第15話
朝刊の一面を飾ったのは、金本の記事だった。
今まで数々の事件を解決してきた警察の英雄が、実は犯罪者であり逮捕してきた犯人も冤罪だということが明らかになったとあった。
そして、その金本は、真実が発覚した後パトカーで逃走を図ったが、山中の道路で事故を起こして、重体になって病院にいるとあった。
拓真は玄関先で記事を読んで首を傾げた。
金本は死んでいないのか。それとも、現在進行形で悶え苦しんでいる最中なのか。
記事の内容を読んだ限りでは、どうなっているのか、全く判断がつかない。
罪の清算度合いをかなり強くしたはずだから、苦しんで死んでいくはずだったが、状況が伝わらないため、拓真は不満だった。
やはり、自分の手で罪を清算させたほうがわかりやすいか。
拓真は手のひらから黒い炎を出してみた。この炎でどこまでのことができるのか。相手に地獄の苦しみを与え続けることは可能なのか。
考えていると、父親が玄関から現れた。新聞を取りに来たらしい。
「お、拓真。新聞とってきてくれたのか。ん? 何か気になる記事でもあったか?」
「あ、いや、ちょっとね。この前テレビに出ていた警官の記事が載ってたから気になって見てたんだ」
言って、拓真は父親に新聞を渡した。そして、先に家の扉を開ける。その後ろで、
「あの警官が犯罪者だったって? うわ、信じられんな」
と、驚いている声が聞こえてきた。
「どうかしたの夕実? ぼーっとして。心ここにあらずって感じだけど」
葉山が向かいのテーブルから声をかけた。
「あ、ひょっとして恋とか?」
と、彼女の横の椎名がからかい口調で言った。
学校から一度帰宅した後、月野夕実は、親友の二人に呼び出されて、ファミリーレストランで夕食をとっていた。こうして、三人で食事をすることはよくある。
夕実は、ずっと新藤のことが頭から離れなかった。考えないようにしてもどうしても考えてしまう。
「何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「そう? 何か悩みとかあったら相談にのるよ」
「うん。ありがと」
夕実はできるだけ笑顔で答えた。彼女たちに心配をかけたくない。彼女たちはよく気が利くし、勘も結構鋭いからなおさらだ。平静を保たねば。
その時、店内に客が四人入ってきたのが見えた。親子だろう。両親と兄妹の四人。
その兄の顔を見て、夕実の顔は凍りついた。新藤拓真だった。
「……どうしたの? 大丈夫?」
様子がおかしいと感じた二人が心配そうに聞いた。
夕実は黙って俯いてしまった。体が震えていた。
進藤の体から見える黒い煙のようなものが大きくなっているように感じた。禍々しい邪気のように思えた。
あれが、新藤の家族だろうか。彼らは、自分の息子がすでに違う存在であることに気づいていないのだろうか。
進藤の家族は、あろうことか夕実の横の席にやってきた。
彼がこっちを見たような気がしたが、夕実は顔を背けていた。
その家族は一見、幸せそうな家庭に見えた。両親も妹もよく話しよく笑っている。
「今日は好きなもん食べていいぞ」
「ファミレスでそういうこという? お兄ちゃんの快気祝いなんだから、高級寿司とかが良かったな」
「我慢しなさいよ。お父さんの給料じゃこれで精一杯なの」
「……安月給でごめんなさい」
普通の明るい家族だ。そこにいる進藤の存在が、ひどく不自然に見えた。
「出ようか」
葉山が言った。夕実の様子がおかしい原因を何となく察知したのかもしれない。
夕実は一切、進藤を見ることができなかった。
店から出ると、ひどく背中に汗をかいていて寒く感じた。六月下旬の夜の纏わりつく生温い風が、余計に肌を泡立たせる。
椎名が聞いてきた。
「ねえ。いったいどうしたの? あの家族がどうかしたの?」
夕実は黙っていた。どう答えていいかわからないし、本当のことを話しても信じてもらえるわけがない。
「さっきの家族、というよりも、わたしたちと同じくらいのあの男子を見てからよね」
葉山の言葉に夕実は体が大きく震えた。
「あいつに何かされたの? 何なら文句言ってこようか?」
「だ、だめ! やめて! お願いだから!」
夕実は慌てた。二人を新藤に近づけてはいけない。
「べ、別に何をされたってわけじゃないの! あたしが勝手に怖がってるだけだから!」
二人は怪訝な顔をした。
「何で怖がるの?」
「あ、いや、それはその、えっと」
「落ち着いて。はい深呼吸」
葉山に言われ、夕実は深呼吸した。そして、少し考えてから言った。
「……あの人、あたしのクラスの男子生徒なの。新藤拓真っていうんだけど、生徒が事故にあって入院したって話知らないかな?」
二人は顔を見合わせた。
「何か他のクラスで事故にあった生徒がいるってことだけ」
「みんなも事故にはくれぐれも気をつけろって先生に言われたよね」
「……実は事故じゃないの。たぶん、イジメによる自殺なの」
葉山たちは驚いた。
「……イジメって夕実のクラスで?」椎名が眉間に皺を寄せ、不愉快そうに言った。
夕実は頷いた。
椎名も一年の時イジメを受けていたから、そういうことは許せないはずだ。
「あたしもただ見ていただけだから同罪なんだけど、とにかく彼はそれが原因で自殺しようとしたの。表向きは事故という形で。一応命は助かったんだけど……、記憶喪失になったって」
言って、ちらりと店内にいる新藤の方を見た。窓からは見えない位置にいた。
助かってはいない。新藤拓真は死んだのだ。代わりに別の人間の魂が彼の体に入り込んでいる。さすがにそのことは、二人に言えるはずもなかった。
「……そうか。夕実はあいつを見殺しにしたと思っているんだね」
「え?」椎名の言葉に夕実は驚いた。
「確かにイジメは許せないよ。それをしたヤツもただ見ていたヤツも。でも、夕実は助けたいと思っていたんでしょう? 間違っているってわかっていたんでしょう? 勇気がなかったからって自分を責めちゃ駄目。勇気を出すにも、勇気は必要なんだから。少しずつ強くなっていくしかないんだよ」
夕実は椎名の顔を見た。優しく微笑んでいる。隣で葉山も微笑んでいた。
夕実は泣きそうになった。
何て強いんだろう。わたしもこんな風になれたら。
「……ありがとう。大丈夫だから」
二人に心配させないようにしなくては。夕実は笑みを浮かべた。
「今日はもう帰ろう」
言う夕実に、二人は顔を見合わせた。
「ごめん。ちょっとあたしたち寄ってくトコあるから」
「え? どこ行くの?」
「うん。借りてたCD返す期限が今日だったの忘れてたの。今日返さないと延滞料金とられるし」
「そっか。んじゃまた明日学校でね」
夕実は二人に手を振って別れた。
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