第27話

 森を強引に連れて行こうとする佐々木に、スーツ姿の男が声をかけた。

「おい、彼女が痛がっているだろう。その手を離しなさい」

 拓真はその男を見て、どこかで見た顔だと思った。どこだったか。

「あんたには関係ないだろう。さ、森先生行きますよ」

「やめて下さい、佐々木先生……」

 男は佐々木の腕を掴んだ。

「嫌がっているだろう。それ以上無理やり連れて行くなら婦女暴行でしょっぴくぞ。言っておくが、俺は警察だからな」

 その言葉に、拓真は男の顔を思い出した。そして、森もその顔を見て驚愕に目を見開く。

「中田くん?」

「え? あ、ひょっとして森か? うっわ、久しぶり──って、そんな場合じゃねーな。とりあえず、コイツ現行犯で逮捕しとく?」

 そうだ。この男は金本と一緒にいた刑事だ。

 中田の言葉に、佐々木が顔を青くした。

「待ってくれよ! 逮捕って、僕が何したって言うんだよ!」

 中田は床で割れたコップを指差して、

「器物損壊」

 森の掴まれた腕の痣を指して、

「婦女暴行」と罪状を告げた。

「お、俺は悪くない!」

 佐々木はその場から逃走して、店から出て行った。

「おっと、無銭飲食も追加だな」

「中田くん、その辺にしてあげて。たぶん、彼も反省したと思うわよ。勘定もわたしが払うから問題ないわ」

「森、お前は相変わらずの甘ちゃんだな。そんなんで、教師なんてやってけんのかよ」

「うるさいわね。そういう中田くんこそ、ちゃんと警官なんてやれてるの?」

「当たり前だ。言っておくがな、あの金本を油断させる演技をして、手錠をかけたのは俺なんだからな」

 金本敦。英雄ともてはやされた刑事であったが、今や、様々な犯罪に関わり、そして同僚を口封じのために殺害し、警察の威信を貶めた悪徳警官として有名となった人物だ。

「え? ホントなの? 大活躍じゃない! あ、こんな所で立ち話も何だし、とりあえず座りましょ」

「それもそうだな」

 と、先ほどのテーブルに、佐々木の代わりとして中田が席に着いた。

「ところで、そこの少年は?」

 中田が拓真に視線を向けた。

 挙動不審だと怪しまれる。ここは堂々としておこう。

「ウチのクラスの生徒よ」

「お前、男子生徒に手を出すのは──」

「バカ。違うわよ。少し訳ありの生徒だから、相談に乗っていたの」

「訳あり?」

 拓真は中田に会釈した。

「君、どこかで見たような……」

 なかなか記憶力がいい刑事だ。まあ、そうで無ければ刑事という仕事は務まらないだろうが。

 仕方ない。隠すよりも、自分から言う方が変に怪しまれずに済む。

「俺も刑事さんに見覚えがあります。確か、警察署前のファミレスで金本さんと一緒にいた刑事さんですよね?」

「んー……ああ、思い出した。金本が捕まえたひったりくり犯の被害者」

 森が「え!」と拓真を見る。

 拓真はすぐさま、「の友人です」と付け加えた。

「そうそう。そうだった。あー、でもあの時君は金本に感謝してたけど、結局アレも違ったんだよ。捕まっていたのは、金本に家族を脅されて泣く泣く犯人に仕立て上げられた者だったんだよね。本当の犯人は別にいたんだけど、それももう金本の自供で捕まってる。いや、ホントあいつとんでもないクソ警官だったよ。それに、俺の面倒を見てくれてた先輩刑事もアイツに……」

 中田はテーブルにあった水の入ったコップを一気に飲み干した。

 森がそんな中田に、「ビール頼もうか?」と訊いた。

「うわ、めっちゃ飲みたい! でも無理だ! 俺みたいな若手はいつ何時かに呼び出されて運転させられる場合があるんだよ」と、中田は悔しさを腹の底から吐き出すように言った。

「気を遣わんでいいぜ。それよりも、そこの訳ありとかいう少年といい、さっきのイケメンといい、いまいち状況が分からないんだが」

 森は拓真の様子を伺うような目で見てきた。学校関係者でない者に、生徒の事を簡単に話して良いものかどうか思案しているのだろう。

「実は、事故物件である俺の事で、さっきの佐々木先生と相談してらしてたんですよ」

「進藤くん! 自分のことをそんなふうに言わないで!」

 皮肉を効かせて言ったのが不味かった。かなり強い口調で怒られてしまった。コレに関しては反省する。

 仕方なく森が中田に、拓真について説明した。イジメのこと、事故で記憶を失ったこと、記憶を取り戻そうとしていること。

「……進藤くんといったね」中田が真剣な顔で拓真を見てきた。「イジメなんかに屈するんじゃないぞ? 何かあったら、俺を頼るといい。力になろう」そう言って、懐からペンとメモ用紙を取り出して、電話番号を書き記して拓真に渡してきた。

「……ありがとうございます」

 思わぬ所で刑事との繋がりを得てしまった。復讐を考える拓真にとって、コレが吉と出るか凶と出るか。

「中田くんは相変わらず正義に熱いわね。前から警官になるって言ってたもんね」

「お前こそ、教師になるのが夢だったんだろ。叶って良かったじゃないか」

「……そうね。かなり理想とは違っていたけど」言って、自嘲めいた笑みを浮かべる森。

「……そうだな。俺も痛感しているよ。これが現実なんだって」

 なにやらしんみりした場になってきた。なりたかった職業の現実に打ちのめされるのはわかる。正樹だった時、二十六歳でただただ雑用をさせられる仕事に、自分は何をやっているのかと、自問自答の日々を送っていた。

 二人の気持ちはわかるが、今は共感している場合ではない。

 この店に来た本来の目的を忘れてはならない。

 拓真は、「トイレに行ってきます」と言って席を立った。

 通りすがりの女性店員を見る。魂の色は、薄い灰色だった。

 とりあえず、魂の色を視るのは男スタッフだけでいい。接客で忙しく動き回るスタッフを見て回るが、罪に穢れた魂の持ち主は見当たらない。

 スタッフたちの隙を見て、拓真は厨房の方に入った。

「お客様、コチラはスタッフ以外立ち入り禁止となっております」

 厨房内にいたスタッフに見つかり、声をかけられた。

「すいません。トイレを探してて……」と、お決まりの台詞を言いながら、ざっと厨房内のスタッフたちの魂を見る。悪人らしい悪人の魂の色は見当たらない。

 拓真は厨房を後にして、また森たちのテーブルに戻った。

 二人の会話は弾んでいるようだった。

「大学時代に春子っていたでしょ? 結婚して二人目産んだらしいわ」

「うわ、マジか! そういやこの前、夏彦も一人目産まれたって写メ送ってきやがったな。俺も早く結婚してー! でも、刑事と一緒になってくれる女って希少だしなぁ」

「そうねぇ。アンタと一緒になったら随分と苦労させられそうだもんね」

 森が意地悪そうな笑みで、中田を見つめている。拓真はそっと、彼女の心情を視た。緑と黄色の点滅だった。緑は信頼、黄色は喜びを表している。

 コレが恋愛感情なのかはどうかは分からないが、少なくとも中田のことを悪く思っていないのは、心の色を見るまでもなくわかった。

「……先生、歓談中すいません」

 邪魔になると思いつつも、拓真は言った。拓真の存在に気づいて慌てる森。

「ゴメン進藤くん! 別にあなたを忘れてた訳じゃないのよ! 彼とは久しぶりだったから話が弾んじゃって!」

「別に構いませんよ。すいませんが、親も心配するんで帰ります」

 森は時計を見た。時刻は二十一時になろうとしていた。

「それが良い。遅くまでこんな所にいたら警察に補導されるぞ」

「警察はアンタでしょうが」

 中田に突っ込みを入れる森。なかなか相性が良さそうな二人だ。

「では失礼します」

「あ、そういえば、進藤くん結局何でこんな所に──」

 拓真は聞こえないフリをして、逃げるように店を出た。

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