第136話 ※決着の学園祭、開幕です。
覚悟を決めたあの日から、時間が経つのは早かった。
その間、友戯も石徹白さんも深くは触れてこず、トオルもまた、可能な限り自然に彼女たちと接してきたつもりである。
──今日で全てを決めなきゃなんだな。
改めてその事実を思うと、緊張に身体が強ばってきてしまう。
愛の告白をすることなど、今までの人生では一度も無かったのだから、当然というものだろう。
しかも、学園祭最終日の予定だったのが、明日は家族など外部の人が来るとのことで、今日一日で決着をつけるはめにまでなっている。
おかげで、午前中はお化け屋敷のスタッフとして普通に働き、午後の残った時間で二人とデートをするという、なんとも詰まったスケジュールと化していた。
「大丈夫かー、日並?」
「え、あ、おう……」
と、そんな風に一人思考に耽っていると、背後から不意に声をかけられる。
振り向けば、そこには黒いクラスTシャツを着た景井の姿があり、ついでに言えば大改造された教室があった。
パーテーションで区切られ、暗幕や装飾などが一帯にあしらわれたそこは、照明を消せばそれなりに良い雰囲気が出るに違いない。
「話はだいたい聞いてるけど、あんま深く考え過ぎんなよ?」
そんなことを考えて気を紛らわそうとするも、景井はあっさりと例の話題を振ってくる。
「そうは言われてもな……」
「はは、まあ初めてのことだもんなー」
「はぁ……そういうお前の方はどうなんだよ?」
気楽そうに語りかけてくる景井を羨ましく思いつつ、反撃を試みてみれば、
「ああ……ま、上手くやってみせるぜー」
「お気楽そうだなおい」
半ば予想通りというべきか、あっけらかんと返してくる。
本当に自分と同じだけの恋愛経験なのかと疑わしくなってくるも、今考えるのもせん無いことだろう。
「じゃあ俺はちょっとトイレ行ってくるわー」
「おう、そうか」
元々マイペースな性格だからと納得しておくことにして彼を見送った後。
学園祭が始まるまでの時間を最終準備に費やそうとしたその時、
「日並」
またもや、後ろから話しかけられてしまう。
何故こうも死角からやってくるのだろうかと疑問に思いつつ振り向き、
「うおっ……!?」
そこに居るはずの少女の異様な姿に驚かされることになった。
顔が隠れるほどに長い黒髪に、赤黒く汚れた白衣。
いかにもといった出で立ちのそれに一瞬怯むも、しかし声は間違いなく彼女であったはずだとすぐに体勢を整える。
「脅かすなよ友戯……」
「あはは、ごめん。でも、凄いでしょ?」
「ああ、もう充分すぎるくらいには」
慣れ親しんだ親友の名前を呼び、楽しげな笑い声が返ってくれば、すでに怖さはどこにもない。
むしろ、クールさを残しながらも年相応に笑うその声には、愛らしさしか感じられなかった。
「わざとボロボロにするのはちょっと勿体なかったけどね」
「まあ、気持ちは分かる」
絵の具で汚し、ハサミで裾が加工された特性のドレスは、素人制作にしては中々にホラー感が溢れている。
今は明るいからあれだが、暗闇の中で不意に遭遇すれば客も怖がること間違いなしである。
「というか、それ前見えるのか?」
「ああ、うん意外と──」
そうして、他愛の無い会話を続けようとした時。
「ばぁっ!!」
「っ!?」
もう勘弁してくれとばかりに、心臓を跳ねさせられるような出来事が起きる。
──ちょっ……!?
何せ目の前で突然、白い布がはためいたかと思えば、今度はその下にあった青い布地がお目見えしたからである。
時間にしてほんの一、二秒の光景が目に焼き付くも、すぐに見てはいけないものが映っているという防衛本能から視線を逸らさせられ、
「れ、レン……びっくりした……」
「あははっ、いや〜いい反応だったね〜」
直後、心底驚いたといった声色の友戯と、元凶たる少女の朗らかな声が聞こえてくる。
が、トオルの心臓は別の意味でドキドキと鳴っており、未だ視線を前に戻すことができずにいた。
「あれ、大丈夫日並くん?」
「う、うん、ちょっと驚いたけどっ」
犯人でありながら他人事のように話しかけてくる大好さんに文句の一つでも言いたくなるが、今はそんな余裕もない。
とりあえず、動揺の理由を見透かされないよう、平気なフリをしてみるも、
「…………」
彼女は最初から分かっていたのだろう。
ニヤリと口元を歪めると、
「あれ、ショーパンだよ」
「っ!!」
耳元で残酷な真実を囁いてきた。
確かに、突然の衝撃でちゃんと認識できていなかったからか、よく思い返してみれば、色の濃さや面積、質感のどれもが体操着のそれらしかったことに気がつく。
だが、下着で無かったことに残念がるだとか、安堵するだとか、そういう感情を抱くよりも、チラリズムの破壊力の方がよほど勝っていたため、
──そういう問題じゃないよっ……。
後のデートのことを思うと変に意識させられそうで堪ったものではなかった。
「遊愛、効いてるよ」
「っ……へ、変なこと言わないでよっ」
どうやらそれも彼女の作戦のうちだということらしく、まんまとはめられた、というわけのようだった。
「じゃ、私はここらで去りますよーっと!」
そして、目標が達成できたら用はなしとばかりに彼女が去っていくと、パーテーションの向こうで作業するクラスメイトを除けば再び二人きりになり、
「………」
「………」
当然、先ほどとは違って気まずい沈黙が流れ始めてしまう。
下心のある目で見てしまったことは間違いなく、しかもそれが向こうにバレている状況なのだから、言うまでもないだろう。
「あの、今日のことなんだけど……」
が、このまま黙っているのも辛かったのか、友戯はおずおずと口を開くと、
「あくまで友達として、だからね?」
どうしても伝えたかったことなのか、念を押すようにそう告げてきた。
石徹白さんの発案で始まったデート対決だが、そもそもトオルのことをハッキリ異性として好きなのは彼女の方だけである。
故に、友戯も提案自体には乗ったものの、友人としてのスタンスを崩す気は無いのだろう。
「ああ、分かってるよ」
もちろん、友戯がそう言うのであれば否定する理由もなく、素直に頷きを返すが、
「でも、今日は友戯のしたいこと、なんでも言ってくれていいから」
「っ!」
こちらの目的も果たすため、誘惑と言えるかも怪しい言葉を伝えておくことにした。
「な、なんでもって……」
「そのまんまの意味だよ。手を繋ぎたかったら繋ぐし、ハグでもなんでもできる限りのことは応える」
何を想像したのか、ほんのり顔を上気させる友戯に例を持ち出すと、
「せっかくの機会だからさ。とにかく、友戯のことを知りたいんだ」
嘘偽りない言い分も一緒に教えてあげる。
石徹白さん的には対決らしいが、トオルからするとそうではない。
むしろ、二人とより仲を深めるためのイベントであると言った方が近かった。
「……日並、女たらしみたい」
「うっ……し、仕方ないだろ。こうなったらもう」
「まあ、それは分かってるけど……」
が、勝手に選ばれる側の彼女たちからすれば良い気持ちがしないのも当然だろう。
なんにせよ、今日中に決着がつくのは間違いないのだから、それまでの恥は大人しく受け入れるしかない。
「おーい、そろそろ体育館行こうぜー」
「お、おう!」
「あ、ちょっとっ──」
ひとまず、今はタイミング良くやって来た景井の助け舟に乗って脱出を図るのが得策。
そう考えたトオルは、若干不満がありそうな友戯の追求から逃れるように、教室を後にするのだった。
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