第9話

 家に帰る途中、空から鳥の糞が落ちてきて、橋本の肩についた。住宅街で、電線には多くの鳥がとまっていた。

「うわ! 何しやがるこのクソ鳥!」

 飲みかけの缶ジュースを、鳥めがけて投げつけた。が、鳥にはあたらずにそのまま住宅の屋根の上に落ちた。

 鳥は何事もないようにその場に留まっている。

「くそが! そこ動くなよ!」

 足元に石が落ちていないか探していると、屋根の上に落ちた缶がそのまま勢いよく転がり落ちてきて、橋本の頭に直撃した。しかも、缶の角なので橋本は頭を抱えてうずくまった。

「……ってぇぇ」

 橋本は足もとに転がった缶をにらみ付け、

「くそったれ!」思い切り蹴飛ばした。

 飛んでいった空き缶は、丁度その時通ったトラックの側面で跳ね返され、今度は橋本の腹に直撃した。またの激痛に腹を抱えてうずくまる。

 しばらくしてから橋本は、よろよろと歩き出した。

「……今日はついてねえ。早く家に帰るか」

 橋本は家に着いて、まずキッチンに入った。喉が渇いたので、飲み物がないかしゃがんで冷蔵庫を開けた。瞬間、扉の上の方にあった卵が落ちてきて、頭の上で割れた。

「うわ! しっかりしまっとけよババア!」さらに、卵から異臭がした。「うわ! くせえ! 目がいてえ!」卵は腐っていた。

 目を開くことができずに、手探りでキッチンに置いてある手ぬぐいのタオルを取ろうとする。そのすぐ近くには包丁が置いてあった。

 タオルを掴もうとしたが、橋本は誤って包丁の刃先を掴んでしまった。

「いてえ! ちくしょう!」

 どうにかタオルを手にして、顔を拭いた。目は見えるようになったが、かなり臭い。

 怪我した指を絆創膏で巻いて、橋本は風呂に入ることにした。服を脱いで、風呂場に入り、橋本はシャワーのコックを捻った。が、湯が出てこない。

「あん? 出ねえのか?」とりあえず思い切りコックを全快にする。が、やっぱり出ない。

「くそったれが! 何なんだよいったい!」橋本は思い切り蛇口を叩いた。

 瞬間、勢いよく熱湯が出てきて、橋本の股間にかかった。

 橋本の絶叫が家中に響いた。


 

「おい。お前岩井じゃねえか」

 森下は知り合いに声をかけた。

 家の近くのコンビニでタバコを買って、少し離れた街路樹にもたれて吸っていた時である。

 岩井は、にこにこしてコンビニに入ろうとしたところを森下に声をかけられ、驚いて振り返った。

「……あ、も、森下君」

「久しぶりだな。元気してたか?」

「う、うん」岩井はびくびくしながらうなずいた。

 彼は森下が中学校時代にいじめていた生徒である。女子生徒の前で笑いものにし、金を数万貢がせたりした。

「も、森下君も元気そうだね」

「まあな。ところでよ、せっかく久しぶりに出会ったんだ。これも何かの縁ってことで、金貸してくれねえか?」

「な、何でそういうことになるんだよ」

 岩井が反論すると、森下は不機嫌な顔になった。

「いいから貸せよ。俺とお前の仲だろう?」

「い、いくら?」岩井はあきらめたように聞いた。

「そうだな。三万もあれば充分だ」

「そ、そんなに今持ってないよ!」

「コンビニにATMがあるだろ? 出してこい。待っててやるからよ」

 森下が凄んで言うと、岩井は半泣きになって「わ、わかったよ」とコンビニ内のATMに向かった。それを見て、森下は笑った。

「はは。いいやつに出会った。ラッキーだな。明日は、新藤から十万入るし」

 森下は楽しくて仕方がなかった。新藤が事故にあったって聞いた時は、すぐに自殺だろうってわかったが、別に新藤がいなければ別の生徒を標的にするだけだった。だが、新藤は生きていて、記憶を失っている。また楽しみが増えただけのことだ。

 明日からのことを考えると、とても楽しみだった。今度は新藤にはどんなことをさせてやろうか。

 そう考えている時だった。鼻の先をかすめ、目の前に何か落ちてきて砕けた。

 街路樹から落ちてきたようだが……。

「あ? 何だ?」

 砕けたそれから一斉にそいつらは出てきた。アシナガバチだ。蜂は森下を標的とみなし、襲いかかってきた。

「うわあ! 嘘だろ!」

 森下はその場から逃げ出した。ところどころ刺され、森下は必死に走った。森下は周りが見えていなかった。飛び出したそこは、道の真ん中だった。

 そこに大型トラックが突っ込んでくる。ヘッドライトの光が森下を包みこんだ。

 目を見開き絶叫する森下。

 急ブレーキ音と共に、トラックは森下の目と鼻の先で止まった。

 森下はその場にへたり込んだ。恐怖で動けない森下の元に、運転手が降りてきて怒鳴った。

「馬鹿野郎! 急に飛び出してきやがって! 死にてえのか!」

 運転手はいかつい中年の男だった。そして、森下の胸元を掴んで、怪我がないかを確認したら道路の脇に突き飛ばした。

「俺は急いでんだ! くだらんことで手間かけんなクソガキ!」

 運転手は怒鳴って、またトラックに乗って去っていった。

 森下の心臓の鼓動は恐怖で早くなっていた。蜂に襲われるわ、トラックに轢かれそうになるわ、もう少しで死ぬところだった。

 今日は家に帰ろう。ロクな日じゃない。

 岩井のことはすっかり忘れ、森下はフラフラになりながら、自宅に戻った。

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