第139話 ※堪えられないのが恋情です。
大勢の生徒たちで賑わう廊下の真ん中。
再び石徹白さんを伴って歩いていたトオルは、しかし先ほどのような注目を浴びることもなく、快適に過ごすことができていた。
──これなら大丈夫そうだな……。
というのも現在、端から見たら石徹白さんと分からないよう、変装を施しているからだ。
「ねえ、変じゃない、これ?」
そう言って不安そうに髪を──お化けの仮装用に買ってきていた黒髪のウィッグをいじる彼女に、
「大丈夫、似合ってるよ」
トオルは迷うことなくそう返した。
黒髪ロングの彼女は普段と真逆の雰囲気を放っているが、当然その可愛さは一片たりとも失われていなかったからだ。
ついでに、おかげで彼女を石徹白さんと思う者はほぼいないだろうし、さらにマスクで顔を隠してしまえばもはや一切の隙が見当たらない。
あり物での変装ではあったが、中々に上手くいったのではないかと自画自賛しそうになるほどの出来である。
「ふぅん……日並くん、こういう方が好きなんだ?」
だが、彼女は何が気に食わなかったのか、ジトッとした目でこちらを睨んできていた。
漫画などではよく見る台詞だったので、間違いないだろうと思ったのだが、現実はそう甘くもないらしい。
「あっ、いや! もちろん、石徹白さんはいつもの髪型の方が可愛いけどね!」
と、少しの思考の後、原因を探り出したトオルは慌てて補足説明を入れる。
そういえば、友戯がまんま黒髪ロングであったではないか、ということを思い出したのだ。
「なんか、取ってつけた感が凄いね♪」
「え、えっとですねっ……」
とても明るい声でそう告げてくる石徹白さんに、自然と悪寒が駆け巡るのを感じる。
目元は笑っているように見えたが、おそらく本心では気に入っていないに違いない。
短い付き合いながら、トオルはなんとなくそれを察し、
「ほら、白い髪ってなんか神秘的だしっ、ふわふわな感じも可愛いかったし、ええっと……!」
とにかく、思いつく褒め言葉を並べ立てていくが、
「…………」
彼女の目は鋭くなっていくばかり。
痛々しいほどの沈黙に、嫌な汗が止まらなくなる。
「……ふふっ!」
が、その時。
なんとも楽しそうな声が、急に耳をくすぐってきた。
前を見れば、口元に手を当てながら、小さく笑い声声をこぼす石徹白さんの姿。
「もう、なんで日並くんが接待する側になってるの?」
様子の変化に戸惑っているトオルに、彼女はからかうような口調で尋ねてくる。
「あ」
すると、ここでようやく、そもそもの趣旨を忘れていたことに気がつき、
「まあでも、おかげで日並くんの間抜けな顔が拝めたけどね〜」
くすくすと笑う石徹白さんの言葉に、恥ずかしさを湧かされることになってしまった。
先ほどは彼女の焦る姿を見て余裕ぶっていたが、こんな思いをしていたのかと思うと急に申し訳なくなってくる。
「あはは……」
まあとりあえず、石徹白さんが楽しそうだからそれでいいかと、恥を受け入れることにしたトオルは、
「そ、それより、早く行かなくていいの?」
顔の熱を誤魔化すようにさっさと本題に入ることにした。
「あ、うん、そうだね!」
この後、友戯と回る時間もあるのだ。
そう悠長にしてはいられないことを思い出したのだろう彼女は、素直に頷くと、
「じゃあ、まずはっ──」
今度こそはとばかりに、自分から案内を始めるのだった。
そうして始まったデート(仮)は、トオルにとっても確かに楽しいものとなっていた。
──一緒に回る女の子がいるだけでこうも楽しいとは……。
理由は明白で、隣に石徹白さんという、可愛い女の子が存在しているからである。
今までも、友戯を連れ立ってということはあったが、やはり昔からの友達という意識が強かったのだろう。
名目上とはいえ、デートを名乗っていることもあってか、学校の中を女子と一緒に巡るという行為に少なからぬ高揚感を覚えずにはいられなかった。
「? どうしたの?」
そんなことを考えながら、お菓子の詰まった袋を手に提げつつクレープを食べる彼女を見つめていたからだろう。
不思議そうに首を傾げるその姿に、つい微笑ましく思ってしまったトオルは、
「いや、なんか楽しいなって」
しっかりと彼女の疑問に応えてあげた。
「っ、そう、なんだ」
すると、少し驚いた様子で視線を逸らされるが、
「石徹白さんはどう?」
それに構わうことなく、こちらからも確認してみることにする。
「……楽しい、けど」
が、言葉ではそう答えつつも、意外なことに彼女の表情は暗かった。
ぼそりと小さな声で呟く姿はとても楽しそうには思えず、不安な感情が混じっているようにしか聞こえない。
「……けど?」
とりあえず、気になったことは聴いてみるべきだ、と彼女の言葉を繰り返してみれば、
「その、本当にただ、回ってるだけだなって……」
訥々と、弱々しい声でそう教えてくれた。
「対決とか言って、大して何もできてないし。時間はどんどん過ぎてくし。おかげで素直に楽しめないし」
自然、
「これじゃ全然、足りないって……このままじゃ日並くんがどこか行っちゃうって……どんどん怖くなってくるのっ……」
今にも泣き出しそうな声で語る彼女にトオルの心も痛み、
「あははっ……ごめん、これはずるいよねっ! 今のは判断に含めないでいいからっ」
やがて、自身の振る舞いが卑怯だと思ったのか、なんてことないように明るく振る舞おうとし始める。
彼女からすれば、好きな人とのデートであると同時に終わりが近づいてきているようなものなのだ。
純粋に楽しめるわけもないということに全く気の行かなかった自分が嫌になってしまう。
「石徹白さ──」
どうにか慰めなければ、と手を伸ばそうとするも、
「い、いいから! もう、そういうのっ……」
瞬時に距離を取られ、拒絶されてしまった。
「自分で、分かるから……遊愛ちゃんには勝てないって……」
スカートの裾を握りしめながら俯く姿は痛々しく、
「変に期待させられても、困るから。だからもう、ここまでで良いかなって……」
乾いた声は、聞いているだけで申し訳なくなってくる。
自分は彼女にこんな思いをさせるために先延ばしにしたのだろうか、と己の弱さを叱咤し、
──今、言うべきかもしれない。
この瞬間が、そのタイミングなのかもしれない、と唾を飲んだ。
その答えの先に待つのが悲しい結末であろうとも、これ以上待たせるよりはマシに違いない。
そう考えたトオルは、おもむろに口を開き、
「ま、待ってっ……!!」
直前、悲鳴にも近い制止の声によって遮られてしまう。
「まだ、ダメっ……この後、クラスの出し物があるから……」
それは、誰かのためを思っての判断なのか、はたまた辛いことから逃避するための言い訳なのか。
「ほら、泣きながら踊るなんて、できないしっ」
少なくとも、今は答えを聞きたくないという気持ちだけは確かなようで、
「それじゃあ私、準備とかあるからっ……!」
呼び止める暇もなく、走り去って行ってしまった。
残されたトオルはただ、呆然と立ち尽くすしかない、
──いや、そんなわけあるか……!!
そう、昔の自分なら思っていただろう。
でも今は違う。
昔のようにただ手をこまねいて、大切な関係を失うのを待つことなど、できるわけもなかった。
──石徹白さんを悲しませないために、俺が今やるべきこと。
トオルは考える。
本来、学園祭が終わった後に呼び出そうと思っていたが、今となっては計画通りに進めるのは困難である。
よって、
──まずは友戯に会いに行かないとっ……!
想定していた一部の行動を今すぐ実行に移すため、まずはスマホを取り出し、親友の少女へと連絡を取るのだった。
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