第34話

 昼休み、席に座っていた拓真の前に、葉山美紀と椎名歩美が立ちはだかるように現れた。

「……何だ? いきなり」

「ちょ、二人とも新藤君と関わらないって約束したじゃない!」

 月野が二人を引っ張って制止しようとしている。

「ごめんね夕実。関わらないって言ったけどさ、夕実がビクビクしてるの見てたらやっぱりどうにかしたくなるじゃない。それに、わたしたちも気になっていたし、わたしたちのためにも、こいつの化けの皮を剥がしておきたいのよ」

 化けの皮を剝がすとは、どういうことか。

 状況が分からずに首を捻っていると、葉山が一枚の紙を机に叩き付けた。

「あんたがデタラメ言っている証拠を見つけたわ」

 怪訝な顔をして、拓真は紙を見た。ネットの記事を印刷したものだった。それは、宗馬家での事件だった。

「あんたは、夫婦ともに殺されたって言ってたわね。でも、この記事を良く読んでみなさい。奥さんの方は生きているじゃない。これはどう説明すんのよ?」

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 生きている? 誰が? 拓真は記事を読んでいって、愕然とした。

 記事にはこうあった。

 ───宗馬京子さん(24)は心肺停止状態だったが、奇跡的に息を吹き返し、現在入院中である。意識は未だ戻らず、戻り次第詳しい状況を聞く方針である───

 拓真は勢いよく立ち上がり、葉山の胸倉を掴んだ。

「どこの病院だ!」

「ちょ、ちょっと!」

 椎名が必死に拓真の腕を解こうとした。葉山は苦しそうにしている。月野はどうしていいかわからずにおろおろしていた。

 苦悶の顔を浮かべる葉山を見て、拓真は我に返って手を離して謝った。

「す、すまない」

「すまないじゃないわよ! 痛いじゃないの!」

 葉山が涙目で抗議している。が、拓真はそんなことよりも、京子のことで頭が一杯だった。

 ……京子が生きている。本当なのか、この記事は?

「現場近くの病院じゃないの? 総合病院とか」

 椎名が、ゲホゲホ咳き込んでいる葉山の背に手を添えて言った。

「そうか。すまなかったな……」

 拓真は教室を飛び出した。廊下を走り、階段を一気に駆け下りる。

 途中にいた教師が何やら注意してきたが、拓真の耳には入らなかった。

 校舎を出て、校門前にあるタクシー乗り場へと向かった。ちょうどタクシーが停まっていて、空車の表示があったのでそれに乗り込み、総合病院までと告げた。

 運転手は、必死の形相で駆け込んできた拓真と、行き先が病院ということで緊張感をもったようだ。

「急ぎですね。近道知ってるから、まかせてください」

「ありがとうございます」

 総合病院まで向かう近道の途中、見覚えのある路地があった。先を進んでいくと、宗馬家が見えた。

ここで自分は殺され、京子は意識不明の重体となった。

 拓真の脳裏に、京子に乱暴して、正樹を撃ち殺した男の横顔が浮かんだ。

 俯き、拳を握りしめて激しい怒りに身を震わせていると、運転手に「大丈夫ですか?」と心配された。

 総合病院にたどり着いて、受付に宗馬京子は今もこの病院で入院しているのか訊いたが、彼女はもうすでにこの病院にはいなかった。

 なら今はどこにいるか訊ねたが、そういったことは教えられないと言われた。

 当然のことだ。家族以外に教えるわけがないのだ。もとは家族なのだが、今はそれを証明できる手立てはない。と、ふと簡単なことに気づいた。

 彼女の両親だ。何故早く気づかなかったのか。

 拓真は早速、彼女の両親に連絡を取ろうと病院の公衆電話を手に取った。そして、少し考える。

 今の自分が宗馬正樹だと言えるはずがない。ならば嘘をつくしかないだろう。京子とは何度か親切にしてもらった恩があるとでも言えばいい。

 電話が繋がった。拓真は思いついた嘘で、彼女の両親と話をした。

「……そうですか。京子は今、都内の障害者施設にいます」

 母親の声は疲れきっていた。

「……障害者施設? どうして?」

「行っていただければわかります。もしあなたと接点があるのならそれがきっかけで、何か変化があるかもしれません。お医者様にもそう言われていますので。……でもショックを受けたくなければ、会わないでください。あの子の変わり果てた姿を見ないでやって欲しいというのも、私たちの望みですから」

「……場所を教えてもらえますか? 自分が何かできるとは思えませんが、何かの助けになれれば」

 拓真は母親から、京子がいる施設とその場所を教えてもらい学生手帳にメモをした。

 早速病院を出てその施設近くに停まるバスに乗った。

 いつの間にか下校時間になっていたらしく、途中他校の生徒が数名乗り込んできた。そのうちの一人と目が合った。

「あれ? お前、新藤じゃね?」

 拓真は怪訝な顔をした。どこかで見た顔だが、思い出せない。

「おいおい、俺だよ。赤坂だよ。赤坂卓。小学校、中学とけっこう遊んだじゃないか」

「……悪いな。俺、最近事故に遭って過去の記憶があんまりないんだ。自分の交友関係とかさっぱりなんだよ」

 赤坂は目を見開いて驚いた。

「え? マジか? そういや何か雰囲気違うよな? 自分のこと俺なんて言わないヤツだったし。へえー、記憶喪失ってやつかぁ。すげえなあ」

 思い出した。見た顔だと思ったら、拓真の部屋にあった写真に一緒に写っていた男子だ。

 記憶喪失の何がどう凄いのかわからないが、そこはあえて聞き流すことにした。

「それでお前ここで何してんだ? お前、確か陽成高校だったよな。思い切り反対方向じゃねーか。お前がいくら方向音痴だって言っても、限度ってもんがあるぞ」

 確か妹の美佐も、拓真は方向音痴だと言っていた。

「……俺の記憶の手がかりを探しにいくんだよ」

「手がかり? 何かアテがあんのか?」

 詮索好きな男である。少し煩わしく思い、適当に答えることにした。

「まあな」

 素っ気無い態度を取れば関わってこないだろうと思ったが、さらに食い気味に訊いてきた。

「マジで? 記憶喪失なんだろ? どんな手がかりがあるんだよ? 詳しく聞かせろって。俺、協力するからさ」

 赤坂は興味津々だ。友人が記憶喪失で記憶を探す手がかりを探している。退屈な日常を送っている高校生にとっては、刺激的な事なのだろう。

 だが今はそんな事に構っている暇はないのだ。

 どうしようか考えていると、車内アナウンスで次の目的地が告げられた。拓真が降りるところだ。

「悪いな。俺、次で降りるんだ」

「あ、俺も降りるんだ。偶然だな」

 拓真は内心で舌打ちをした。

 赤坂の心の色を見る。白に近い灰色の魂と、興味を表す緑の点滅が見える。悪い人間ではないようだが、お調子者だという印象を受けた。

 バスを降り、拓真は手帳を見て施設の方角を確かめた。それを赤坂が覗き込んで見ようとしてきたのですぐに引っ込めた。

「なんだよ。別にいいじゃないか」

「悪いが急いでいるんだ。話はまた今度にしてくれ」

 ハッキリとした物言いに、赤坂は驚いたようだ。

「お前、ほんとに別人みたいだな」

「よく言われるよ。じゃあな」

 拓真は施設の方向に向かって走った。

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