第8話

 一日の授業が終わり、帰り支度をしている時、森下グループが声をかけてきた。

「おい、新藤。ちょっとついてこい」

「何で?」拓真は見向きもせずに聞いた。

「いいから。お前の過去を少し教えてやるからよ」

 森下たちがそう言った途端、周囲の生徒の会話が一瞬途絶え、視線が拓真たちに向けられた。

「……あーあー、いきなりか。森下らもどうしようもねえな」

「明日から新藤もうこねえんじゃねえ?」

「また自殺したりして」

 そういう声を聞きながら、拓真は少し考えて、答えた。

「わかった」

 拓真は森下たちについていき、体育館倉庫の裏側へとやってきた。

 夕焼けで、周囲の色が淡く朱に染まっている。

 森下らに何されるのはわからないが、大人しく脅されるつもりはなかった。

「で、俺の過去って何?」

「まず、その自分を『俺』と呼ぶのやめろ。生意気だ」そう言ったのは、小沢だった。

「そんなの俺の勝手だろう。何でそんなこと言われなきゃならん」

 松田の細い眉がぴくりと動いた。スキンヘッドなんだから、ついでに眉毛も剃ればいいのに。拓真はそんなことを思った。

 松田に胸倉をつかまれる。

「おい、調子こいてんじゃねーぞ?」

「おい、やめとけ」森下が松田をなだめた。「新藤は記憶がないんだ。自分の立場がわからないのも無理はない」

 松田は手を離した。やはり、森下がこのグループの頭らしい。

 拓真は乱れた襟を直した。

「なあ、よく聞け。俺たちはお前の秘密を持っている。それをみんなにばらまかれたくなかったら、言うこと聞いた方がいいぜ」

「秘密? 何だ俺の秘密って」

 森下らは互いに目を合わせ、笑みを浮かべた。

「ショックを受けるなよ」そう言って、森下は数枚の写真を取り出して、拓真に見せた。

 それをみた瞬間、拓真の脳裏にまたフラッシュバックのように、映像の断片が見えた。

 森下グループに服を脱がされ、全裸にされ写真を撮られたこと。ばらまかれたくなかったら、女モノの下着を身につけてこいといわれ、屈辱に耐えながらも母の下着をつけてきたらそれをまた写真を撮られたこと。それを、新藤が好意を抱いていた女子生徒に見せられたこと。

 写真は全てそれらのモノだった。

「どうだ? 思い出したか?」

 森下が言って、松田たちも大笑いした。

 拓真の中で殺意が膨れ上がった。こいつらは何も反省していない。新藤拓真が自殺をしてそれを知っているにも関わらず、また同じことを繰り返している。

 握り締めた拳から滲み出るようにして、黒い炎が出ていた。

 拳を握る拓真を見て、森下たちがさらに笑った。

「どうした? ショックのあまり声も出ないか」

 顔を近づけてきて、間近で言う。彼らには、黒い炎は見えていない。

「ん? 何だこの拳は?」

 森下は拓真の腕を掴んで自分の胸元に引き寄せた。森下の胸には黒に近い灰色の魂が見える。

 その瞬間、拓真の手から黒い炎が放たれ、その魂を包み込んだ。魂が黒い炎によって燃え始める。森下自身に変化はない。

 ……そうか。そういうことか。拓真はソレが何を意味するか、感覚で理解した。

「何だって聞いてるんだけどよ」

 拓真は黙っていた。

「おい。何とか言えよ」

 松田、橋本、小沢が拓真を囲む。小沢にどつかれてよろけて、松田の肩に手を置き、松田に振り解かれてよろめき、橋下の胸に手をつき、突き飛ばされて、小沢の胸に手をついた。その時にも、拓真の手から放たれた黒い炎が、彼らの身体を伝ってそれぞれの魂を包み込んだ。

 うまおの時は、消しゴムを介して魂に火をつけたが、触れた対象に触れることで魂に引火させることができるようだ。

「まあ、いい。とにかくそれらをばら撒かれたくなかったら、言うこときくんだな。とりあえず、明日十万持ってこい。わかったな」

 森下はそういってその場から去った。続いて、残りの連中も去っていく。

 姿を消した四人に拓真は笑みを浮かべた。

 消しゴムのカケラに灯した炎ですら、うまおには顔面強打という不幸が降りかかった。

 強めの憎悪を込めた炎ではどうなるのか。

「……さて、アイツらに何が起こるんだろうな」



 松田と小沢は、新藤拓真を脅したあと、ゲームセンターへ入り、アーケードの対戦格闘ゲームをしていた。

「クソ! 勝てねえ!」

 小沢に負けて、松田は苛立った。

「バーカ、俺には勝てねえよ」

「ぜってえ負かす! もう一度だ!」

「いいぜ。何回やっても同じだけどな」

 一時間は二人でその台を占領していた。

「……いい加減代われよ」

 後ろにいた少年がぼそりと言った。それに気を取られた瞬間、

「ああ、クソ! 負けた!」

 松田は後ろから声をかけた少年の胸倉をつかんだ。近くの中学の制服だ。

「おい、お前、今なんて言った?」

「おい、どうした?」小沢もやってくる。

「だ、だって、一時間以上もやってるし」少年は怯えの色を露にしている。

 こういう態度は、記憶をなくす前の進藤と同じで、松田たちにとっては嗜虐心をくすぐられるものだった。

「ちょっとこっちこい」

 松田たちは少年を連れて、トイレに入った。そして、少年の肩に腕を回して、

「さっきのゲームで最後の金だったんだよ。それをお前が邪魔したんだ。どうしたらいいかわかってるよな?」

 その時誰かがトイレに入ってきた。

「今とり取り込み中だ」

 小沢が男の前に立って言った。

 男は身長百九十ほどある長身で、やたらと体格のいい青年だった。顔もかなりいかつい。森下よりも迫力あった。が、ここで怯むわけにはいかない。

「何だお前は? 出てけよ」

 言った瞬間、男は小沢の腹に拳をめり込ませた。息が詰まり、声も出ずに小沢はその場でくの字に倒れた。

「な、何だてめえ!」

「に、兄ちゃん! 助けて!」

 少年が男のもとに駆け寄った。

 少年の兄らしい。松田は焦った。まともにやって勝てる気がしない。

 小沢には悪いがここは見捨てて逃げるのが得策だ。

 松田は相手を睨み付けながら、じりじりと近づいた。そして隙をみて、男の横をすり抜けようと走り出す。が、男の腕が目前に迫ってきた。避けることができずに、まともに男の腕を食らって、松田は吹っ飛ばされた。そして、そのまま大便器に顔を突っ込んで気を失った。

 男は気絶した二人に言った。

「弟に手を出すヤツは俺がゆるさねえ」

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