第39話
拓真は再び施設の前までやってきた。片手には花束を持っている。ここに来るまでの間に花を買いに行ってきた。京子が好きな白いアネモネだ。
「アネモネの花言葉って全般的に『儚い恋』とか『見捨てられた』とか、悲しい意味があるんだけど、白いアネモネには『真実』『期待』『希望』って意味があるんだよ」
得意げに言っていた京子の笑顔を思い出した。その時は花に全く興味がなかったが、今の京子や自分に必要な言葉だ。だから、この花にした。
「お、進藤発見」
施設の前で、赤坂卓が拓真に声をかけてきた。
拓真はうんざりした顔になった。
「なんで、君がここにいるんだ?」
「だって、ここ俺の親が運営している施設だもん。んで、バイトでちょくちょくここで働かせて貰ってんだよ」
拓真は内心で舌打ちした。進藤拓真の過去を知る人物が近くにいると、色々と不具合が出るのではないか。拓真の行動を不審に思い、親や施設の人間に報告されて、下手をすれば京子との面会を拒絶されるかもしれない。
「お前、また京子さんに会いに来たんだろ? お前と京子さんがどんな知り合いだったかは気になるけど、なんか事情がありそうだし、聞かないでおくよ」
その言葉に、拓真は驚いて赤坂の顔を凝視した。ヘラヘラとしていて軽薄そうなイメージを持ったが、意外といいヤツなのか。いや、こういう男は『訳ありの密会』という題材で周りに言いふらすタイプだ。
「んだよ、その顔。あ、俺の事信用してねえな? 事情は聞かなくても、『訳ありの密会』とか言いふらしそうだとか思ってんだろ」
拓真はまた驚いた。
「……なんでわかった?」コイツもまさか何かしらの能力でも持っているのでは、と思うほどの推察力だ。
「……マジでお前俺のこと忘れてんだな。まあいいや」
少し寂しげに笑みを浮かべて赤坂が言うと、また拓真の頭にノイズが走った。
「とにかく、ついてこいよ。俺が上手く施設のみんなに言っておいてやるから」
進藤拓真には良い友人がいたようだ。先ほど彼に向けた態度を反省して、赤坂に謝罪した。
「……先日といい、さっきといい悪かった。酷い態度をとった」
「いいよ。気にすんな」
受付で赤坂が、拓真が友人であり、宗馬京子の知り合いであることを告げていた。
「コレでオッケー」
拓真の元に近づいてきて、親指と人差し指で丸を作った。
「ありがとう。恩に切るよ」
「いいって。それよりさ、今日からお前んトコの高校の女子が、この施設に研修に来てるらしいぞ」
「そうなのか。俺は知らないな」
「そっか。もし、お前の知り合いの女子だったら、見られないように気をつけろよ。京子さんと会ってるのとか、見られたくないだろ?」
意外と気が利く男だ。拓真は「わかった」と頷いた。
赤坂と離れて、拓真は京子の部屋の前まで来て、扉をノックして中に入った。
京子はベッドの上で、上半身だけを起こし、ただ無心に窓の外を見ていた。
「京子、白いアネモネを買ってきたよ。好きだったろ?」
彼女に花を見せて話しかけるが反応はない。
拓真は花瓶に花を入れて、ベッド横のパイプ椅子に座った。
もし彼女が正気だったなら、今の拓真を見てどう思うだろうか。姿は別人だが、夫の正樹だということを理解してもらえるだろうか。
「なあ京子。俺が正樹だって信じてくれるか? 俺は今、新藤拓真って少年の体に入っているんだ。この子は、イジメによる自殺でもう死んでいて、その体を今借りているんだよ。この時点でもう信じられないだろう? しかもその経緯が、真野っていう怪しいオカルト科学者が、人間の魂を別の死体に入れる実験をやっていて、その成功例が俺だっていうんだから、さらに信憑性に欠けるよな」
それから、今まで起きたことを京子に話した。そして、今日新藤拓真の家族に、嘘をついてここに来ているということも。
「この子の家族には本当に申し訳ないと思っている。本当にいい家族だよ。だからこの子も家族を困らせたくなくて、イジメられていたことをずっと黙っていたんだろうな。可愛そうに……。だから、この子をイジメていた連中には制裁を与えてやったよ。これからも、あいつらはそれ相応の報いを受け続ける。これでこの子も少しは浮かばれるといいんだが」
拓真は自分の両手を見て、黒い炎を出した。
「一般人には見えないがこれが罪を焼く炎だ。相手の魂の業を燃やすことでそれ相応の裁きを与える。俺はこれで、俺を殺し、お前をこんなふうにした奴に裁きを与える。何度も何度も殺し続けてやる!」
正樹の憎悪に呼応するように、黒の炎は腕を包み込むように激しく燃え上がった。
息を吐いて少し呼吸を整えて炎を消し、拓真は何も答えない無表情の京子の顔をそっと撫でた。
「そうだ。これ。お前が持っていてくれ」
拓真は、先日宗馬家から持ってきた、ミッキーマウスと一緒に撮った正樹と京子の写真を取り出して、京子の膝の上に置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます