第141話 ※適当なくらいでいいんです。

 年頃の少年少女たちが活気づき、普段とはまた違った様相を見せる校内。


 ある者は純粋に出し物を楽しみ、ある者は恋人との逢瀬に利用する。


 普段は騒がしいのが苦手な者たちも、賑やかな雰囲気に当てられ思わずテンションが上がってしまうような、そんな空間の中。



「もう、どこ行ったんだろ〜?」



 どこか焦った様子で駆け回る者たちの姿が混じり始めていた。


 誰かを探しているのだろう。


 周囲をキョロキョロと見回しながら早足で歩く彼女たちは、僅かに息を切らしながら、周囲の生徒たちに話しかけている。



「どうかしたの?」



 そんな彼女たちのうち、顔見知りの一人が近くにやってきたところで、暇を持て余していた少女──澤谷香澄さわやかすみは親切心からそう尋ねた。



「あ、香澄! 石徹白さん見なかった!?」



 すぐに顔を綻ばせた彼女は、最近仲良くなったばかりの少女の名前を口にする。


 反射的にピクリと反応してしまう香澄だったが、



「ああ……ごめん、見てないかな」



 役に立てないことを申し訳なく思いつつ、首を横に振った。



「そっか……もし見かけたら教えてね!」



 すると、彼女もそこまで期待してはいなかったのだろう。


 少し残念そうにため息をついていたが、すぐに意識を切り替えて、足早に去っていった。



「…………」



 その背中が消えるまで見送った香澄は、無言のまま歩き始め、



「戻ったよー」



 やがて、目的地である保健室にたどり着くと、中の様子を窺うよりも早く挨拶を口にした。



「……あれ、寝てる?」



 しかし、カーテンで仕切られた向こうからは返事が無い。


 寝ているのか、すでに部屋を出たのか、それともただの居留守なのか。


 様々な可能性を考えつつ、カーテンの奥に顔を突っ込んでみれば、



「なんだ、起きてるじゃん」



 どうやら、三つ目が正解であったらしい。


 寝台の上で布団にくるまっているせいでその姿は見えないが、確かにすすり泣く声が聞こえてきていた。



「ほら、色々買ってきたよ」



 自然、哀れみの感情が湧いてきた香澄は、優しい声色で語りかけるが、



「……いらない」



 返ってきたのは、否定の言葉だった。


 とはいえ、あしらわれたことに気分を害するほど、狭量ではない。



「そっかー。ま、食べたくなったら言ってよ」



 特に気にせず丸椅子に腰掛け、早めに食べた方が良いであろう小さなパフェに手をつける。



「……外で食べてよ」



 しばらくして、横で勝手に食事を楽しむ者が気に障ったのか、布団の中から棘のある声が呟かれた。



「そう言われてもなー」



 しかし、それが強がりであることは簡単に察せられるため、こちらも引く気は無い。



「澤谷さんには、関係ないでしょ」



 彼女はなおも反発してくるが、



「いや私、先生に留守番頼まれてるし」

「っ……」



 事実、保健室を任されている現状、ここを出ていく選択肢は存在しなかった。


 彼女はそれに黙ってしまうが、言っていることは間違っていない。


 もちろん、留守を頼まれているのはそうだが、友人として放っておけない気持ちの方が本音だったからだ。


 そもそもこの場に彼女がいるのは、泣いているところに偶然出くわし、自分が保健室へと招いたのが発端なのだから、言うまでもないだろう。



 ──どうしたもんかなー。



 ただ、ここからどうすればいいか、というと、判断に困るところだった。


 彼女の恋心を知る身としては、おおよその原因に当たりがついているものの、こればっかりは他人がどうこうできる問題でもない。



 ──このままにもしておけないし……。



 しかもそれに加え、先ほど人探しをしていた生徒たちのこともあった。


 何を隠そう、目の前の少女こそがその人物──石徹白いとしろエルナなのだが、このままではとても表には出せないのである。


 ここで、すぐにでも調子を取り戻す魔法の言葉が思いつけば最高なのだが、あいにく現実はそこまで甘くない。



「ほら、次の恋もあるって」



 故に、結局はそんな陳腐な台詞を吐くことしかできず、



「……そんなの、どうでもいい」



 当然、彼女の心に響かせることはできない。


 せめて、もう少し仲良くなっていればもっと踏み込めるのに、と歯がゆくなってくるが、



 ──いや、違うか。



 そこでふと、ある事に気がつく。


 よく考えたら、仲が良すぎたせいでこうなっている側面もあるではないかと。


 逆に言えば、仲良く無いからこそ言えることもあるのではないかと。



 ──よし、いっそのことやっちゃうか!



 下手な気遣いは自分らしくないと、そう考えた次の瞬間。



「わっ……!?」



 有無を言わせることもなく、彼女の姿を隠すベールを奪い去った。


 突如、無防備に晒された彼女は、未だ涙の跡を残したまま驚きに目を見開く。



「な、か、返してっ……!」



 情けない姿を見られて恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら、眉を釣り上げて手を伸ばしてくるも、そう易々と返す気は無い。



「だめだめ、これ以上シーツを汚されたら私が怒られちゃう」

「よ、汚さないから、お願いっ……」



 本気で取り返すだけの気力も無いのか、適当な理由で制止すると、彼女は律儀にも止まってくれる。



「というか、なんで泣いてるの? 確か、デート対決するみたいな話じゃなかった?」

「それは、その……」



 その隙を突くように、デリカシーゼロなスタイルで畳みかけ、



「そのカツラ、お忍びデートしてたんでしょ。まさかとは思うけど、デート中に振られたの?」



 核心部分まで一気に迫っていった。


 兎にも角にも、泣いている原因をはっきりとさせないことには動かしようもなかったので、致し方なしである。



「そういうわけじゃ無い、けど……」



 すると、逃げ場が無いことを悟ったのか、ぶつぶつと小さな声で呟いてきたので、



「じゃあ、勝手に怖くなって逃げてきた感じ?」

「っ!!」



 思い浮かんだ予想を口にしてみれば、図星を突かれたのか明らかな動揺を見せ始めた。



「へぇ……それで、クラスのみんなに迷惑かけてまで、こんなところでめそめそ泣いてたんだ」

「う、うぅ〜っ……!」



 さらなる好機に責め立てると、彼女はとうとう何も言えなくなったのか、子犬のように唸ることしかできなくなる。


 その姿は、きっと男子が見たら萌え死んでしまうくらいには可愛らしく、ついいじめたくなってきてしまうが、流石に今はその時で無い。



「じ、じゃあ……澤谷さんだったら、どうするのっ……!?」



 なので少し黙って言葉を待っていたのだが、自分のことを棚に上げている発言に不満を覚えたのか。


 いかにも良いことを思いついたとばかりに問いかけてくる。



 ──私だったら、か。



 正直、自分の場合はハッキリとさせたいタイプなので、学園祭がどうの以前に告白して決着をつけていることだろう。


 それ故、今の彼女の立場になった想像がしにくかったので、



「うーん……少なくとも、想いはちゃんと伝えるべきじゃない?」



 とりあえず、モヤモヤとしたままにはしないだろうということだけ、伝えておくことにした。



「え」

「多分だけど、今の気持ち、彼にちゃんと伝えて無いでしょ」



 困惑したような顔の彼女に、やはりそういう感じかと納得しつつ、



「なんとなく好きだってことは伝わってるかもだけど、どうせなら全部吐き出してみたら? 友戯さんへの想いも含めてさ。それから判断しても、私は遅くないかなーって、そう思うよ」



 頭の中に浮かんだ考えを組み立て、言葉として彼女に伝えていく。



「それで、全てを出し切って、それでも納得のいかない結果になったなら、その時は泣けばいいんじゃない? 付き合ったげるからさ」



 そして、最後に逃げ道も用意してあげることを忘れず、



「そう、なのかな……?」

「そういうもんだと思うよ、たぶん」



 表情に少し希望が戻った彼女に、なんとも曖昧に頷いた。



「なんか、適当……」

「あはは、まあ私も恋愛マスターってほどじゃ無いからね〜」



 それを見抜いたのか、彼女は怪訝な目を向けてくるが、事実そうなので仕方ない。



「っ!」



 と、石徹白さんの表情が悲観から呆れになりかけたその時、スマホの通知音が鳴り響く。


 すぐさま画面を見た彼女の顔が強ばったのを見れば、相手が誰かはすぐに分かった。



「ほら、行ってきたら?」



 なんともタイミングの良いことだと思いつつ、そう促すと、



「……うん」



 彼女はゆっくりと頷きを返し、



「ありがとう、澤谷さん──」



 最後に柔らかい笑みを残して、保健室を去っていった。


 それだけでもお節介を焼いた甲斐があるものだと、一人背伸びをした香澄は、



「ふぁ……代わりに私が寝よっと……」



 これでもう大丈夫だろうと、なんとなくそんな安心感を覚えながら、まだ温かいベッドの上に寝そべるのだった。

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