第25話
復讐するに当たって、拓真はどうやって犯人を見つけるかに頭を悩ませていた。
事件の犯人に関する情報をネットで検索したが、未だに見つかっていないという。
警察は何をやっているのかという憤慨する気持ちと、相反してまだ捕まっていなくて良かったという思いが交錯していた。
警察に捕まれば、この手で何度もヤツを殺す機会がなくなってしまうではないか。だから、まだ捕まってもらっては困るのだ。そのために、こうして少年の身体に取り憑いたのだから。
学校から帰ってきた拓真は、自分の部屋で着替えを済ませて部屋を出た。
白の無地のTシャツに黒のサマージャケット、セミワイドパンツといった出立だ。
高校生の私服というのでかなり迷ったが、とりあえずそれっぽい格好をしてみた。
部屋を出ると、美沙が自分の部屋から扉を開けて顔を覗かせた。
「お兄ちゃん、出かけるの?」
美沙は拓真の服装を見て、目を丸くした。
「……お兄ちゃんその格好……」
「ん? 何か変か?」
「ううん、そんな事ない! 凄く似合ってる! え、まさかデートとか?」
「いや、違うけど。何で?」
「あ、ううん、いいの、何でもない。じゃ、気をつけてね」
美沙は笑って扉を閉めた。
よく分からないが、服装に問題でもあっただろうか。若者の服をチョイスしたつもりが、実はオッサンくさい姿だったとか。
……まあいい。とりあえず、服装に関してはまた考えるとして、今は犯人に関する手がかりを見つけなければならない。
拓真は家を出て、まず自分──宗馬正樹が殺害された家に向かった。
宗馬家は、進藤家からバスに乗って三十分ほどの場所にあった。こういう時、自分で車を運転できないのがもどかしい。
宗馬家の近くまで来て、静まり返った元自分の家を見る。
アレから約一月半程。すでに警察による現場の鑑識や調査が終わって、とりあえずは元の状態になっていた。
周囲を見まわして、近隣住民の目がないのを確認して、拓真はその家に近づいた。
もし、誰かに見られたら、宗馬正樹の知り合いということにして、亡くなったこの場所にお悔やみを言いにきたといえば良い。
自分で自分にお悔やみとは、何とも滑稽な理由ではあったが。
玄関先に来てドアのノブを捻ったが、当然鍵がかかっていて中には入れなかった。
裏手に回って、庭のガラス戸に手をかける。こちらもダメだったが、実はちょっとした方法で中のクレセント錠は開けることができた。鍵の不具合に気付いたのは、殺される数日前のことだ。
何回か窓をサッシごと上下させるように動かすと、錠が外れるのである。錠を固定する治具が壊れていて、業者に文句を言う前に、正樹は殺されてしまった。
周囲に気を付けながら窓ガラスの鍵を外して、素早く中に入った。そこはリビングだった。京子と仲良くテレビや映画を観たり、一緒に酒を飲んだりした。
それらの情景をリビングの空間に投影しつつも、振り切って拓真は二階の寝室に向かった。
犯人に繋がる手がかりなど残されていないだろう。あったとしても既に警察に回収されているに違いない。
それがわかっていながらもここに来たのは、ここに来ることで正樹の殺された時の記憶が少しでも鮮明に思い出せればと思ってのことだ。
あの晩、正樹は犯人の顔を見た。だが、胸を撃たれた激痛で意識は朦朧として、ハッキリと覚えているわけではい。撃たれる直前の、京子を殴っていた横顔は若い男で、首筋にサイコロの四の形の黒子があったのは記憶している。
寝室に入る。
ここだ。ここで、アイツに正樹と京子は殺されたのだ。
殴られ腫れ上がった京子の顔。目の光は失われ、口からは涎が垂れていた。
憎悪が膨れ上がり、拓真の身体からは黒い炎が立ち昇っていた。
アイツの顔はどんなだった? 京子を殴るとき愉悦に満ちた表情だったのを覚えている。舌なめずりをして、京子の返り血を舐めていた。
だが、やはりハッキリと犯人の顔は思い出せない。横顔と黒子だけではどうしようもない。
実際に顔さえ見ればわかるのだが。
しばらく、その部屋に留まり拳を握りしめ佇んでいたが、このままこうしてずっといるわけにもいかず、拓真は部屋を後にした。
リビングに戻り拓真は部屋の壁際のシェルフに置いてある写真立てを手に取った。
京子と一緒にディズニーランドに行った時の写真だ。しゃがんで寄り添う正樹と京子の後ろからミッキーマウスが二人の肩に手を置いている。
「……京子」絞り出すように妻の名前を言って、拓真はその写真を抜き取って、大事に財布の中にしまってポケットに入れた。
外に出るときも近隣住民に見られないように気を付けて、宗馬家を後にした。
拓真は隣町の公園に足を運んで、ベンチに腰かけた。
公園内には遊具も設置してあり、近所の子どもたちが元気に遊ぶ姿があった。宗馬家から多少離れているといえど、隣の町で殺人事件が起こったのだ。子どもたちを見守るようにして、母親たちの集団があった。
浮浪者やいかにも不良の外見をしていれば、母親たちも警戒心をもつだろうが、今の拓真の姿ならば何も思わないはずだ。思われたとしても、見かけない高校生くらいの男子程度だろう。
拓真は、自分にできる犯人の手がかりを探す手段を考えた。
まずは顔見知りの犯行かどうか。横顔ではあったが少なくとも拓真には、男の顔に覚えはない。
京子はどうだろうか。犯人が知り合いだったとして、簡単に男を家にあげたりするだろうか。いや、それはない。京子は、正樹以外の男を家に入れる事はないと確信している。
結婚する前、京子がアパートで一人暮らしをしていた時、水回りの修理業者の男を部屋の中に入れて、危うく襲われそうになったことがあった。気が強い京子は、男の股間を蹴り上げて逃れ、警察に通報して事なきを得たのだが、その経験から、家に入れるのは業者であっても、女でないと入れない主義を徹底していた。
あの日、家の鍵は開いていた。締め忘れはないから、一度京子が扉を開けたということか。ならば、扉を開ける状況はどういう時だろう。
いくら女業者を希望していても、全ての業者に対しては無理な話だ。宅配業者が男でも嫌でも出なければならない時がある。
犯人の恰好を思い出す。黒のシャツを着ていた。よって業者ではない。
ならば、やはり京子の顔見知りか。家に入れないにしても、玄関先でなら顔を合わせるかもしれない。
京子の交友関係を調べるには京子のスマホが必要だ。だが、そんなことは当然警察が調べているはずだし、スマホは警察が押収しているだろう。
ならば拓真はどうするか。
悪人と善人を見分け、罪を燃やして厄災を与える能力を持ってはいるが、犯人探しに役に立つとは思えない。
やはり高校生の身で犯人探しをするのは限界がある。
興信所なども考えたが、これも高校生ではあしらわれるのがオチだ。
協力者になってくれる人物が必要だ。だが、誰に頼れば良い? オカルト研究者の真野はどうだ? 一瞬考えたが、すぐに首を横に振った。いや、アレはない。草原も変人だと認めていたではないか。オカルトで犯人がわかるというのであれば、話は別だが。
……怨霊の俺がオカルトを否定するのもおかしな話だが。
次に真野の協力者であり、医師の草原はどうだろうか。犯人が何かしらの怪我を負って、病院に罹ったとする。可能性は低いだろうが、そういった場合に医者の伝手で、首に四つの黒子の患者がいないかの情報を得ることが出来ないだろうか。
こちらも要相談である。
今拓真が思いついてできることといえば、京子が働いていた場所に行ってみることだった。そこで、男スタッフの魂の色を片っ端から視て黒いヤツがいれば、犯人の可能性が高い。
京子は『満福』という飲食店で働いていた。とりあえず、そこに行ってみることにする。
立ち上がると、また頭にノイズのようなものが走った。
……拒絶反応か。拓真は常備している抑制剤を取り出して飲み込んだ。
時間は限られていると思っていい。進藤拓真として行動できる時間にはきっとリミットがある。
一日でも早く犯人を見つけて復讐を遂げなければ。
拓真は立ち上がって、京子の働いていた『満福』へと向かった。
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