第17話

 ファミレスから出てきた時、拓真は車道を走っていった黒いバンに、さきほどの二人の女子が乗っていたことに気づいた。

 ミラーフィルムの入った窓で、直接姿が見えた訳ではないが、あれほど強烈な二人の光るような白い魂は見間違うはずもない。

 確か椎名と葉山だったか。

 ファミレス内で、二人の魂の色を見た時はかなり驚いた。

 今まで見た人物の中で、白に近い色は何人かいたが、光を発する魂は初めてだった。

 まるで共鳴しているかのように光っていて、深い絆で結ばれているということがわかった。

 月野夕実とも親しいと言っていた。拓真に怯える月野のために、直接苦情を言ってくるくらいだから、友だち思いの良い子たちなのだろう。

 その二人の魂の周囲が、恐怖を表した濃い緑に点滅していた。そして、その周りを囲うようにあった三つの黒い魂。金本と同じく悪人の心の色だ。

「一人で少し寄り道してから帰るよ」

 拓真が言うと、母親と美沙は断固として反対した。

「ダメよ! もう、わたしたちの前からいなくならないで!」

「そうだよ! お兄ちゃんを一人にしたらまた──」

「大丈夫だって。ちゃんと帰るから」

 不安の顔を見せる母親と妹に、拓真は安心させるように笑顔で言った。

 借り物の身体であるのに、どの口がそんなことを言っているのか。内心で自嘲する。だが、今はそんなことよりも、早くあの二人を追いかけた方が良さそうだ。

 二人をどう説得するか。考えていると、

「……ちゃんと帰ってくるんだぞ」

 言ったのは父親だった。

「お父さん! 何言ってるのよ! 拓真を一人したら駄目よ!」

「拓真は大丈夫だよ。お前らにはわからないか? 拓真の顔つきが前と全然違うだろ?」

「当たり前じゃない! お兄ちゃんは記憶喪失なんだから!」

「そういうことじゃなくてだな……。男の顔になっているというか、強い意志を感じるというか」

 拓真は驚いた。父親には父親なりに何か感じ取るモノがあったというのか。

 尚も喚く母親と美沙に詰め寄られながら、父親は拓真に視線で『行け』と促した。

 拓真は頷いて、その場から走り去った。

 後ろから母親と美沙の声が聞こえたが無視した。

 それよりも、走り去ったバンの行方だ。走って追いつくのは不可能。とりあえず、周りに何かないか辺りを見回した。

 コンビニの近くに原付バイクが置いてあり、若い男がちょうど、鍵を抜き取る所だった。

「すいません! その原付を貸してください!」

 拓真は男に詰め寄った。

「は? いきなり何だよ? 原付を貸してって、何を言って──」

「知り合いの女子が車で連れさられたんです! 今ならまだ追いつけるかもしれない!」

「へ? 連れ去られた?」

 男は驚き戸惑っている。

「後で必ずお返ししますから! お願いします!」

 拓真は男を睨みつけるようにして、懇願した。

 男は拓真の真剣な表情に気圧され少し後退りをしてから、緊急時だと理解してくれたのか、

「わ、わかった」と頷いた。

「ありがとうございます!」

 拓真はその原付に乗って車道に出た。

 まずは、バンが向かった方向へとバイクを走らせる。

 どこだ。どこに行った?

 暴行目的なら、人がいない場所で行うはず。今は午後の十九時過ぎ。帰宅ラッシュで、車の通行量も多い。まだ、遠くへは行っていない筈だ。

 一台一台の車から見える魂の色を瞬時に判別して、拓真は車道の横を走っていった。

 椎名たちの魂の色は、ひと目見ればわかる。だが、何十台、何百台もの動く車から見つけ出すのは至難の業だった。それに、家族連れの車だと、家族の絆なのか、よく似た光った魂の色が見えたりもした。

 だが、諦めるつもりはない。

 椎名たちとは、何の縁もゆかりもないが、善人が悪人に蹂躙されることは、拓真の──いや、正樹の魂が許さなかった。

 自分が、そして、妻が理不尽に殺された怒りが身体を突き動かしていた。

 感覚を研ぎ澄ませろ。椎名たちの魂だけでなく、罪に穢れた黒い魂を探し出せ。

 拓真の五感は、常人と比べて遥かに優れている。数十メートル先の人の顔すらも見分けれる。先ほどのバンと、乗っていた者たちの魂の色の区別も出来る筈だ。

そして、拓真は信号待ちをしていた黒いバンに目をつけた。アレだ。黒い魂三つに、白く光る魂二つ。

 バンが横道に入って行ったのを見て、拓真もその後を追いかけようと、車道中央部分に移動しようとした時。

 後ろから盛大にクラクションが鳴り響き、白のセダンが拓真の脇スレスレで並走してきた。

 危険な行為に慌てて、元の位置に戻る羽目になった。

 並走してきたセダンの助手席に乗っていた若い男が窓を開けて、拓真を睨みつけてきた。

「邪魔だオラ。原チャは端っこ走れボケ」

 ……こういう時に限ってこういうバカが邪魔をする。いちいち、相手をしている暇はない。拓真は舌打ちして、片手を男の方へ向けて黒い炎を放出した。炎は助手席の男、そして運転していた男へと飛び火して、魂の業を燃やし始めた。

「何だその手は? 何か文句あんの──」

 突然、セダンが失速して男の声が遠ざかる。そして、後ろから来ていた黒のベンツのフロント部分にぶつかった。

「うおぃ! 何してんだよ!」

「知らねーよ! 急に止まったんだよ!」

 喚く二人に、後ろを走っていたベンツからいかにも筋モノといった輩が三人降りてきて、左右から睨みをきかせた。

「おう、兄ちゃんたちよ。どう落とし前とってくれんの? コレ?」

 凹んだフロント部を指して言う強面の男たち。

 この後どうなるかは拓真の知ったことではない。

 急いで、先程のバンが曲がった場所まで戻り、拓真はその道へと入った。

 どこに行った? 周囲を見回しながら原付を走らせる。

 この辺りは、少し前までラブホテルが多かった場所だ。いくつかは取り壊されているが、取り壊されずに残っている建物もある。

 奴らはきっとここにいる。確信めいた直感を信じ、拓真は原付から降りた。

 さすがにどの建物内にいるかまでは、分からない。コレばかりは、しらみ潰しに探すしかない。

 拓真は常人離れしたスピードで、片っ端から建物内を調べていった。

 




 

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