泳がせる。
「ああ、責めてるとかじゃないよ。むしろ、俺はそういうところが良いなって思ったから」
言わずもがな、トオルは彼女らに責任があると言いたいわけでも無ければ、そもそもそんな資格があるとも思っていない。
あくまでもこれは自身の選択であり、その責は自身にあると、そう覚悟を決めていた。
「……ええっと、だからまあ、俺は二人とは付き合えない。けど、特別な友達として、希望にはできるだけ応えたいって、ことなので──」
故に、これ以上は無用な問答だろう。
「──後は、石徹白さんが決めてほしい」
言いたいことは言い終え、石徹白さんも事情を理解している。
最後はもう、彼女自身に決めてもらうしかなかった。
「そんな、急に決めろって、言われても……」
この作戦が成立するのは、互いの想いが確かで、全員がそれを共有することを許した場合のみ。
ここ数日、改めて友戯と石徹白さんの関係を観察したうえで勝算があると判断したが、最後にどう判断するかは分からない。
ただ、もしダメだった時はまた別の方法を考えるだけだと、頭を悩ませる石徹白さんの答えを静かに待った。
「う、うぅ〜〜っ!!」
そして、自身の想いと常識の間で葛藤しているのであろう彼女は、
「じ、じゃあ──」
やがて、二人の視線から伝わってくるプレッシャーに耐えかねたのか、
「──キス、したいって言ったら……」
ぼそりと、とても純粋な願望を呟いていた。
瞬間、彼女は自分の発言に恥ずかしさを覚えたのか、耳まで真っ赤に染まり、
「や、やっぱり今のなし!!」
顔を背けながら撤回しようとするも、一度出た言葉を逃がすほど、トオルも友戯も甘くなかった。
「どうなの?」
「うーん……とりあえず、頬っぺとかならオッケーじゃないか……?」
友戯の質問を真面目に考察したトオルは、二人で一緒にできて、なおかつ軽いものであれば問題も発生しないだろうと、そう口にしてみるが、
「オッケーじゃない……!!」
残念ながら、石徹白さんは納得がいかない様子。
「唇同士でするのじゃないと、嫌ってこと?」
「そ、そういうことじゃなくってっ……!」
友戯がまさかといった口調で確認するも、どうやらそれも違うらしい。
どうしたものかと困ってしまうトオルだったが、
「じゃあ、ルナが先でいいよ」
「えぇ!?」
友戯はそれを照れ隠しと捉えたようで、なおもグイグイと攻めていた。
「私、順番とかはそんなに拘らないことにしたから。ほら、早く」
「ゆ、遊愛ちゃん〜〜っ……」
その勢いに押されるがまま、物理的にも背中を押され始める石徹白さん。
普段の力はどこへやら、あっという間に目の前まで差し出された彼女は、もはや肉食動物の前に差し出された草食動物にしか見えない。
「そういうことなら──」
やはり、そういうことなのだろうか。
友戯の判断を信じたトオルは、緊張から唾を飲みながら彼女の肩を掴むも、
「──むぐっ」
あえなく顔面を手で退けられてしまう。
「だめだってばぁっ……!」
当然、これは本当に恥ずかしいだけなのだろうかと疑問に思うトオルだったが、
「もうっ、いい加減素直になってよ……!」
「ちょ、遊愛ちゃっ……!?」
彼女はそう思わないらしく、石徹白さんの背後から加勢に入ってくる。
前後を挟まれる形になった石徹白さんは、ついに逃げ場さえ失い、抵抗虚しく顔の距離が狭まるばかり。
徐々に近づいてくる可憐な顔に、必然的にトオルの鼓動も高鳴り、
「分かったっ……分かったからぁ……! 日並くんの言う通りで良いから、許してぇ……!!」
そこまできてとうとう限界を迎えた彼女は、傍から聞いたら誤解を免れえないような懇願を叫ぶのだった。
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