第19話

 拓真は、学校へ登校する電車の中で昨晩のことを考えていた。

 月野と仲のいい二人を助けた後、三人の婦女暴行犯に魂に『罪火』を灯し、何度も殺し続けた。

 『罪火』の能力によって、最終的に犯人たちは生きている。だが、その魂に刻み込まれた恐怖は二度と消えないだろう。今後も拓真の存在に怯えて生きていくことになるはずだ。

 三人は若い男だった。男たちの命を何度も奪った行為に対して、拓真は特に思う所はなかった。

 怨念の魂となった事で、人としての何かが壊れているのかもしれない。

 ……完全に悪霊だな。

 鋭敏になった五感。異常な身体能力。悪人の魂を見分け、燃やして罪をあがなわせる黒い炎。

 拓真は、自分が既に人間をやめていることを自覚した。

 電車内をざっと見渡す。

 多くの乗客が乗っていた。座席で新聞を広げている者、スマホをいじっている者、おしゃべりに夢中になっている者、本を読んでいる者など様々だ。

 そんな日常風景の中に、進藤拓真の身体に取り憑いた自分のような異物が存在している。

 そして、彼らはその異物に気づく事なく、いつもの日常へと繰り出していく。

 生前の自分もその中の一部だったのだ。愛する妻の為、いずれ産まれてくるだろう子供のために、働いて幸せな家庭を築き上げる筈だった。

 それが、突然として一人の悪人によって奪われたのだ。犯人に対して、凄まじい憎悪を募らせる。

 宗馬正樹を、妻の京子を殺したヤツは、昨晩の暴行犯の何十倍、何百倍もの苦しみと絶望を与えなければ気が済まない。

 そんなことを考えながら、電車を降り学校へと歩いて向かった。

 校舎前にやってきた時、二人の女子生徒が下駄箱前で立っていた。昨夜の二人だ。確か、葉山と椎名といっただろうか。

「待ってたわよ」

 拓真は小さく息を吐いた。拓真を待つ理由など昨晩のことしかない。

「少し話があるわ。時間いいかしら?」

 朝のホームルームまでは時間がある。拓真は仕方なく了承した。

「別にかまわないよ」

 二人に連れていかれて屋上に移動する。

 流石に朝からは、屋上には誰もいなかった。

「話というのは、昨夜のことか?」

「そうよ。でもまず、助けてくれたことには礼を言うわ。ありがとう。あなたのお陰で、わたしも歩美も無事に家に帰ることが出来たわ」

「ああ。それは良かった」

「いろいろと聞きたいことがあるの。何故わたしたちの居場所がわかったの?」

 葉山の質問に、拓真は少し考えてから答えた。

「……ファミレスから出てきた時、偶然君らが怪しい車に乗っていたのを見たんだ。様子がおかしかったから後を尾けたんだ」

「確かにファミレスから出てきたあなたと目が合った気がしたけど、窓にはミラーフィルムがあって外からは見えなかったはず。何でわかったのよ? それに、尾けたってどうやって?」と、椎名。

「バイクだよ。その辺にあった原付を借りて後をつけたんだ。もちろん、後で返したけどな。……それ以外のことについての説明は、言っても無駄だと思うが……」

 拓真は、月野に話したのと同じことを二人にも話した。進藤拓磨が実はもう死んでいて、その身体に宗馬正樹という男の魂が乗り移っているということ。

 自分と妻を殺された怨みを晴らす為、犯人を探し出して復讐すること。

 それによって、悪人と善人を見分ける不思議な能力を手に入れたこと。

 その能力で、椎名たちが連れ去られたのがわかって追いかけたこと。

 二人の顔がみるみる怒りに染まっていく。

「ふざけないで!」

 二人の反応は至極当然のことだった。

「だから言ったろう? 言っても無駄だって。……そうだな。信じる信じないは勝手だが、少しでも真実を知りたいなら、一ヶ月程前の事件を調べてみるんだな。この俺、宗馬正樹とその妻、宗馬京子の事が載っているはずだ」

 拓真はポケットからスマホ取り出して時計を見た。朝のホームルームの時間が迫っていた。

「俺はそろそろ教室に戻るからな」

 拓真は言って、二人を置いて先に教室に戻った。


 

 教室に戻ってきた拓真は自分の席に着こうとして、眉間に皺を寄せた。

 机がない。机一つ分、不自然にその場所だけ空いている。

 拓真は近くの席にいた遠藤に訊ねた。

「なあ、俺の席知らないか?」

「ん? 知らないなあ。俺が来た時にはもうなかったぜ?」

 拓真は遠藤の魂を視た。嘘は言っていないが、悪意は感じられた。もちろん昨日灯した『罪火』はまだ燃えている。放っておいても、また災難が降りかかるだろう。

「そうか」と、拓真は次に、森下たちを魂を視た。彼らの魂もまだ『罪火』で燃えている。彼らが何かできるはずもない。何か悪巧みでもしようとすれば、災難が降りかかるはず。何もしなくてもまだまだ災難は降ってくるのだが。

 となれば、別の生徒の仕業だろう。森下らや遠藤以外にもまだ拓真をイジメる生徒がいるのか。

 いったい何人の生徒にイジメられれば気が済むんだ? 新藤拓真という少年は?

 拓真は大きくため息をついた。

 その時担任の森が教室に入ってきた。

「はい。席に着いて。ホームルーム始めるわよ」言って、拓真が立っていることに気づく。

「どうしたの新藤君?」

 拓真は自分の机の置いてあった場所を指差し、肩を竦めて首を傾げ、「さあ?」というポーズを取った。

「机がないの? 何で?」

「俺が聞きたいですね。とりあえず、後ろで立ってますんでホームルームどうぞ」

 拓真の不敵な態度にみんな驚いた顔をしていた。

「何あいつ? まるで堪えてないじゃない?」

「やっぱ事故で頭のネジぶっとんでんじゃない? 森下らに対しても態度が違ってたし」

 森が生徒たちに訊ねた。

「みんなは新藤君の机を知らない? あんなモノ運んでいたら普通目につくわよ」

 森の質問に誰も答えない。

「……しょうがないわね。見つかるまで新しい机を用意するわ。後で取りに来て」

 拓真は頷いた。そして、後ろから生徒たちを見回した。

 どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな魂の色だ。まともなのは、初日に忠告をしてきた前田と拓真の正体を知っている月野夕実、それと、他二、三名くらいの生徒か。

 ホームルームが終わり、拓真は森についていき机を取りにいくことにした。



 新藤が教室から出て行くのを横目で見送った後に、葉山と椎名が教室に入ってきた。

 そして、夕実のもとに寄ってきて、

「ねえ。あいついったい何なの?」と葉山がいきなり聞いてきた。

「え? 何?」

「あの新藤って男子よ」と、椎名。

 夕実は二人を見比べて、急に血の気が引いていくのを感じた。

「……ま、まさか二人ともあの人に何かされたの!」

 真っ先に思ったのが、黒い炎のことだった。二人ともまさか、あれをされたんじゃ……。

「……ちょっと昨夜トラブルがあってね。それを、あの新藤って人に助けてもらったの」

 椎名の言葉に、夕実は驚いた。

「え、トラブルってどうしたの? それに助けてもらったって、じゃ、じゃあ二人ともあの黒い炎にやられてないの?」

「……炎って、そういやさっきあいつの説明で罪を焼く炎がどうとか言ってたわね。厨二かっつーの。まったく、もう少しマシな嘘つけって話よね」

「美紀たちも、新藤君の話聞いたんだ……」

「うん。まあ、まったく信じていないんだけどね」

 椎名もやや呆れながら言った。

「……新藤君の話、わたしも信じられないんだけど、本当のことだと思う」

 夕実の言葉に、今度は葉山たちが驚いた。

「ちょっと! あんな頭のおかしいヤツの話、真に受けるの?」

 夕実は机の中から一枚の記事を取り出した。

「昨夜ネットで調べて印刷したものなの。一ヶ月前に起きた殺人事件の内容が載っていたわ」

 そこを指差すと、確かに被害者は宗馬正樹とあった。妻である宗馬京子は一時心肺停止となっていたが、救急車内で息を吹き返したとある。犯人の目星は未だ立っていないという。

「この人が新藤って男子の体に乗り移って復讐しようとしてるっていうの? ……馬鹿らしい」

 呆れ顔で腕を組んで葉山が言った。

 夕実は決心して二人に告げる事にした。

「二人には前にちらっと言ったよね。わたし少し霊感があるって。だからわかる。あの人は新藤君じゃない。全くの別人だって。それに、あの黒い炎のことにしても、確かに炎を受けた人間は何か不幸なことが起こっているし、偶然にしてはできすぎだと思う」

「ちょっと待って」椎名が記事を指差した。「この記事だけど、奥さんはどうにか命を取り留めて入院って書いてあるわね。その時はまだ生きていたってこと? 進藤──取り憑いた人の説明だと、目の前で殺されたって言ってたのに」

「ほら。早速、ぼろが出たわよ。あいつの言ってることはでまかせにすぎないってこと。他のことにしても何か裏があるはずよ」

「違うって! とにかくもうあの人と関わるのはやめて! お願い!」

 夕実は懇願した。あの男だけは危険な気がした。こちらに危害を加える気がないとしても、関わってはいけないのだ。直感がそう告げていた。

 葉山たちは困った顔を見せ嘆息した。

「そこまで言うなら、わかったわよ。もうあいつには関わらないって約束する」

「本当? 昨日の夜みたいに、わたしに黙ってあの人に近づいたりしない?」

 口をへの字に曲げて、夕実は咎めるように訊いた。

「ゴメンって。悪かったって。本当の本当に、アイツにはもう近づかないって」

 葉山たちが両手を合わせて謝ってきたので、夕実はその言葉を信じることにした。

 本当にこれ以上、自分もだが、葉山たちにも進藤に関わって欲しくなかった。


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