第138話 ※ラウンド1からフラフラです。

 お化け屋敷の受付に勤しんでしばらく。


 今日は生徒だけのおかげか、思ったよりも緊張することなく、気がつけば役目を終える時間も近づいてきていた。



「よ、日並。大丈夫だったか?」

「ん? ああ、池林いけばやしか。大丈夫も何も、ただ立ってただけだよ」



 すると、ちらほらと午後の部の担当生徒たちが戻って来たのだが、その中に混じっていた一人の少年に話しかけられる。


 鬼島の相方的存在、池林誠也いけばやしせいやである。



「いや、それもあるんだが、猛のやつが来ただろ?」

「え、あー……驚いたよあれは」

「ははっ、ま、そうだろうな」



 いったい何の用かと思えば、やはり彼のことだったらしい。



「俺も知ったのは最近でな。本当、まさかだよ」

「まあ、気持ちは分かる」

「だろ? おかげでこっちは巣立つ子を見送る気分だ」



 相変わらずの渋い声にはどこか寂しさのようなものが滲んでおり、さしもの彼でさえ影響を受けずにはいられない様子だった。


 彼のイメージからして先を越されたという感じはせず、単純に友人の変化にノスタルジックな気分になっているのだろう。


 トオルはどう声をかけたものかと悩み、



「それで、お前の方はどうなんだ?」

「……へ?」



 その僅かな隙を突くように、今度はこちらへと話題が飛んできていた。


 あいにく、彼に友戯たちとのことは話していない。


 故に、ではなんの事かと考えそうになるが、



「せっかくの学園祭だ。あの二人のどっちかと回るだろ?」

「っ、ま、まあそんな感じ……!」



 偶然にも、彼の発言は似たような内容であった。


 確かに、傍から見れば友戯か石徹白さんと学園祭デートをするのは充分に想像できることかもしれない。


 しかし、実際には両方ともするため、トオルとしてはなんともリアクションに困ってしまう。



「ちなみに、どっちなんだ?」



 当然、そんなトオルの心情など知らない彼は、容赦なく答えづらい質問をぶつけてくる。


 適当に答えてもいいが、ここで嘘をついて変に拗れるのも面倒くさい。



「それは、今は内緒ということで……」

「ふっ……まあ、無理に聴き出すことでも無いか」



 よって、ここは無難にはぐらかすべきだと判断した。


 池林の性格からしても深くは追求してこないと考えたが、反応を見る限りどうやら正しかったようである。



「じゃあほら、その看板は俺が受け取っておくよ」

「うん、ありがとう」



 向こうから話を終わらせてくれたかと思えば、ついでにそのまま受付まで代わってくれた。


 仕事から開放されたトオルは一つ身体を伸ばすと、取り出したスマホでメッセージを打ち始める。



 ──先に待ってるよ、と……。



 言うまでもないが、こんな廊下の真ん中で堂々と合流する気はさらさら無い。


 結局、後から噂になることは避けられない気はするが、少なくともわざわざ見せびらかしたいとも思えなかったのだ。


 池林に手を振りながら別れを告げ、その足で向かう先は旧校舎方面。


 新校舎側の廊下を離れ、旧校舎の中へと入っていくと、急激に辺りが静かになっていく。


 学園祭という非日常な世界から一転して、人の姿が見えないそこだけはいつもと変わらず、とても落ち着ける雰囲気が漂っていた。


 階段に腰を落ち着け、遠くから聞こえる喧騒に耳を澄ませていると、自分だけ特別な存在になったようでどこか楽しくなってくる。


 それと同時、この後のに待っている出来事を思うと、自然と胸が高鳴っていき、



「──日並くん」



 やがて、件の少女が前に現れた時に最高潮となった。



「えっと、よ、よろしくお願いします……?」



 なんとなく表情の固い彼女に、トオルもまた人のことを言えないほどに緊張した声をこぼしてしまう。



「う、うんっ……」



 おかげで、彼女は余計に意識してしまったのか、白い頬を赤く染め上げていく。


 そして、おそらくそれは自分も同じなのだろうと、熱くなる顔から察したトオルは、



「じゃあその、行こっか──」



 逆効果となっているこの静かな空間に耐えられる気もせず、慌てて先を行くのだった。








 うるさいほどに賑やかな廊下に、色とりどりに彩られた教室。


 正に学園祭といった様相のそこを歩くエルナの心臓は、もはや壊れそうな程に拍動していた。



 ──む、無理だってっ……!



 原因は言うまでもなく、隣を歩く少年の存在である。


 もちろん、二人で歩くこと自体はそこまで緊張するものでも無かったのだが、今回ばかりは状況が悪かったのだ。



 ──こんな、学校の中でっ……。



 普段、自分が活動している身近な場所。


 中には当然、見知った者もおり、そんな場所で好きな男の子と二人というのは経験が無かった。


 一度視線を向けられれば、そういう目で見られることは間違いなく、それが堪らなく気恥ずかしかったのだ。


 おかげで頭はクラクラとしてくるし、変な汗はかくしで、もはやデート対決がどうとか言っている余裕は残っていない。


 なぜこんな提案してしまったのだろうかと、ただただ過去の自分を責められずにはいられなかった。



「石徹白さん、だいじょ──」

「な、なにっ……!?」



 もちろん、そんな時に話しかけられようものだから、冷静でいられるはずもなく、半ば逆ギレするかのように返してしまう。



「そ、どこ行っ……あっ、と……!」



 しまった、と思うも、心は落ち着くどころか騒ぎ立てるばかりで、



「……石徹白さん、ちょっと失礼!」

「あ、わっ……!?」



 挙句の果てには急に手を握られ、いずこかへと連れ去られる始末。


 もはや気を失うのを堪えるのに精一杯のエルナは、なんだかどんどん彼に弱くなっているような気がする、と他人事のように現実逃避を始め、



「石徹白さんっ、落ち着いて!」

「ひゃいっ……!!」



 やがて、肩をガシッと掴んできた彼に情けない声を上げると、



 ──な、なにする気なの〜〜っ!!??



 グルグルと回る視界の中、期待と不安の入り交じった予測を頭に駆け巡らせた。


 いつの間にか周囲からは音が消えており、そんな場所で何をされるかなど、いくらでも思い浮かんできてしまう。


 抱きしめられるのか、唇を奪われるのか、はたまたもっと先までいってしまうのか。


 加熱する頭脳が暴走を起こしかけた、その時。



「えっと……俺が言うのもあれだけど、デートは中止しよっか」

「っ!?」



 彼の口から発された言葉に、一瞬で心が冷えていった。



 ──え、中止……え?



 混乱していた頭でもよく分かった、終焉を告げる単語に、先ほどまでとは別の意味で鼓動が激しくなる。


 もし聞き間違いでなければ、それは紛れもない死刑宣告であり、つまるところ、自身の青春は終わったということなのだから、



「う、うぅっ……」

「い、石徹白さん!?」



 その事実に気がついた瞬間、膝から崩れ落ちそうになる。


 直前で彼が支えてくれたが、とても喜べるような気分ではない。


 力を込める気も起きず、そのまま彼にしなだれかかるが、



「あの、何か勘違いしてるかもだけど、一旦中止ってことだからね!」

「ふぇ……?」



 そこで慌てた様子の彼が訂正を入れてくる。



「その、今のまま行くと目立つから、何か変装した方が良いんじゃないかなって思って……!」



 とりあえず、何やら理由があっての発言であることを理解したエルナは、段々と自身の早とちりだったことに気がつき始め、



「さ、先にそう言ってよっ……!!」



 最終的に、頭から煙が出そうなほどの恥ずかしさを誤魔化すため、本当の逆ギレを披露するはめになるのだった。

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