第137話 ※彼らもまた変わっていきます。
体育館に集合し、学園祭の開会式を終えた後。
各々が教室に戻ると、担当の生徒とそうでない生徒に分かれ、いよいよそれらしく賑わってきた。
──こっちはこっちで緊張するな……。
トオルもまた、他の生徒に違わず己が役割を果たすために教室に残るが、デートはとは別の意味でドキドキしていた。
なにぶん、こうしたイベントの経験も無ければ、バイトの経験なども無いため、上手くやれるか不安なのである。
「アイスハンド〜!」
「ひゃっ!?」
「あはは、それ絶対ビックリするよね!」
開店間際の教室内からは、なんだかんだと一番はしゃいでいる大好さんを筆頭に、楽しげな声が響いてくる。
──楽しそうだなぁ。
あいにく、受付担当のトオルには混ざりに行く時間が無いが、そもそもあの中に馴染める気もしなかったので、こうして雰囲気だけ楽しむのが利口だろう。
「よう、様になってるなー」
「いや、突っ立ってるだけなんだが?」
そうして、そろそろ開店しようかと教室の人達に伝えに行こうとした時、ちょうど出てきた景井にばったり出くわす。
「というか、まだいたのか。午後の担当だろ?」
「あー、まあそうだったんだけど、やることがあったから代わってもらったわ」
ついでにからかってくる景井にツッコミを入れつつ、疑問に思ったことを尋ねる。
廊下はすでに、友人を連れ立って歩く者たちで騒がしくなっていたので、担当外の景井もそちらに混ざっていると思ったのだ。
「やることって……あ、そういうことか」
「大好さんが午前の担当になっちゃったからねー。他のやつに頼み込んでってわけよ」
が、自分のことですっかり忘れていたものの、すぐ景井にも目的があったことを思い出した。
景井は景井で頑張っているのだということを改めて知ったトオルは、自然と勇気が湧いてくるのを感じる。
「お互い頑張ろうぜ」
「おう、そうだなー」
言葉は少なくとも、互いの覚悟は伝わっただろう。
景井はそれ以上何かを言うことも無く教室内へと戻っていき、
「おーい、開店するよー」
代わりにそう宣言してくれるのだった。
それから少しして。
「きゃあっ!?」
「うわっ……!」
受付としての役割を全うしつつ、客の悲鳴を聞き続けていたトオルは、それなりに盛況な様子に安堵していた。
素人作り故に心配ではあったが、この場にいるのもまた楽しむこと前提の者──すなわちこの学校の生徒だけだからであろう。
彼らの反応は意外と悪くなく、頑張って準備した側としては当然嬉しくなってくるというものだった。
「あ、二名いいですか?」
「ああ、はい大丈夫で──」
そうして一人で満足していると次のお客様がやってきたので、意識を切り替えようとし、
「──え」
直後、視界に映った光景に一瞬、固まってしまった。
「あれ、もしかして知り合い?」
何せ、そこにいたのは見知らぬ先輩と思しき女子生徒と、
「そ、それはまあ、俺のクラスなんで」
そんな彼女と手を繋いで並ぶ、いつぞや恋路を手伝った野球部の少年──
どこからどう見てもそういう関係としか思えない二人に、思わず面を食らってしまうのも仕方の無いことだろう。
「でもまあ、友達でもありますっ」
「あはは、なにそれ! じゃあ最初からそう言えば良いのに〜」
なんとも気恥ずかしそうというか、緊張した様子の鬼島に対し、先輩女子はカラカラと楽しそうに笑っていて、
「あ、私、
「ちょっ、声大きいっす……!」
かと思うと、トオルの心情を見透かしたのか、分かりやすく自己紹介を挟んでくれた。
一方、その声の大きさに周りの視線が集まると、鬼島は顔を赤くしながら明野先輩を注意する。
あれだけ恐ろしかった猛獣のごとき彼も、彼女の前では借りてきた猫のように逆らえないようである。
「えっと、俺は日並トオルです」
「わっ、君が例の……! その節はありがとね!」
「え?」
色々気になることはあるものの、とりあえずこちらも自己紹介するべきだろうと返したのだが、何故かさらに明野先輩のテンションが上がってしまった。
「ほら、猛くんの恋を手伝ってくれた子って君でしょ?」
「ええ、そうですけど……」
「君のおかげで猛くんの恋に決着がついたからさ。おかげで気兼ねせず行けるようになったの」
どうやら、あの件の以前から彼のことを狙っていたらしい。
彼の恋心を気遣っていたというあたり、本当に彼のことを想っているんだなと思うと同時、もし作戦が成功していたら敵になっていたのではと、せん無いことを考えてしまう。
「それで──」
「あの、先輩! 後ろ、並んでるんでっ」
「えー? ちゃんと名前で呼んでよー」
「うっ……」
と、そうこうしているうちに、彼らの後ろに次の客が並び始めていたようだ。
「真菜……先輩」
「あはは、じゃあ、とりあえずそれで!」
あの鬼島猛とは思えないほど動揺する姿に、これが先輩女子の力かと畏怖しつつ、入口へと誘導していった。
終始困っていた様子の彼だが、よく見れば口元は僅かに綻んでおり、ちゃんと恋を楽しんでいるんだなとこちらまで嬉しくなってくる。
あの後、ほとんど関係が失われていたが、石徹白さんのことを忘れられるだろうかと心配はしていたのだ。
──みんな、それぞれ変わっていってるんだな。
そして、そんな彼の変化に、改めて関係が変わっていくことを悟ったトオルは、二人の少女の姿を頭に思い浮かべた。
自分はこの後、何組か来ているカップルと同じように、学園祭を回ることになるだろう。
さらに言えば、学園祭より後にも関係が続くことも考えねばならない。
きっと、想い合う者同士、一緒にいる時間は楽しいものに違いなく、期待も高まっていくが、
──そう楽観視も出来ない。
残念ながら、今のトオルは純粋に楽しめるほど、簡単な状況でもなかった。
もちろん、それは彼女たちも同じことだろう。
──でも、やり切ってみせるさ……!
しかし、例えそうであろうと、時が止まってくれることは無いのだ。
結末がどうなろうとも、自分は自分なりに彼女たちをできるだけ幸せな方向へと持っていく。
必死にその術を考え続けることこそが、選ばれた者としての宿命なのだと割り切ると、
「はい、次の方どうぞ──」
今はまず、このクラスの生徒としての役割を果たすべきだと、受付係として学園祭を楽しむ一員に徹するのだった。
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