第12話

 新聞のテレビ欄を見ると、深夜枠に過去の犯罪者を特集する番組があった。

 家族たちが寝静まってから、拓真はその日の深夜にリビングでテレビを見てみることにした。

 過去に事件を起こした犯罪者たちが、顔とプロフィール、その罪状を連ねて表示されていく。殺人、汚職、贈賄、詐欺、虐待、痴漢、窃盗などで逮捕された犯罪者たちが画面に羅列された後、ナレーションが流れた。

 何故犯罪が起きるのか? 何故なくならないのか? 

 ──犯罪は人間の欲望の延長線にあるものです。人間であれば、誰しもが持つ欲望。その欲望のせきを食い止められず、決壊したダムのように放出してしまい犯罪へと至るのです。

 なるほどな、と拓真はそのコメントに少しだけ納得した。

 テレビの画面が切り替わり、スタジオの場面になった。そこで、司会者は次のように述べた。

「人間には必要最低限のルールがあります。だからこそ、秩序が保たれる。ですが、そのルールを守らないのもまた人間です。だから警察という組織が必要なのです。今回、特別ゲストとして、今話題の警察官である金本さんにスタジオにお越しいただきました」

 カメラのアングルがスーツ姿の金本という男を映した。三十代後半だろうか。短髪で彫りの深い顔立ち、大柄な体格をしている。

 金本敦かねもとあつし。様々な事件を早期解決し、何人もの犯罪者を逮捕している優秀な警察官。世間で『英雄』と言われている人物だ。

「金本さん、犯罪が絶えませんがどうお考えですか? 犯罪を根絶することは無理なのでしょうか」

 金本は渋い顔を作って答えた。

「犯罪がなくなることはこの先もずっとないでしょう。この人間社会を人体に置き換えるとするなら、犯罪は病気と同じなのです。病気を全て根絶するなど不可能ですが、それを治すために医者がいて薬があります。つまり、わたしが言いたいのは、我々警察が人間社会の犯罪という病気に対する医者であり、そして薬であるということなのです」

「なるほど。素晴らしい答えですね」

 司会者の言葉に、気分を良くした顔で金本はカメラ目線になって続けた。

「犯罪を病気に例えましたが、皆さんは病気を防ぐために、日ごろの体調管理に気をつけていることと思います。そして、ふとした異常を感じて医者に相談する。それは、犯罪も同じことです。犯罪を未然に防ぐ為には、皆様市民が、周囲のふとした異常を感じとって、我々警察に相談する事なのです」

 おおー、っと、スタジオにいた者たちが拍手をした。

 そして、テレビの前で、拓真も小さく拍手をした。既にみんな寝静まっているので、大きな物音は立てられない。

 金本の素晴らしい御高説に、拓真はその通りだと共感を得た。もっとも、その言葉が金本の本心だったのならの話だが。

 残念ながら、テレビの金本の魂の色はほぼ黒だった。いわゆる悪徳警官なのだろう。それが、優秀だともてはやされ、英雄視されて、テレビに出演までしているとは。よほど裏でいろいろと手回ししているのだと感じた。

 その金本は拓真の住む場所から二十キロほど離れた警察署の中にいた。

 犯罪者に『罪火』を試そうと思い、どんなターゲットを選べばいいか参考にしようと犯罪者特集を見てみたが、まさか出演した警察官の魂の色が真っ黒だとは思わなかった。

 この男に『罪火』を灯したならどうなるのだろうか。

 森下たちのような小悪党ではない本物の悪人には、どんな災禍がふりかかるのだろうか。

 試してみるには妥当な人選だと拓真は判断した。

 


 翌日の日曜日。拓真は私服に着替えて、家を出ようとした。

「あれ。お兄ちゃん、出かけるの?」

 玄関で靴を履いている時に、キッチンから出てきた美佐に声をかけられた。

「ああ。ちょっと、近場をうろうろしようと思ってね」

「大丈夫? 道に迷ったりしない? お兄ちゃん、方向音痴だったんだよ」

「本当か?」

「うん。一人で電車も乗れないくらいだし。一人で乗ったら全然違う方向行ったり、降りる駅間違えたりするし」

 おいおいおい。園児かよ。高校生にもなってそんなだから、イジメられるんだろう。

 ……もしくは、イジメられていたから、わざとそういう行動に出ていたのだろうか?

「……随分情けないヤツだったんだな。俺は」

「あ、ごめん! そんなつもりで言ったんじゃ」

「いいさ。とにかく大丈夫だ。夕方には帰ってくるよ」

 拓真は笑みを浮かべて、家を出た。そして、電車に乗って二駅ほど離れた場所の警察署前にたどり着いた。

 ここにあの金本という警察官がいる。拓真は、しばらく署の前のコンビニで立ち読みして時間を潰した。昼過ぎになっても、目当ての金本は現れなかった。

 普通に高校生の自分が『英雄』に会おうというのが無理なのかもしれない。一応会う理由は準備していたが、うまくいくかどうか不安だった。

 だがここまで来たのだから、もう少し粘ろう。そう思いコンビニを出て、近くの喫茶店に入った。すると、喫茶店の奥の席に、金本がいた。同僚の警官らしき男と談笑している。

 拓真は笑みを浮かべ、近くの席に座った。そして、店員に適当に昼食を頼んで、奥の金本の顔を盗み見た。

 やはり、魂の色は黒だった。どれだけのどんな罪を犯したかはわからないが、かなりの悪人だ。

 彼らの声が聞こえてくる。

「さすが、金本さんですね。今月入ってもう三人ですよ。どうしたらそんなに早く犯人を見つけられるんですか?」

 がっはっは、と金本は豪快に笑った。

「なに、洞察力と勘と行動力だ。その三つがあれば、犯人なんて簡単に見つかる。中田、お前も早く俺みたいになれよ」

「はい! 頑張ります!」

 もう一人の中田という男は、金本の部下らしい。が、金本と違って、魂の色は白に近いものだった。正義感が強く真っ直ぐで純粋なのだろう。

 拓真は手に黒い炎を拳に纏い、席を立って金本に近づいた。

「金本さんですね?」

「ああ、そうだが、君は?」

「先日は犯人逮捕ありがとうございました。僕は四日前の引ったくり事件の被害者の友人です」

 拓真は事前に、彼が逮捕した犯人のことを調べていた。一週間ほど前から頻繁にひったくり事件が多発していたのだが、その犯人を逮捕したのが金本だった。

「本当は、友人がお礼を言いたかったみたいなんですが、緊張しすぎてトイレに駆け込んでしまって。代わりに礼を言っておいてくれって逃げられたんですよ。代わりにお礼を言わせてください」

「ああ。そうだったのか。いや、わたしは、職務を全うしただけだからお礼を言われることはないよ」

 よく言う、罪で穢れた魂を見て内心で金本を睥睨≪へいげい≫する。そんな事をおくびにも出さず、拓真は手を出して握手を求めた。

「金本さんのような警官がいることを誇りに思います。これからも犯人逮捕お願いします」

「ああ。約束するよ」金本も笑みを浮かべて握手をしてくれた。

 拓真も笑みを浮かべた。ただし、その裏で、悪人に対する憎悪をたぎらせていた。

 手に灯した黒い炎で金本を包み込み、その魂を燃やす。今回は、森下たちに灯した時よりも遥かに火力を強めた。

 これでいい。あとは、それ相応の罪の償いを受けるだろう。

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