第140話 ※人の想いは止まりません。
石徹白さんが去ってからしばらく。
再び旧校舎へと戻ってきたトオルは、焦る気持ちを堪えながら友戯を待っていた。
もちろん、石徹白さんのもとへ行く前に、どうしても確認しておきたいことがあったからだ。
「日並」
ほんの少しして、友戯はすぐに姿を見せてくれる。
マインで連絡を取ったのだから当然といえば当然だが、急いでいた身としては助かったという気持ちが強かった。
「予定より早いけど……何かあったの?」
そして、流石は友戯というべきか。
すでに異常を察しているようで、手早く質問を投げかけてくれた。
「ああ。本当は後で話をしようかと思ってたんだけど、そうもいかなくなってさ」
「……ん、そっか」
なんと説明すればいいか悩むトオルだったが、彼女は何かを悟ったように優しい笑みを浮かべる。
「とりあえず、デートは無し……ってこと?」
「ご、ごめん……」
続く質問に、トオルは謝ることしかできない。
彼女にとってそれが、どれだけ楽しみだったものなのかは分からないが、少なくとも喜ばしい展開でないことは間違いなかったからだ。
「そ。まあ、私もどう接したら良いか悩んでたし、丁度良かったかも」
が、友戯は悲しげな顔を見せることも無く、あっけらかんとした様子で話す。
「私たちあくまで友達だしね。わざわざデートって言われても、正直どんな態度すればいいのかなって困ってた」
焦るこちらとは対称的に、平然とそう語る友戯は、
「だからまあ、なんだろ。気にしなくていいよ?」
一見して、とっくに覚悟を決めているようであり、
「それよりさ、ルナと何があったのか、教えてよ」
本音の部分を隠そうと、強がっているようにも思えた。
──友戯……。
彼女は今、どんな気持ちでここに立っているのだろうか。
予定より早い呼び出しに、親友である少女のことが心配になっているのか。
それとも、デートが中止になった事実に、悲観的になっているのか。
いつもであれば見透かすこともできたかもしれないが、元々表情の乏しい友戯だ。
本気で隠されてしまえば、トオルとて読み取るのは困難だった。
「まさか、振ったりとか……してない、よね?」
むしろ、そんなトオルの思考を感じ取ったかのように、友戯は直球勝負を仕掛けてくる。
当然、答えは否であった。
しかし、もし素直に口にしようものなら、それは友戯にとって二択だった予測が一択に絞られることを意味し、相応に心を揺さぶることになってしまうだろう。
「いや、そういうのは、ない」
だが、ここで嘘をついたりはぐらかしたりする必要は、トオルにはもう無い。
「っ、そっか……」
友戯は自分が選ばれなかったことを予感したのだろう。
一瞬、寂しげな顔を覗かせたが、
「まあ、うん。良かったかな」
すぐに取り繕うと、なんでもないかのように笑みを浮かべていた。
「ルナは男の子として日並のことが好きだったわけだし、やっぱ、選ぶならそっちが正しいよ」
でも、実際はよほど響いていたのだろう。
「……それじゃあ、まあ、これからは付き合い方も考えないとねっ。恋人いるのに、部屋に上がったりとか、常識無いし……」
明るかった声は徐々に沈んでいき、
「だから、もう、二人で一緒にはっ……」
ついには、目もとに涙を浮かべ、鼻をすすらずにはいられなくなっていった。
──やっぱり、そうなんだな。
その、痛々しくも健気な姿を見れば、一目瞭然であった。
もしも、本当に彼女がただの友達としてしか見ていないのであれば、泣く必要なんて無いはずだ。
ではなぜ泣いているのか。
石徹白さんのことを思い出せばすぐに分かるだろう。
──二人とも、同じだ。
彼女が泣いたのは、恋が実らないと悟ったからだ。
友戯が泣いているのもきっと、そうであるに違いない。
もし違ったとしても、それは自分が恥をかくだけなのだから、ここですべきことは考えるべくもなく一つだった。
「友戯」
あえて彼女の言葉を聴き続けていたトオルは、ここでようやくその名前を呼んだ。
「な、なに?」
もはや声の震えも隠せなくなった友戯が顔を上げたのを確認すると、
「俺は今から、告白しようと思ってる」
しっかりとその目を見据えながら、そう宣言した。
「……うん、だから、私のことはもう──」
友戯はそれを石徹白さんへの告白と捉えたのだろう。
悲しげな声で何かを言おうとし、
「でも、その前に。友戯にお願いしたいことがあるんだ」
しかし、トオルは続きを待つことなく遮った。
「おね、がい……?」
友戯は意外な言葉に困惑しているのか、真意を尋ねるようにこちらの目を見つめ返してくる。
「ああ、俺は今から自分の本心を語ろうと思ってる。だから、友戯にも本当のことを話してほしいんだ」
トオルもまた、応える意思を示すために頷くと、
「本当のこと……」
「友戯が俺のことを本当はどう思ってるのか。それを教えて欲しい」
今まで、ずっと気になっていて、でも聴けなかった疑問を投げかけた。
口では友達としか言わなかった彼女の本音。
トオルは今、何よりもそれを求めていたのだ。
「だ、だからっ……日並と私は、友達だって……!」
友戯はなおもそう言い張ろうとするが、
「友戯、頼む」
「っ……」
それでも、どうしても、彼女の言葉で聴いておきたかった。
「親友としての、お願いだ」
故に、少し卑怯だとは思いながらも、自分たちの関係を引き合いに出し、
「……ずるいよ、それは」
そこで、とうとう折れたのか。
「それ言われたら、もう誤魔化せないよ……」
「ごめん」
胸に手を当てながら俯いた友戯は、身体を震わせながら、幾度か深呼吸を繰り返し始めた。
それだけで相当な決心が必要であることが伝わってきたトオルだったが、今はただ謝るしかない。
後にはもう、彼女の言葉を待つだけの、痛いほどの静寂が広がるばかりであった。
「──うん、もう、大丈夫。今から、言うね……?」
だが、そうしてしばらく、友戯の息だけが聞こえてくる時間を見守り続けていれば、やがて終わりは訪れるもので、
「私、は……」
続けて、酷く乾いた声で語り出した彼女は、
「ううん……私も、か──」
ゆっくりと再び顔を上げていきながら、独り言のようにボソリと呟いた後、
「──私も、日並のことが、好き……」
至って単純で、されど深い想いが伝わってくる言葉を、自らの口で教えてくれた。
「日並と一緒にいるだけで楽しいって思うし、日並ともっと仲良くなりたいとも思ってる」
そして、一度溢れ出した想いは止まることなく紡がれていく。
「……だからきっと、今のままじゃ満足できない」
友戯の顔はもう、ほとんど泣いているようなものだったが、
「だって、今よりも仲良くなったら、恋人同士でするようなことも、したくなっちゃうだろうから」
それでも、トオルの願いに応えようと、途切らせることなく話してくれた。
「……本当はね。私を選んでくれたら良いなって、心のどこかで思ってた。でも──」
言うまでもなく恋心であることは伝わってきていたが、なおも友戯の言葉は続き、
「──それでも、私はルナを選んでって、そう言うよ」
想いを打ち明けた今でも、ある一点に関しては心が変わっていないことを伝えてくる。
「私、ルナには貰ってばっかりだったから。だから、恩返しをしたいの」
一転して、強い眼差しに変わった友戯の意思は固いようだった。
「日並、言ったよね。なんでも言って欲しいって」
朝、トオルが言っていたことを持ち出すと、
「だったら、ルナの気持ちに応えてあげて。それが、私からのお願い」
今度は友戯の方から、願われることになってしまった。
表情や声色から、よく分かる。
これまでと違って、それが明確な友戯の答えなのだと。
例え、自身の恋が実らず心が傷つこうとも、絶対に友を選ぶのだと、全てがそう語っていた。
──やっぱり、友戯は最高の親友だ。
あくまでも友達のことを想うその心に、トオルは胸を打たれながら、
「ああ、分かった」
しっかりと頷きを返して応えた。
「……ありがとう、日並」
友戯はまだ少し寂しげだったが、どこか吹っ切れたような、そんな表情を浮かべ、
「じゃあ次は、俺の番だな」
「……え?」
直後、そう言いながら目を見据えたトオルに、呆けた声をこぼす。
まさか、このタイミングで自分に矛先が向くとは思っていなかったのだろう。
「言っただろ、告白するって」
「は、え、待ってっ……私に……? っ、いや、今の話聞いてた……!?」
とはいえ、トオルは最初にそう言っていたので、今さら止める気もない。
「もちろん」
「じ、じゃあっ──」
「でも、友戯にだけ本当のこと言わせるのはフェアじゃないから」
「いいって……! ほら、そのっ、複雑になっちゃうからっ……」
友戯は慌てた様子で何とか阻止しようとしているが、あいにくその程度で止まるほど、今のトオルは甘くない。
決意の固さでいえばこちらとて負けているつもりは無いのだ。
友戯の本心を聴きたかったのはあくまでも自身の答えに確信を持ちたかったからであり、決して彼女の交渉に応じるためのものでは無かったのである。
「いいや、言うよ」
「うっ……ええっと、あのっ……」
よって、あれだけ格好つけてもらったところ申し訳ないが、問答無用で言わせてもらう。
「……いいか、友戯。今から俺の思ってることを話すから、最後まで聴いてほしい」
「っ……そんなこと、言われてもっ……」
友戯は食い下がろうとするが、石徹白さんのことも放ってはおけない。
これ以上時間をかけるわけにもいかないと、一方的に口を開き、
「それじゃあ、聴いてくれ──」
「わわ、待っ──」
今、自身の中にある全ての想いを一つずつ、語っていった。
正直、言葉にしている最中も、本当にこれが正しいのかという疑念が湧いて出てきたが、やはり止まることはない。
そうして、自分の想いが言葉となって外に出ていく度、友戯の表情が変わっていく。
流石に、それぞれが何を意味しているのかまでは読み取る余裕が無かったものの、最後の最後だけはハッキリと分かった。
何せ、
「──え?」
なんとも面を食らったようなその表情は、かつてないほどの驚きに満ちていたのだから。
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