第142話 ※されど決意は固いです。

 友戯に想いを伝えてからしばらく経った頃。


 一つの目標を達成し終えたトオルは、最後の決着をつけるために旧校舎の屋上前でもう一人の少女を待っていた。



『分かった』



 スマホの画面を見れば、彼女が送ってきた四文字の文面が映っている。


 それは紛れもなく彼女が了承をした証であり、彼女もまた覚悟を決めたのだということを示していた。



 ──まさか、返事が来るとは。



 本当は直接探しに行く予定で、マインのメッセージはダメ元にすぎなかったのだが、この短い時間で彼女にも変化があったらしい。


 彼女の中で何があったのかは分からないが、少なくともトオルにとっては好都合である。


 おかげで後はもう、その時を待つだけだ。



 ──来た。



 そうして、ひたすらの静寂に緊張が高まってきた時、不意に遠くから足音が聞こえてくる。


 ゆっくりと、徐々に大きくなっていったその音は、やがてすぐ下の方まで迫ってきて、



「あ」



 必然、階段を上がってきた彼女と目が合う。


 二人して似たような間の抜けた声をこぼすと、またもや妙な間が空いた。



「……ありがとう、来てくれて」

「ううん……私も話したいこと、あったから」



 まず何から話すべきかと悩んだトオルはとりあえず礼を告げるも、やはり彼女にも強い意志があったようだ。


 目元は少し赤いものの、その真剣な眼差しにはもう先ほどまでの弱々しい雰囲気は微塵も感じられない。



「それじゃあ、せっかくだし屋上行こっか」



 そう言って横をすり抜けた彼女は、いつ鍵をくすねてきたのか。



「ほら、どうせなら、こっちの方がロマンチックでしょ?」



 以前と同じように扉を開けると、少し照れくさそうに微笑んだ。


 その愛らしい笑顔は、まだ高く昇る太陽より眩しく、思わず視線を釘付けにされてしまう。



「うん、そうだね」



 とはいえ、このまま固まっているのも失礼だろう。


 トオルは前へ踏み出すと、彼女と同じように暖かい日差しと、涼しげな風を全身で感じた。


 その優しい感触に、あれだけ身体を固くしていた緊張が自然とほぐれていく。



「じゃあ、時間も無いだろうし、いいかな?」



 故に、今がその時なのだろうと判断したトオルは、思い切ってそう問いかけた。



「…………うん」



 石徹白さんは心の準備をするように深呼吸を挟んだ後、鷹揚おうように頷く。


 表情には緊張が滲んでいたが、それでもちゃんと最後まで聞き届けてくれるような、そんな気がした。



「石徹白さん」

「は、はい……」



 名前を呼ぶと妙にかしこまった返事をしてくる石徹白さんに、改めて気を引き締めつつ、



「俺は──」



 いよいよ、想いの丈を打ち明けようとしたその時、



「ま、待ってっ……!!」



 突如、声を張り上げた彼女によって割り込まれてしまう。


 やはりもう少し時間が欲しかったのだろうか、と考えていると、



「やっぱり、私から先に話したい」



 どうやら、そういうわけでも無さそうであった。



「今さら何か言ったところで、変わらないとは思うけど……それでも、やれることはやっておきたい、から」



 どこか諦観しているようで、しかし決して全てを投げ捨てるわけでもない。


 明確な目的の元に、力を尽くそうというその姿勢に、トオルが応えない理由などあるはずも無かった。



「うん、分かった。石徹白さんが、そうしたいなら」



 トオルは頷き、迷うことなく先を譲ることにした。



「ありがとう」



 石徹白さんは固い顔をほんの僅か綻ばせると、



「……私、ね」



 唇をきゅっと引き締めた後に、ゆっくりと口を開き、



「日並くんのことが、好き」



 半ば想定通りの、さりとて決して軽くは無い言葉をこぼした。


 瞬間、鼓動が大きく跳ねたのは必然か。


 思えば、石徹白さんの口から直接その単語を聞くのは初めてだった。


 あの強がりな彼女の吐露した、あまりに純粋な想いに、心臓の拍動は速くなり、



「今さら、かもだけど……でも、言わないとって思ったから」



 恥ずかしそうに目を泳がせる姿が、より愛おしいものに感じられてくる。



「どこがって聞かれたら少し困るけど、やっぱり優しいところなのかな」



 そうして、トオルが見蕩れている間にも、彼女の独白は続く。



「地味だし、そのくせもてあそんでくるし、すぐにもらい泣きするし」



 途中、告白とは思えない感想が混じるも、悪意は感じられない。


 むしろ、そんなところさえ好意的に捉えているような明るい声色だった。



「だけど……ううん、だから、なのかな」



 実際、続く言葉は肯定する口調のもので、



「悲しい時はいつも一緒に泣いてくれるくらい、優しくて、純粋なんだろうなって……そう思うと、凄く安心できて、あったかくて──」



 何かを夢想するように目を閉じた彼女の顔は、どこまでも恋する乙女のごとく、赤く染まっていた。



「──だから、好き」



 石徹白さんは少しの間を置いてまぶたを開くと、トオルの目を見据えてもう一度そう囁く。


 当然、その言葉に心が温かくなったのは言うまでも無かったが、



「……でもね、やっぱりそれ以上に大切な友達がいるの」



 彼女は途端に首を振って雰囲気を切り替えると、



「だって、そうでしょ? 遊愛ちゃんは私にとって初めての友達で、家族と同じくらい大切なんだもん。日並くんごときじゃ、敵うわけないよ」



 誰でもない、自分を納得させるように、そう言葉にした。



「それにたぶん、遊愛ちゃんが男の子なら、日並くんじゃなくて遊愛ちゃん選んでるし?」



 悪戯っぽく笑う姿から察せられる限り、どうやら彼女なりの結論はとっくに出ていたようだ。


 それを口にして伝えた今、もはや思い残すこともないのか、どこか吹っ切れた様子に見える。



 ──言われてみれば、そうかもな。



 確かに、一緒にいた時間では圧倒的に友戯の方が長く、対し自分はほんの数ヶ月だけの関係なのだ。


 彼女が友戯の方を選ぶというのも、道理に適っていた。



「だからまあ、もう逃げる必要は無いかなって。そう思ったから来たの」



 そして、最後に覚悟を決めた理由を告げると、



「私からは、これだけ」



 そう締めくくって、先の言葉を視線で委ねてきた。


 おそらく、どんな答えを示しても、対応は変わらないという意志の表れだろう。


 例え自分が選ばれようと、辞退してみせる。


 そんな、誰かさんとほぼ同じような答えを導き出した彼女に、トオルは思わず吹き出しそうになり、口元を押さえてしまった。



「な、なに……?」

「あ、ごめんっ……ちょっと、思うところがあって!」



 おかげで、ジトっとした目で咎められることとなり、せっかくの雰囲気が台無しになりかける。


 しかし、ここはなんとか堪え、咳払いで一旦仕切り直すと、



「……うん、ありがとう、教えてくれて。石徹白さんの気持ち、凄く嬉しいよ」



 改まって、感謝の心を伝えた。


 彼女の言葉や仕草から伝わってきた、等身大の想い。


 これをありがたいと思わぬほど非情なわけでもなければ、飽きるほどモテてきたわけでも無いのだから、当然である。



「別にっ……」



 が、真正面から受け止められたのが気恥ずかしかったのか。


 彼女は再び顔を上気させると、動揺を隠す余裕もなく、視線を逸らした。


 そのおかしな態度に、トオルはまたもや笑いそうになるも、今度は表に出さない。



「それじゃあ、今度こそ俺の番だよね」



 もちろん、この後に大事な出番が待っているからである。


 石徹白さんの都合で想定とズレたものの、元はといえばこちらが本題。


 彼女の予定のことも考えれば残された時間は少なく、今すぐに話し始める必要があるだろう。



「えっと、うん……」



 一方、あれだけ強気に豪語していた石徹白さんは、いざ答えを知るとなって怖気づいたのか、そわそわした様子で縮こまっていた。


 それを見たトオルは、これ以上不安にさせるのは無駄でしかないと唾を飲み込み、



「そうだな、まずは──」



 最初に彼女のことを──大切な親友である、友戯遊愛との顛末てんまつについて話す必要があると、少し前の出来事を思い浮かべるのだった。

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