第31話

 進藤家で家族と一緒に食事をし、美沙が一番風呂に入っていた時の事だった。

 美沙が一番風呂に入るようになったのは最近のことらしい。年頃の娘ということもあって、父親の幸一の後には絶対に入らないと豪語するようになったという。よって、必然的に、毎回美沙が一番風呂に行く順番になっていた。

 他にも、洗濯物は別にして欲しいだの、歯ブラシ立てを別にして欲しいだの、父親のトイレの後に、消臭スプレーを撒き散らすだので、かなり徹底していた。

 拓真は父親を気遣って、慰めのビールをコップに注いでやった。

「娘が産まれた時、いつかはこういう時が来ると思っていたよ」

 淋しげな笑みを浮かべ、父親は注がれたビールを飲み干した。

「にしても、拓真。ビール注ぐの上手いな……。コップの淵に合わせるように泡立てるのって、コツがいるんだぞ」

 おっと、余計な社会人スキルが発動してしまった。生前、親睦会で上司たちにビールを注いでいるうちに身に付いたスキルだ。

「ビールを注ぐ才能でも目覚めたかな」笑って誤魔化しておいた。そこに、ズボンのポケット内の拓真のスマホに電話がかかってきた。

 発信者は、草原伸だった。

「ちょっと、電話」

 両親に言って、家の外に出る。家の中だと、家族に聞き耳を立てられる恐れがあるからだ。迷惑なことに、先日美沙が言った拓真の彼女発言のせいで、拓真への関心が向いてしまっている。

「アンタから連絡があるとはな。どうかしたか?」

 周囲に注意しながら、拓真は訊ねた。

「今日、君のことを調べている中田という刑事が来た。何か心当たりは?」

 拓真は額に手を添えて「あー、マジか」と唸った。

「先日ちょっとな」と、中田と出会った件について話す。

 話を聞き終えて、草原は憮然とした声で言った。

「……誤魔化すのに苦労したぞ。あの中田という刑事、まだ新米みたいだったから何とかなったが、ベテランの刑事だったら、コチラが何か隠しているのに気づいたかもしれん」

「悪かったよ。俺もあんな形で刑事と知り合うなんて思わなかったからな」

 京子が働いていた場所を見に行ったら、担任の森がいて体育教師の佐々木がいて、そこに中田が入ってきたのだ。

 コチラの姿を見られた以上、不審な行動をとるわけにもいかず、成り行きに任せていたら、拓真のことが中田へと伝わってしまった。

 まさか、それで中田が『事故』のことを調べることになるとは思わなかった。

「進藤拓真が『事故』として入院したのに、警察の調書が何もなかった事に不審を抱いたようだ。まあ、その辺りは生前の進藤拓真の事情を明かして、『事故』ではなく『自殺』ということで、何とか納得してくれたようだが、内心、ヒヤヒヤしたよ。アレでもう関わってこなければいいんだが」

 中田の行動に少し驚かされたが、風原は上手く立ち回ってくれたようだ。

「すまないな。それと、すまないついでなんだが、アンタの病院の伝手で、首に四つの黒子がある男が怪我とかして来院したという話はないか?」

「首に四つの黒子? ……そいつが、君を殺した男か?」

「そうだ」

「……そんな目撃情報、都合よくあると思うか?」

「思わんよ。一応聞いてみただけだ。だけど、万が一ってこともあるだろうし、一応気にしておいてくれ」

「わかった」

 拓真は電話を切って、家の中に戻った。

 何やらリビングが騒がしい。

「もーお父さん最悪! わたしが買ってきたアイス勝手に食べて! しかも、わたしのお気にのスプーンまで使って! もうこのスプーン使えないじゃん! 馬鹿馬鹿! 大っっっ嫌い!」

「……だから、ゴメンって。悪かったって」

 反抗期真っ盛りの美沙と、必死に娘の機嫌を直そうとする父親とのやりとりがあった。

 

 

 佐々木がクビになった。

 女子生徒の盗撮画像が、佐々木のスマホから見つかったのだ。

 職員室でスマホを弄っていた佐々木が手を滑らせて落として、それを拾った女性職員が写真のアイコンに触れてしまい、盗撮画像が出てきたことから発覚した。

 生徒たちには、一身上の都合で退職したと伝えた。多くの女子生徒たちが残念がっていたが、本当の理由は知らぬが花というものだろう。

 一部の教職員たちの間では、警察への通報の議論がなされたが、そうなるとマスコミに報道されたりで、結局学校側が叩かれることになるとのことで、佐々木の件は通報しないことになった。

「出来心だったんです」と、佐々木の土下座と泣きじゃくる姿に、歳上の女性教員たちが庇護欲を掻き立てられたというのもあった。「若いうちはそんなこともあるわよ」と言って、弁護する者もいた。

 コレは佐々木の持つ天性のものなのだろう。ホストにでもなれば、成功するに違いない。

 森は、通報する方に賛成したが、生徒たちへの影響を考えなさいと校長に言われ、渋々受け入れた。

 もう、あんな人のことを考えるのは止めよう。さあ、仕事仕事。

 気持ちを切り替えて、森は自分のデスクのノートパソコンで調べ物をする事にした。

 自分のクラスにいる、月野夕実の研修先を探さなければならない。

 彼女は以前から介護士の仕事をしてみたいと言っていた。隣のクラスの月野の友人である葉山と椎名も参加したいとのことだった。

 ネットで近場の介護施設を検索すると、老人介護、障害者介護を含めた施設が四件程見つかった。

 施設の概要を見ていくが、すぐに違うことを考えてしまっていた。

 中田くん、いつ連絡してくれるかな? 刑事だもんね。忙しいに決まってるよね。

 そんな事を考えていたら、デスクの上に置いていたスマホが一瞬震えた。見るとショートメッセージが入っていた。

 最近ではショートメッセージでも、フィッシング詐欺が送られてくる。今回もその類だと思ったが違った。中田からだった。

 ──今日の夜、飯行かないか?

 直ぐに行くと返信した。彼の事を考えていた時に、彼からのメッセージが来て、森は少し浮き足だった。


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