第143話 ※そして、想いを伝えます。
友戯の想いを聴き、次はいよいよトオルの番となった、すぐ後のこと。
「それじゃあ、聴いてくれ──」
「わわ、待っ──」
緊張が高まる中、慌てる友戯の制止を無視して、トオルは口を開いた。
「──友戯、最初に会った時のこと、覚えてるか」
「え、うん」
そして、結論よりも先に、まずは二人の馴れ初めについてから話し始める。
「小学校に入ってすぐくらいだっけか? 友戯が俺の方ずっと見ててさ。気になって話しかけてみたら、ゲームやってみたいって言うから貸してあげたんだよな」
「……あったね、そんな時も」
なんてことは無い過去の記憶。
あの時はまさか、こうして特別に想われることになるとは思いもしなかった。
「それで、友戯が思ったよりハマっちゃって、返してもらおうとしたら泣くもんだから、ほんと困ったよ」
「そ、そうだっけ……?」
そう言えば、昔の友戯は泣き虫だったなと、他愛のないことを思い出す。
友戯は納得のいっていない様子だが、実際困らされた記憶がしっかり残っているので間違いない。
「仕方ないから友戯と代わりばんこでやることになったんだけど、友戯がごねてきたおかげで毎日一緒にいたよなー」
「…………」
続けて、その後の関係も大雑把に話しつつ、
「で、ある日さ、どうしてもダメだって言ってるのに、泣きついてきて──」
「ち、ちょっと!」
つい、面白い思い出が浮かんできたので話そうとしてするも、ここで友戯に遮られてしまった。
先ほどまでとはおそらく別の意味で顔を赤くしている様子からして、流石に昔の恥ずかしい話は聞きかねたようである。
「なんなのもうっ……からかってるの!?」
「す、すまんっ……」
からかうというほどの目的は無かったが、本人が嫌がっているのであればこれ以上はやめておいた方がいいだろう。
「えっと、まあその……なんだかんだ俺も、友戯と一緒に遊ぶのが楽しくなってきててさ」
そう判断したトオルは、重要な部分だけを話そうと意識を切り替え、
「だから、友戯と疎遠になってからは辛かった」
当時の気持ちを正直に話した。
「それは──」
友戯は顔を曇らせ、今にも謝ってきそうだったが、
「ああいや、それに関してはもういいんだ。今こうして、会えてるわけだし」
ここで謝られても困るので、すぐに阻止する。
あの頃、友戯が急に他の友達と遊ぶようになった結果、遊んでくれる機会が減ったのは間違いない。
しかし、では自分がどうだったかと言うと、要らない嫉妬をして誘いを断ったりもしていたので、決して友戯のせいにできるような立場ではなかったのだ。
『他のやつと遊んでくればいいじゃん』
実際、過去に吐き捨てたそのセリフは、我ながら情けなくなるほどの黒歴史である。
それ以降、一人で悶々とするはめになり、きっと友戯も似たような思いを味わっていたかと思うと、むしろこちらから謝りたいくらいだった。
「でさ、それが小四か小五の頃だったから、五年近くも会えない日が続いたわけだけど──」
だが、今はその時では無い。
お互い謝り合うのは、また別の機会でいいだろう。
そう考えたトオルは話を元に戻し、
「──友戯、可愛くなったよな」
「っ!」
高校に入った直後、再会した際の第一印象を伝えた。
「な、なに、いきなりっ……」
まさか、ここで褒められるとは思っていなかったのか、友戯はまたもや顔を赤くして目を泳がせる。
その姿もまた愛らしいのだが、一々口にしていては話が進まないのでここは自粛しておく。
「ははっ、だってさ。久しぶりに会ってみたらめっちゃ背伸びてるし、顔はアイドル顔負けだし、脚長いし綺麗だし、どこからどう見ても美少女になってたんだぞ? そりゃビックリするって」
が、これは言おうと決めていたことなので仕方がない。
当時の記憶を振り返り、できる限り再現した感情を言葉にしていき、
「もうっ、勘弁してよ……」
やがて、頭から煙を吹き出した友戯がへにゃへにゃな声で降参の意思表示をしてくる。
それに対して抱いた感想は言わずもがな。
褒めちぎるのはこの辺りまでにしておいて、次へと話を進める。
「……うん、だからまあ、そんな友戯とまた仲良くなれたのは嬉しいを通り越して、ちょっと複雑な気分だったよ」
「複雑な……?」
友戯はそれに引っかかりを覚えているようだったが、
「ほら、平気で距離詰めてきただろ? 昔みたいにいきなり家来るわ無防備だわで、こっちは色々と耐えてたんだぞ?」
「うっ……それは、だって……」
トオルからすればいたって当たり前のことだった。
女の子として成長した友戯を意識しないことなど、思春期真っ盛りのトオルにできるわけもなく、最初は酷く動揺させられたものである。
「あはは、分かってる。意識はしちゃってたけど、俺も同じ気持ちだったよ」
「! そ、そっか……」
とはいえ、友戯が嬉しさからそういった行動に出たのは言われなくても理解できている。
困ったように狼狽する友戯にそう伝えてあげれば、途端にホッとした表情を見せてくれた。
「で、まあ、ここまでの話からもなんとなく分かったかもだろうけど──」
と、ここらがちょうどいいタイミングだろうと思ったトオルは、
「──俺はたぶん、友戯のことが好きなんだと思う」
自身が想像していたよりも、随分とあっさりとその答えを出していたのだった。
そうして、ここまでの流れを語った彼に、
「そう、なんだ……」
ポツリと声が漏れると、
「あはは……そう、だよね……」
気がつけば、涙に濡れていた視界がぼやけ始める。
本当は分かっていた。
最初から、彼の──日並トオルという少年の中には、強く想う気持ちがあったのだと。
ただ、今までの関係のせいで素直になれず、誤魔化していただけで、その実下手な恋人よりも二人は深く想い合っていたのだと。
──あーあ。
覚悟もしていた。
彼は決して、自分のもとには来ないのだと。
一緒にデートをしたり、キスをしたりはもちろん、もっと先のことなんて、ただの
──これで終わり、か。
こんなに温かくて、でも苦くもあるような、そんな不思議な感覚を味わうのは初めてだった。
もう二度と訪れないかもと思うと、手放すのが口惜しくなるが、致し方ない。
初めての恋はもう、終わってしまったのだから。
「お、おめでとうっ……それじゃあ、私はっ──」
これ以上この場に居ても、泣いて彼を困らせるだけだ。
今は少しでも遠くに行きたいと、振り返って逃げ出そうとした、その時。
「ルナ」
本来、聞こえるはずのない声が、呼び止めてくる。
「っ、わっ!?」
驚きに心臓を跳ねさせたエルナは、駆け出そうとした足をもつれさせ、前へと転びそうになり、
「わぷっ」
しかし、やってきたのは硬い地面の感触ではなく、柔らかくて優しい、人の温もりだった。
「ゆ、遊愛ちゃん……?」
恐る恐る顔を上げてみれば、やはりそこにいたのは、大切な親友の少女。
「ごめん、そこのロッカーに隠れてて。全部、聴いてた」
申し訳なさそうな顔でそう教えてくれる彼女に、
「な、なんでそんなこと……」
考える余裕などあるはずも無く、直球の質問を脱げかけるも、
「うーん……それより、話しは最後まで聴いた方がいいと思うよ」
「へ?」
彼女は優しく微笑んで、後ろへと──日並くんの方へと視線を促すだけだった。
何が起きているのか分からない。
なぜ、彼が好きだと告白した相手がこの場にいて、自分に留まるよう言ってくるのか。
「石徹白さん、続きいいかな?」
「ぴ!?」
だが、答えを出す時間を与えてくれる気も無いらしく、
「ほら、行ってきて」
「あ、わっ……!?」
背中を押されて前に差し出されたエルナは、涙で濡れた情けない顔を彼にさらけ出すことになってしまう。
「え、えとっ……」
もはや、告白がどうとかもよく分からない状況のまま、
「さっき、友戯に好きだって伝えたことは言ったよね」
「……うん」
彼の話は再び始まってしまう。
改めてその事実を聞かされたエルナは、なぜまた悲しい気持ちにさせられなければいけないのかと、不満が溜まってくるも、
「実は結局、友戯とは付き合わないことになったんだ」
「ふぇ?」
続く言葉に、とんでもなく間抜けな反応をさせられてしまった。
──な、なにそれ……?
付き合わないとはどういうことか。
いったい何がどうなったら、あの流れで付き合わないという結論に至るのか、まるで理解できなかった。
「だから石徹白さん、聴いてくれ」
だというのに、彼は自分勝手に話を進めてきて、
「俺は」
心臓が破裂しそうなくらい痛いのに、期待はどんどんと膨らんできて、
「俺は、石徹白さんのことが好きだ……!」
やがて、真剣なその声に──紛れもない愛の告白に、クラクラと頭がくらみ始める。
──ああ、なんだ、夢か。
まさかの逆転劇に、その可能性も疑うが、
──でもこの痛みは、現実のはず。
やはり、心臓の痛みは変わらず続いていた。
これはもう、そういうことだと、一転して途方もない嬉しさが込み上げてくるが、
「ち、ちょっと待って!」
ここで、あることに気がついてしまう。
「だからっ、私は遊愛ちゃんに譲るって言ったよね……!」
そう、つい先ほど、自らが放った誓いの言葉である。
例え自分が選ばれたとしても、諦める。
嬉しさのあまり、一瞬忘れかけていたが、決してその程度で揺らぐほどやわな決意ではない。
「うん、だから石徹白さんとも付き合わないよ」
「……はい?」
はずなのだが、返ってきたのはなんとも手応えのない響きで、
「友戯は石徹白さんに譲るって言ってて、石徹白さんは友戯に譲るって言ってる。だったら、そもそも付き合えないよねって思って」
「そ、それはそうかもだけど!」
その理由は、直後に繰り出してきた正論によって判明する。
確かに、お互いが譲り合って、その意志が固いのであれば決着はつかないというのは尤もであった。
「でも、それじゃ何も変わらないでしょ!」
ただ、そうは言っても、じゃあ今日という日は──これまでの葛藤はなんだったのかという話になる。
「大体、じゃあ今のはなんだったの!?」
加えて、やけにあっさりとした告白の意味も分からず、頭はひたすらに混乱していくも、
「あれは本当の気持ちだよ」
「ほ、本当なんだ……じ、じゃ無くてっ!!」
一方、そんなエルナに対し、彼はあっけらかんとそう答えてくる。
本当、という言葉に釣られてニヤけそうになるも、今はそういう場合じゃないと首を振って払った。
「ちゃんと説明してよ! もう〜〜っ!!」
そして、とうとう限界を迎えた脳は、エルナを牛にさせ、
「うん、だから──」
諸悪の根源である彼は、それに頷いた後、
「──俺は金輪際、恋人を作らないし、二人とはもっと仲良くなる」
堂々と、意図の見えない宣言を行ったかと思えば、
「そういうことに、決めたから……!!」
最後に、強い意志を込めた眼差しで見つめてきながら、そう締めくくるのだった。
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