第10話

 翌朝、拓真は学校にやってきて、校門前で森下たちに出会った。

 森下の顔には何箇所も絆創膏が貼ってある。

 松田は鼻にガーゼをつけてかなり間抜けな顔だ。

 小川は腹を痛そうに押えていた。

 橋本は歩き方が何故かぎこちない。

「どうかしたのか?」

 森下たちが近づいてきたので、拓真は内心で笑いながら聞いた。

「うるせえ黙れ! ぶっ殺すぞ!」

 森下が拓真の胸倉を掴んだ。

「ああクソ! 腹立つ! 新藤そこを動くなよ!」

 拓真が答えるまでもなく、森下は理不尽に拓真の顔面を殴ってきた。拓真は避けずに、それをまともに右頬にくらった。

 その瞬間。野球ボールがどこからともなく飛んできて、森下の顔面に直撃した。

「ぶぎゃ!」豚の悲鳴のような声を出し、森下はニ、三歩よろめいて、その場で倒れて気絶した。

「も、森下! 大丈夫か!」

「おい、このボールどこから飛んできた?」

 松田たちは周囲を見回した。が、ボールが飛んでくるような環境ではない。野球部が朝練しているとしても、グラウンドは校門の反対側にある。

「一つ忠告しておいてやろうか? お前ら、日ごろの行いが悪いだろう。そのツケは必ず返ってくるんだ。せいぜい気をつけるんだな」

 拓真の不敵な態度に、松田がまた拓真の胸倉を掴んだ。

「てめえ……何調子に乗ってんだ? 森下は運が悪かっただけだ。俺がぶん殴ってやるよ」

 言って拳を振り上げた瞬間、その拳が校門の塀の角に思い切りぶつかり鈍い音がした。

「うわああ! 手が! 手があ!」

「あーあ、そりゃ壁の近くで拳振り上げりゃそうなるわな」

 拓真は鼻で笑った。

「ま、松田! てめえ新藤! ぶっ殺してやる!」

 言って、今度は小沢が殴りかかってきた。

 森下グループは理不尽集団らしい。拓真は嘆息しながら、それを横に避けた。小沢は、何もない所で足を引っ掛けて派手に転んで、道路の端に顔だけが出る格好で横たわった。そこに、登校のバスの車輪が迫ってきて、小沢の髪の毛を踏んで通り過ぎた。

 あまりの恐怖にそのままの状態で涙目になり、蒼白になる小沢。声も出せないらしい。

「だから言っただろう?」

 拓真は橋本を見た。

「な、何なんだ一体? 何がどうなっている?」

「お前らの災難、まだまだ続くからな」

 拓真はそう言い残して教室に入った。



 自分が復讐に囚われる怨念のような存在であり、怨念の炎で相手の罪を焼いて厄災を与える。

 それが拓真のもう一つの能力だった。

 この炎に名をつけるとしたら、何がいいだろう。『罪火ざいか』『厄災の炎』『怨燃』……。あまり凝りすぎても恥ずかしくなりそうだから、シンプルに『罪火』とすることにした。

 昨日、森下たちの他にも、罪のありそうな生徒にも『罪火』で魂を燃やして試してみた所、やはりその後、多少なりとも不幸が彼らに訪れた。

 もっとも、ひどい不幸などではなく、カンニングが発覚してこっぴどく説教されたとか、浮気が発覚して頬を真っ赤になるまで叩かれたとかである。

 人間誰もがなんらかの罪がある。その罪を拓真は清算させることができた。

 因果応報、自業自得、天罰覿面、悪因悪化、ようするに悪事を行えば、それが厄災となって返ってくる能力だった。それも、拓真の憎悪次第で二倍、三倍となって。

 森下たちの魂を燃やした時は、『罪火』の度合いを少し強くしてやった。炎が燃え続ける間は、厄災が訪れる。炎が消えるのは、相応の応報を受けた時、もしくは当人が心を入れ替えた時だ。

 人の魂の色を見分け、そして罪を清算させる。

 一時間目の数学の内容を上の空で聞きながら、拓真は自分の力に満足して内心で笑みを浮かべた。

 さて、森下らはこれからさらにどんな不幸が待っているのか。拓真は楽しみにしていた。

 授業は進み、昼休みになって、顔に包帯を巻いた森下が再び拓真の前に立って言ってきた

「おい新藤、てめえ、金持ってきたんだろうな?」

 拓真は呆れた。まだ凝りないのか。

「何で?」

「何でだと? てめえ、ふざけてんのか?」

 森下が拓真の胸倉を掴んだ。

「だからさ。止めたほうがいいぞ」

 拓真が言うと、森下は怒りの形相で拳を振り上げた。その瞬間、開いた窓からまた野球のボールが飛び込んできて、森下の顔面に直撃した。

「な、何で……」言いながら森下はまたその場で気を失った。

「……だから言ったのに」

 拓真は苦笑を浮かべた。

 松田たちが森下に駆け寄った。

「森下! 大丈夫か!」

「おい、保健室に連れていくぞ!」

 気を失った森下をつれて、彼らは出て行った。

「新藤、お前ラッキーだな」

 遠藤が声をかけてきた。そういえば、こいつも影で嫌がらせをしていたんだったな。

 拓真は遠藤の胸に手を伸ばした。そして、その魂に『罪火』を灯す。

「……何してんだ?」

 遠藤は不思議そうに、拓真を見た。

「俺の記憶の手がかりだ。どうも無意識にこういうことをするらしい。まあ気にするな」拓真は笑みを浮かべ、適当に言った。

「そんなことしていたっけ? 変なヤツ。それより、さっきの森下、面白かったな。朝も顔面にボールがあたったんだろ? 一日に二回も顔面にボールって不運にも程があるな。よし、これからあいつのことは顔面キャッチャーと名づけよう」

「お前も気をつけた方がいい。日ごろの行いが悪いと、それ相応のツケが返るからな」

 拓真は意味ありげに言ってやった。が、それに気づかずに遠藤は笑って言った。

「俺は日ごろの行いがいいから大丈夫だ」

「そうか。なら安心だな」

 皮肉に遠藤は気づかないまま、拓真から離れていった。

 十分後。どういう状況でそうなったかは知らないが、遠藤は廊下で五十代の女性職員のスカートに顔を突っ込むというハプニングに見まわれ、変態のレッテルを貼られることになった。


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