第29話

 中田は五月十五日に起きた事件を調べていた。

 その日、とある一軒家で一人の命が奪われた。

 事件の翌日に、たまたま家にやってきた妻の母親が現場を発見して慌てて通報。

 亡くなったのは、宗馬正樹。二十六歳。拳銃で胸を撃たれて死亡。

 妻の宗馬京子は、この時意識不明の重体。救急車内で一度心肺停止にまで陥り、AEDで一命を取り留めるも、頭部の打撲によるものか、事件のショックからか、精神に異常を来して遷延性意識障害≪せんえんせいいしきしょうがい≫──いわゆる、植物状態となっている。

 犯人の手掛かりは、拳銃の弾から、M360J SAKURA が使用されたと判明。

 コレによって警察内では動揺が広がった。この拳銃は、警官が所持する拳銃として知られているからだ。拳銃所持者の徹底的洗い出しと、拳銃の管理の見直しがなされたが、この時はまだ何も分からない状態だった。

 それが、金本の逮捕で一変した。金本の裏取引が判明し、拳銃の取引も行われていたことが発覚したのだ。金本によって逮捕された犯罪者たちも、次々と冤罪だったことも明るみになった。

 宗馬家で使われた拳銃も、金本の裏取引で手に入れたモノというのが、今の捜査本部の見解だった。

 現在、購入者を吐かせようとしているが、何故か金本は何度も謎の大怪我を負って瀕死に陥っているため、聞くに聞けない状況だった。

 瀕死になる度、金本は殺害した同僚だった者たちの名前を呟いて、うなされるように謝罪していた。

「俺が悪かった……。お願いだ……もう勘弁してくれ……」

 その様子は、まるで、金本に殺された者たちが報復しているかのようだった。金本を治療する医者も青ざめた顔で言っていた。まるで死なないようにギリギリの所で調節しているかのような大怪我だと。

 現在金本の肉体は、いくつかの部分が欠損している。少しずつ、少しずつ何かがその肉体の一部をむしり取るかのように、減っているらしかった。

 何度読んでもゾッとする話だった。

 実際、中田も金本の供述に立ち会ったことがあるが、思わず目を背けてしまう状態だった。

 そういえば、金本が中田を見ておかしなことを言っていた。

「……お前ら、死んでも中田が心配なのかよ」

 言っている意味が全くわからなかった。

 瀕死となり、ギリギリの所で生かされ、少し回復したらまた瀕死状態になる。そして、身体の一部が使用不可となる。まさに生き地獄だ。精神が錯乱してもおかしくない。

 中田は金本の資料を読み終えた後、同日に起きた事件のファイルをパソコン内で探した。

 だが、どこにも高校生が事故に遭ったというファイルはなかった。

 一人の少年が、記憶喪失になってしまう程の事故にあって警察に知らされないことがあるだろうか。

 森に連絡をして、進藤家の場所を聞いたが、中田がいる署の管轄内だった。

 事故にあった場所が管轄外だったのかもしれない。

 だが、胸の中で何かが引っかかっていた。中田自身それが何かはわからなかった。

 中田が進藤と出会った日の事を思い出す。

 進藤の友人が、連続ひったりくり犯の被害にあって、犯人を捕まえた金本に礼を言いにやってきたと言っていた。

 友人の為に、わざわざ礼を言いにやってくるだろうか。いや、この時の金本は英雄だったから、彼に会う口実だったのかもしれない。

 だとしてもおかしい。進藤の記憶喪失は、この一月半前のことだ。

 記憶喪失の子が、果たして金本のことを英雄だと知って、憧れを抱くか? 普通は記憶を失った自分の事でいっぱいで、他のことなど気にならないものではないのか?

 森は言っていた。事故にあって記憶を失う前の進藤とは、まるで別人のようだと。

 中田はデスクの椅子に背をもたれさせて、天井を見上げた。

 進藤拓真の件に関して、事件性は感じられない。だが、何か気になった。

 事件は日々起きている。進藤のことに時間を割いている場合ではない。

 ──些細な気掛かりが、事件の糸口に繋がることもあるのよ。

 金本と組む前。金本によって殺された先輩女刑事の言葉を思い出す。

 ……むしろ、今耳元で囁かれたような気がしたが、気のせいだろう。

 少し調べてみるか。

 中田は進藤が記憶喪失になった事故について調べてみることにした。

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