第1話
どこからか声が聞こえてきた。
「……の……え……」
暗闇の中、ものすごく遠いところから聞こえるようだ。
ここはどこだろう? 体がふわふわと浮いているような感覚だった。何も見えない。何もわからない。
「……みの……は?」
何だ? 誰だ? 何を言っている? もう一度集中して聞いてみる。
「君の名前は?」
……なまえ…。名前…。俺の名前は……
「……宗馬正樹……」
名前を言った瞬間、脳内に記憶の映像が濁流のように流れ込んできた。京子の顔、殺した男の顔、血まみれになった自分の体。
「成功だ! 自我を取り戻したぞ!」
歓喜の声が聞こえた。正樹は周囲を見回した。最初はぼんやりとしていたが、だんだんと見えるようになってきた。見たこのとのない機械やら、コードやら管やらが並んでいる。
全てが白黒で歪んだような景色だった。
「……ここは…どこだ? あいつは、京子を殺したヤツはどこだ……」
自分の声も何かおかしい。重低音で響くような自分の声に戸惑った。
「落ち着いて聞いてくれ。はじめに言っておくが、君はすでに死んでいる」
何かのアニメで聞いたような事を言われて、正樹は初めてその話している男の顔を見た。
五十代半ばだろうか。白髪の整った髪の男だ。白衣を着ているが、医者ではなさそうだ。研究施設の科学者、そんな印象を受けた。
「はじめまして。宗馬正樹君。わたしは、科学者の
言っている意味がわからない。俺が死んだ? 残留思念? 魂?
「今、自分の状態がわかるかね?」
正樹は自分の体を見て、何がどうなっているのか理解ができなかった。黒い煙のようで不安定で人の形を留めていない体。手足も形はなくただの煙。そして、何やら液体の入ったカプセルのような容器の中に正樹はいた。
「君は今、幽体としてそこにいるんだ」
何を言っているのか、まったくわからなかった。こいつは、俺の体をどうかしたのか。だからこんな体になったのか。
怒りが正樹の中に湧き出てきた。
「お前が俺をこんな体にしたのか!」
煙が形を帯び、手足になり体も形作られた。そして大きさもどんどんと膨れ上がっていき、カプセル内に充満するようになった。カプセルを破壊しようと力を込めようとするが、力が入らない。煙のような体では無理だった。
それを見て、真野は歓喜の表情を浮かべた。
「おお! 素晴らしい憎悪だ。君なら、きっと成功するだろう。早速提案だが、君は、君を殺したヤツに復讐したくないかね?」
「……なんだと?」
「君に体を与えよう。成功すれば、君はもう一つの人生を生きることができる。失敗すれば、君の魂は消えてなくなる」
「もう一つの人生だと?」
「そうだ。丁度高校生の死体が届いたところでね。君の寄りしろとなる体だ」
「……何が目的だ」
「科学者としての純粋な実験だよ。別に君が断るならそれでいい。君は消えてなくなるだけだ。わたしは新たな実験材料を探すだけだからな」
正樹は少し考えたが、すぐに決心した。蘇るのならばなんでもいい。
「それで俺を殺した相手に復讐できるんだな?」
「ああ。できるとも。もっとも、他人の体に他人の魂だ。どんな副作用があるかもわからん。復讐を遂げる前に、ある日突然動けなくなる可能性もある。それでもいいか?」
復讐できる可能性があればそれでいい。
「かまわない。やってくれ」
「そう言ってくれると思っていたよ。では早速始めよう」
真野はいったん部屋を出て、それから寝台を一つ持ってきた。そこには、少年の裸の死体が乗っていた。
首に縄の後があった。
「……その子はどうしたんだ? 誰かに殺されたのか?」
「自殺だよ。名前は
こんな体で準備も何もないものだ。
「やってくれ」
真野は頷いて、彼を大きなカプセルのような容器に移した。そして正樹のカプセルと彼の入っているカプセルに大きな管を繋げ、巨大な機械のボタンを押した。
凄まじい音を立てて、機械が動き出す。やがて、正樹の煙のような体はその管に吸い込まれていき、少年のカプセルへと移動した。そして、口、耳、鼻から彼の体に入って行く。奇妙な感覚だった。
機械が止まってカプセルが開いた。
「成功か?」
真野が顔を覗かせて言った。
正樹は目を開けた。
「成功だ! 気分はどうだ?」
正樹は体を起こして体を見回した。手を握ったり開いたりして手の感覚を確かめる。
「……大丈夫だ」
言ってから自分の少年の声に違和感を覚えた。
「……不思議な感じだな」
「その体に馴染むのにしばらく時間がかかるだろう。君はこれから新藤拓真として生きることになるんだが、家族と過ごす為にも色々と口裏を合わせておく必要がある」
真野は服を渡してきた。それに着替えながら聞く。
「何故だ? 俺は復讐のために蘇ったんだ。この少年の家族になど興味はない。好き勝手やらせてもらう」
「そうはいかない。どんな副作用が出るかわからないと言っただろう。それに君がいなくなればその少年の家族も警察に捜索願いを届ける。そうなれば、いろいろとやりにくくなるぞ。まずは、その少年の周囲の環境に慣れることだな」
正樹は舌打ちをした。
「家族の名前や友人関係、そのあたりは記憶障害で何とかなるだろう。一度自殺して仮死状態になったことにするんだからな」
「……適当だな」
「だから、わからないことがあるなら記憶障害で誤魔化せ。まっさらな状態で始めろ。いいな」
「ああ」
「この後、君には一度眠ってもらうことになるんだが、目覚めた後は側にいる草原という医師を頼りたまえ」
正樹は頷いた。
「それでは、君には一度眠ってもらおう。次目覚める時は病室だ。そこには、新藤拓真の家族や友人が来るだろう。うまくやれよ」
少し自信がなかったが、何とかなるだろう。正樹……拓真はもう一度頷いた。
必ず京子と俺を殺したヤツを見つけ出して、殺してやる。
「では、これを飲みたまえ」
真野は錠剤を一つ渡して、拓真に飲ませた。
目を瞑ると、そのまま深い眠りについた。
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