第18話

 椎名たちはどこかの廃ビルのようなところに連れ込まれた。

「ここいらはもとラブホ街だったんだぜ」

 男の一人が言った。

 椎名と葉山はナイフで脅されつつ、三階の一室に入らされた。

 回転式らしきベッドが置いてある。さらにベッド上部に鎖のついた手枷が置いてあった。椎名たちはそれに手首を繋がれ、ベッドに仰向けに寝かせられた。

「しばらくそこで待ってな。退屈しないように、いいもの見せてやるよ」

 ベッドの脇に置いてあったテレビに備え付けられたデッキに、男はDVDを入れた。そして、再生を押して部屋を出て行った。

 テレビに画像が映し出される。

 この部屋だった。セーラー服を着た女子高生が一人、今の椎名たちと同じ状況で寝かせられていた。

 女子高生は泣き喚いていた。そこに先ほどの男たちが群がり、服を脱がし、乱暴していく。

「……ひどい!」

「……人間のクズめ」

 椎名たちはその映像から目を背けた。

「どうにかして逃げないと!」葉山が手枷から手を引き抜こうとした。が、そう簡単に抜けるものではない。

 椎名も試してみたが、やはりダメだった。

 少しして、男たちが部屋に戻ってきた。

「どうだった? よく撮れているだろ? 大事なとこまでばっちりと」

 葉山が男たちを睨み付けた。

「いいねえ、その目。ゾクゾクする。おい、お前ら準備はいいか?」

「おう。いいぜ。バッテリーも充電したしな」

 一人がハンディカメラを構えて、椎名たちを映した。

「さて。それじゃあ、楽しもうか」

 一人が葉山に、一人が椎名に乗りかかってきた。抵抗しようとしても腕を封じられてはどうしようもない。

 葉山が足で男の股間を蹴り上げようとした。が、がっちりと足を押えられ、空しく失敗に終わった。

「無駄だ。今までにこういうことしてきた女もいたからな。観念しろ」

 泣き喚いたり、抵抗した所で男たちを喜ばせるだけだ。かといって、こいつらの慰み者になるなんて我慢がならない。

 どうして、わたしたちがこんな目に遭わなければならないのか。どうして、こんな輩がこの世からいなくならないのか。

 椎名の目尻に涙が浮かんだ。

 隣にいる葉山を見る。彼女はまだ諦めた様子はない。

「やれるもんならやりなさいよ! その粗末なモノ噛みちぎってやるから!」

 男たちは顔を見合わせて、爆笑した。

「おー、怖い怖い。じゃあ、そんな危険なお口は封じとかないと。おい、ガムテープ」

「はいよ」

 カメラを構えた男が、容易周到にもガムテープを持っていて、葉山にのしかかっている男に放り投げた。それを男はキャッチして、素早く葉山の口へと貼り付けた。

「美紀! クソ!」

「こっちも塞いでおくか」

 椎名も口をテープで塞がれた。

 もう成す術がない。もう祈るしかなかった。そんな都合のいい祈りなど通じないことはわかってはいても。

 自分はどうなっても良い。だから神様、悪魔でも良いから葉山だけでも助けてよ!

 男の手が、葉山と椎名の服を脱がしにかかったその時。

 入り口の扉が勢い良く開けられた。

 そこには息を切らせた、新藤拓真が立っていた。

「なんだ? お前? どうやってここに入った?」

 カメラを持っていた男が新藤に近づいた。次の瞬間、鈍い音とともにカメラは遠くに飛んでいて、男の腕が肘からあらぬ方向に曲がっていた。

 一瞬のことで何が起きたのかわからなかったのだろう。腕の痛みに気づいた男が悲鳴をあげた。

「てめ!」二人が何か声を発した時には、新藤は目前に迫っていた。

 椎名たちに覆い被さっていた男たちが吹き飛び、圧し掛かっていた重さが消えた。

 漫画か映画さながらの光景だった。人に殴られて、数メートルも吹き飛ぶなんてことはまずない。

 新藤は歩美たちの手枷を素手で引きちぎった。

 椎名たちは目を見開いた。信じられない。何なのだこの男は。

 新藤は吹き飛んで倒れている男の一人の胸倉を、片手で掴んで持ち上げた。少なくとも相手の体重は六十キロ以上あるように見えるのに。

「嫌なモン思い出させやがって」

 新藤の顔は憎悪に満ちていた。

「な、なんなんだてめえは?」

 掴んだ手元から何かが見えた。黒い炎のようなモノ?

 新藤はその拳で、相手を殴り飛ばした。そして、残りの二人にも近づいてその黒い炎を纏った拳で、相手の顔を打ちつけた。

 新藤がこちらを見る。

「おい。早くどこか行け。いやな光景を見たくないだろ?」

 内臓に氷を突っ込まれたかのような怖気が全身に走った。

 椎名たちは顔色を青くして頷いて、逃げるようにその場から立ち去った。

 建物を出たその直後、ビル内から絶叫が聞こえた。

「何? あいつまさか……」口のテープを剥がした葉山が振り向いた。

「とにかく警察を呼ぼう!」

 ビルを出たところで、椎名はスマホで警察に連絡をした。


 拓真はまず三人の足の骨を折った。逃げられないようにするためだ。

 絶叫が響いたが、そんなものは気にしない。

「お、俺たちが悪かった! 頼む! 許してくれ!」

「駄目だな」拓真は冷たい目で三人を見た。妻を殺したあの男のことが鮮明に記憶に蘇っていた。こいつらは、あの男と同じだ。許せるわけがない。

「お前らには実験に付き合ってもらう」

 この『罪火』の能力検証だ。拓真が試してみたいのは、相手にどれだけの苦痛を与えられるのかということ。そして、苦痛を与えるのはやはり自分でなければならないこと。

 拓真が考えた最も相手を苦しめる方法は、相手を何度も殺し続けることだった。果たして、この『罪火』で、ソレが可能かどうか。

「とりあえず、まず殺してみるか」

 拓真は一人に近づいた。足の骨が折れているため、腕だけで懸命に逃げようとする。その折れている足をさらに踏みつけてやった。

 絶叫が部屋に響く。

 拓真は男の顔面を片手で掴んで、そのまま持ち上げた。凄まじい握力で男の顔を締め付ける。骨の軋む音がした。そして。

 断末魔の叫びが轟き、男の頭蓋が砕けた。

 スイカが砕けたかのように、中身が周囲に飛び散った。

 腕がダラリと力を無くして、男は動かなくなる。

 拓真は手を離して、男を床に落とした。

 男の返り血を浴びて、拓真の全身は真っ赤に染め上がっていた。

「ひ、人殺し!」

 一人が叫んだ。一人は腰を抜かして恐怖に顔を歪め、口を魚みたいにパクパクさせている。

 死んだ男の身体から凄まじい勢いで黒い炎が噴き出した。

 次の瞬間には、床に倒れ生き絶えたはずの男が、何も無かったようにその場に生きて立っていた。

「……え?」

 その場にいる誰もが状況を理解できなかった。死んだはずの本人も自分の顔の形を確かめるように触り、生きていることを不思議そうにしている。

 なるほど。上手く思い通りにできたようだ。拓真は満足した。

 その身に浴びた返り血も、何もなかったかのように元通りだった。

 相手を何度も死の絶望へと誘う拷問。即ち、死のループ。コレだ。コレこそが悪人に相応しい罰だ。

「次でニ回目だ。どうやって殺されたい?」

 残虐な笑みを浮かべて言った。

 そいつはその意味を考え、声を震わせ消えそうな声で懇願した。

「い、いやだ……頼む許してくれ……」

 拓真は男たちの魂を見た。黒い炎は変わらず燃え続けている。まだまだ、一度死んだくらいでは、罪の清算を終わらせない。

 むしろ死というのは、苦痛からの解放なのだ。コイツらにそんな権利は与えない。

「駄目だな……」

 拓真は男たちに冷酷な笑みを浮かべて言った。

「お前らは、俺の気がすむまで俺に殺され続けるんだよ」



「……おい、何があった?」

 一人の警官が、異常に怯えた三人の男に訊ねた。

 廃ビルで婦女子を暴行してる奴らがいるという通報を受けてやってきたのだが、そこには怯えきった三人の男がいた。通報に聞いた暴行犯の人相と同じだった。

 もう一人、男子高校生がいるという話だったが、姿は見えなかった。

 通報した女子高生の姿もない。緊迫した様子だったが、逃げたのだろうか。

 現場からは、今まで男たちが撮影した暴行の映像が多数出てきたため、即逮捕となった。

 それは良いのだが……。警官たちは顔を見合わせた。

「……もう殺さないで…」

「た、助けてくれ……頼む……。もうこんなことしませんから……」

 三人は異常に恐怖し、涙やら鼻水やらを垂らし頭を抱え蹲っている。

「クスリでもやってたのか?」

「……さあな、とりあえず署に連れていこう。話はそれからだ。おい、立ってさっさと歩け」

 警官は男たちを連れてパトカーに乗せた。

 男の一人が怯えた口調でつぶやいた。

「……アレは、悪魔だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る