第4話
自宅で生活を始めて二週間が過ぎた。
その間家族との思い出のアルバム、思い出の場所、いろいろな話を聞かされたり見せられたりしたが、別人なのだから思い出せるはずもなかった。
ならば、学校に通ってみてはどうか。と、両親は考えたようだ。学校の教師や友達に協力をしてもらえば、何かのきっかけで思い出すかも知れない。
渋々、拓真は高校に登校することになった。家族は自殺の原因が学校にあるとは知らない。記憶を取り戻させたい、それだけが今の両親の願いなのだ。
前日の夜に、高校に通うことを、草原に電話で連絡しておくことにした。
「そうか。大変だな。体に変調はないか?」
「一度、頭に妙なノイズが走った。抑制剤を飲んで治ったから、拒絶反応だったのかもしれんな。それ以外は大丈夫だ。むしろ力が有り余っている。それと、前に言っていた人の胸辺りに見える光る靄についてだが、少しわかったぞ。どうやら、その人間の魂の色らしい」
「魂の色?」
「まだ完全にはわからないが、善人か悪人かを区別できるようだ。極端に言うなら黒なら悪人、白なら善人という具合にな。他にもその靄の周りに点滅する光が見える。それも色々な色がありすぎて、どれがどういう意味を持つのかはまだわからないが」
「ほう。それは面白い能力だな。真野氏にも報告しておこう」
「彼はどうしてる?」
「相変わらず研究と実験を重ねているよ。もっとも、君以外に成功はしていないようだがね。まあそんなにぽんぽんと他人の死体に魂を入れられても困る」
「確かにそうだな。俺みたいな人間は一人で十分だ」
その後、拓真は最近の生活を報告し、電話を切った。
明日から高校生活。もっとも、勉学に勤しむつもりはない。高校では必要最低限のことをし、その上で復讐を遂げるために調査しなければならない。
拓真は自分の体を見た。新藤拓真という少年の人生を、これから引き継いで生きていくことになる肉体。
悪いが、この体しばらく貸してもらうぞ。
翌朝、校門の前まで来ると、若い女教師が一人待っていて、こちらを見て近づいてきた。
二十代後半だろうか。肩まで伸びた黒髪の美人だ。
「新藤君、話はお母さんから聞いてるわ。わたしが、あなたの担任の森奈美よ。もう今日から来ても大丈夫なの?」
「はい。いつまでも休んでいられませんから」
「そう。困ったことやわからないことあったら何でも聞いてね」
拓真は礼を言って、一緒に校舎内へと入った。
周りの生徒がこちらを見て何やら言っていた。
「あれ? 新藤じゃない? 自殺したって話だけど」
「え? そうなの? わたし、事故って聞いたよ」
「バカね。そんなわけないじゃん。あれだけのことされたら、あたしだったら死ぬわよ」
遠くでそう話しているのに、ハッキリと聞こえた。他の離れた声にも意識を集中すると、それもよく聞こえた。最近感じていたことだが、体力、筋力だけでなく五感もかなり鋭くなっているようだ。これも、真野が言っていた副作用の一環なのだろうか。
そんなことを考えながら、一度職員室へ行き他の教師たちにも会い、その後、進路指導室に通されてそこでホームルームまで待機することにした。それまでの間、さっき言っていた女子の言葉を考えた。
あれだけのこと、とは、イジメのことについてだろう。どれだけの生徒が、新藤拓真がイジメを受けていたのを知っていたのだろうか。そして、教師たちはそれについて気づかなかったのだろうか。
考えていると、教頭が入ってきて「大丈夫かい? 新藤君」と声をかけてきた。真ん中が綺麗に禿げていて、左右に残された髪の毛が印象的だった。
「君は偉いな。記憶がないのに学校に来るなんて」
顔は笑顔だが、何か気に食わなかった。少し意識して胸の辺りを見てみる。黒よりの灰色の靄がかかっていた。
灰色、ということは、善人ではない。だが、これくらいの色の人間が大半だから、これが普通なのだろう。
「わたしも記憶を取り戻すことに協力するよ。困ったことがあったら言ってくれ」
教頭の靄の周囲に、薄紫のチカチカしたものが現れた。これは何を意味するのか。
とりあえずその辺りを気にしながら、拓真は聞いた。
「俺はどういう生徒だったんですか?」
教頭は少し困った顔になった。
「そうだね。そういうのは担任の森先生に聞くのが一番なんだが、わたしの印象としては、おとなしくて手のかからない生徒だったな」
靄と点滅に変化はない。
「まあ、あせらずに少しずつ思い出していくといい」
みんなと同じことを言って、教頭は奥の方に歩いていった。
ホームルームのチャイムが鳴った。
「新藤君。行きましょうか」
担任の森に言われて、拓真は自分の教室に向かった。二階への階段を上り、二つ目の教室だった。
まだ廊下に出ていた生徒や遅刻しかけの生徒が走って教室に入っていった。
教室の扉の前で、森が拓真に言った。
「最初にわたしからみんなに説明するわね」
拓真は頷いて、森に続いて教室に入った。
それまで賑やかだった教室が静まりかえり、同時にクラスの視線が一斉に拓真へと集まった。
森が教壇に立った。
「えー、今日から新藤君が戻ることになりました。みんな知っている通り、彼は一ヶ月前に事故にあって入院していました。そして、その時に強く頭を打ったせいで記憶を失っています。少しでも何か思い出せるように、みんな彼に協力してあげてね」
「記憶喪失? ほんとかよ。何も覚えてねえの?」
前の席に座っていた大柄の生徒が、拓真の顔見て聞いた。
拓真は頷いた。そして、生徒たちを見回して言った。
「目覚めた時、覚えていたのは自分の名前だけだったんです。それ以外は、家族のこともみんなのことも覚えていません。だから、一日でも早く記憶を取り戻せるようにしたいから、みんな色々と教えてください」
適当に考えたセリフを言って頭を下げると、森とクラスの生徒たちは少し驚いたように、拓真の顔を見た。
「全然びびってないところ見ると、本当に記憶喪失みたいだね」
「なんかキャラが変わってるし。でもあれはあれで面白いかも」
後ろの方で、女子生徒がひそひそと話しているのが聞こえた。
「ていうか、事故じゃなくて自殺だろ? 何で生きてんだよ」
「名前だけ覚えてるって、それも何か笑えるな」
「記憶って戻らない方が幸せじゃねえ?」
また後ろの男子がぼそぼそ話しているのが聞こえた。
……人の不幸を楽しんでいる。そう感じるとともに、自分の中の何かがざわついた。昨日感じたノイズとは違う。今回は胸の内から感じるものだった。
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