第13話

 金本敦は、この一年で二十人近くもの犯罪者を逮捕した、稀に見る優秀な刑事だった。民間人にも感謝され、警察内でも噂と憧れの的である。

 だが、金本のあまりに出来すぎた実績には裏があった。無実の人間を犯人に仕立てあげた例が数多く存在しているのだ。薬などを使い、相手の意識を朦朧とさせて自分が犯人だと洗脳する。賄賂で悪人を見逃したりもする。後で真犯人が現れれば、周りに気づかないように始末するか、薬物を投与して廃人にする。

 金本のやり方を知った同僚刑事も、殉職という形にして始末する。いかに自分を英雄に仕立て上げるか。実績のためには多少の犠牲も仕方ない。

 住民には感謝され、警察内での評判も上々だ。このままいけば、上の立場になる日もそう遠くはないだろう。

「さきほどの高校生、もの凄く感謝していましたね」

 中田と喫茶店から出た後、警察本部に戻る道中のことだった。

「ああ。やはり、感謝されると嬉しいもんだな」

 嬉しいというよりも、おもしろいというのが、金本の感想だった。ああいった馬鹿な高校生を見ていると、笑いがこみ上げてくる。

 その時突然、電柱の影から若い女が走りよってきて、金本に殴りかかってきた。驚いて、咄嗟に手首を捕まえて腕を捻りあげた。

「びっくりしたな。何だ君は?」

「うるさい! 金本! 信二は犯人じゃないって言ってるのに!」

「信二? 誰だそれは?」

 横から中田が言った。

「ひょっとして、金本さんが捕まえた、戸川信二のことじゃないですか? ほら、連続婦女暴行犯の」

「だから違うって言ってるでしょう! 信二はそんなことをする人じゃない!」

 ああ。なんかそんな事件もあったな。金本は女の手を離して言ってやった。

「人間誰しも裏の顔があるんだ。彼もそうだっただけのことさ」

「ふざけんじゃないわよ! 信二のこと何も知らないくせに!」

 鬱陶しい女だな。ここで追い払ってもまた来るだろう。あとで適当にうまく排除しておいたほうがいいかもしれない。……そうだ。アイツに始末させようか。

 金本は一人の男を思い浮かべた。首筋の四つの黒子が特徴の男だ。自分の欲望に忠実な男で、自分と同じ匂いを漂わせるアイツは、今までにも金本の後始末を楽しんでやり、そしてその代わりにアイツの犯罪を金本に揉み消させた。

 そういえば、最近連絡がない。そろそろ、あいつの悪い癖が出て、頼んでくる頃だが。

 そんなことを考えていると、中田が女に詰問口調で言った。

「君も共犯かい? だから彼をそれだけ庇うんだな?」

「はあ? 何言ってんのよ! 馬鹿じゃない!」

「警察に向かって馬鹿とは何だ馬鹿とは!」

「落ち着け中田。そんなことで取り乱すな」

「あ、す、すいません」

 だが、中田はいいことを言った。金本は笑みを浮かべた。

「絶対信二の無実を証明してやるんだから!」

 女はそう言い捨てて逃げるように去っていった。

「まったく困ったやつだな。たまにいるんですよね、ああいうのが。でも、自分の恋人が犯罪者だってことを信じられない気持ちはわかるな」

 中田の言葉に適当に相槌を打ちながら、金本は考えていた。

 そうだ。始末するよりも共犯にしてしまえばいいんだ。

 突然、中田のスマホの着信音がなった。

「はい。中田ですけど……え? ……何ですって? ちょっと待って下さい……意味がわからないんですけど」

 中田は狼狽した。ちらりと金本を見て、少し距離を置くようにして電話を続ける。

「冗談ですよね? そんなことあるわけが……しかし……」

 中田の声が小さくなり、かぶりを振っている。また何か事件が起こったのだろうか。

 また俺の活躍の場が転がり込んできたのか。

「……わかりました。とりあえずそのようにします」

 眉間に皺を寄せ、少し青ざめた顔で中田は電話を切った。

「どうかしたのか? 顔色が悪いぞ?」

 中田は小さく息をついた。

「ここではちょっと話せません。急いで、署の方に戻りましょう」

 金本は怪訝に思ったが、署はすぐそこだ。

 少し小走りになって、署に入る。そして、ロビーを少し進んだ時だった。

 中田が金本の腕を掴み、突然手錠をかけた。

 金本は驚いた。

「いきなり何をする!」

 言うと同時に、数人の警官が金本を取り囲んだ。みんな体の大きい屈強の警官だった。

 中田が言った。

「金本さん、僕にはまだ信じられません。あなたが、犯罪者だったなんて」

「何を馬鹿なことを言っている! そんなわけがないだろう! 今まで何人もの犯罪者を捕らえてきたじゃないか!」

「その犯罪者のほとんどが冤罪であるとわかったんです。それも、あなたが彼らを犯罪者に仕立て上げたことも。さらには、その関係者及び同僚の殺害に関しても……」

 一瞬言葉に詰まったが金本は言った。

「何かの間違いだ! 俺がお前たちを裏切るわけがないだろう!」

 中田は首を横に振った。

「観念してください金本さん。あなただという証拠がいくつも出てきたんです。僕も今さっき知らされたばかりなんですが、警察内部であなたを疑っている人が何人かいたんです。彼らが裏であなたの行動を調査していたんですよ」

 金本は歯を食いしばった。こんな、こんなはずではない。

 自分の今まで築き上げてきた栄光の架け橋が音を立てて崩れ去っていくようだった。これから先、自分はどうなるのだろうか。死刑になるのか。

 冗談ではない! 金本は突然に暴れだして、中田の背後に回り、腕にはめられた手錠の鎖を中田の首に押し当てた。

「動くな! 動くとこいつを殺す!」

「か、金本さん……無駄なことはやめてください…」

「中田! ふざけんじゃねえ! 俺はこんなの認めねえ!」

 金本は中田を人質にして、署を出た。周りは多くの警官が配備されていた。

「動くなよお前ら! 中田を殺すぞ!」

「金本! 無駄な抵抗はやめろ!」

「うるせえ!」

 金本は中田を連れて、一台のパトカーに乗り込んだ。そして、中田を蹴飛ばして車外に放り出し、車を動かした。後で考えれば中田に運転させて人質にしたままの方がよかったのだが、このときの金本は冷静さを欠いていた。

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