夢から現実に


 街頭も無い真っ暗なあぜ道を一人で歩く。

 さっきまでの暖かい空間から一転、私は暗く寂しい道を進んでいた。

 周りに建っている家はポツポツと明かりが灯されていている。

 この家の電気が無ければ数センチ先も見えないかもしれない。

 

 ここは田舎。今建っている家の何割に人が住んでいるんだろう。

 我ながらどうでも良いことを考えてしまうが、そんなどうでも良いことでも考えていないと泣きたくなるのだ。



 大久保蓮君とその家族。

 今思い返すと、私には遥か遠くの存在かのように感じてしまう。


 ほんの数分前までは一緒に居たんだよね……。


 涙がこぼれそうになるのを必死に我慢して、空を見上げた。


 夢から現実に戻ろう。



 私はあぜ道から見える住宅街の一角、私と母親が住む自宅の玄関を開けた。

 

 真っ先に目につくのは扉を明けてすぐの所に乱雑に置かれた靴の数々。

 派手なハイヒール、くたびれたスニーカー、しまいには相棒がどこにいるのか分からないサンダル。


 私はそんな靴達を避けながら履いていた靴を脱ぎ、玄関の端っこにある安全地帯に避難させると、ごみ袋が並べられている廊下を抜け自室に向かう。

 


 すると廊下の先、リビングでガタゴトと音が聞こえてきた。


 そこで私は自分の行動を間違えたことに気付く。



 まだ行ってなかったのか……。



 リビングにアイツがいると分かった私は早足で自室へと向かった。




 もう本当にやってられない。

 今日は大久保君とフラワーガーデンに行って、その後も家に連れてってもらって……。

 楽しかった。本当に楽しかったんだよ。


 でも夢から覚めたのならば、そこにあるのは冷たい現実だけ。


 私は花壇にいてはいけない。

 雑草にふさわしいのはあぜ道だけだ。



 私みたいな雑草には、あのあぜ道で充分。そこに彼が来てくれる。それだけで良いんだよ……。



 持っていた荷物を部屋の隅に投げると、洋服の入ったタンスから着替えを取り出し、部屋着に着替える。

 お風呂に入っていないので体のベタツキが気になるが、今は入ることができない。


 私は汗を流すことを諦めてベットに寝転がりスマホを開くと、今日撮った写真を眺め始めた。


 大久保君とフラワーガーデンで撮った写真の数々。

 エントランス、綺麗な花壇、そして大久保君に例えたスイレン。そして……やっと撮ることができた彼の写真。


 今まで何回も彼を撮る機会はあった。

 彼はのんびりとしていて隙だらけだし、きっと表立って写真を撮っても怒らないだろう。

 

 しかし私は今まで彼を写真に収めることが出来なかった。 

 単純に恥ずかしいし、私ごときが彼に深入りしてはいけないと思っていたからだ。


 でも今日は少しだけ素直になれた気がする。


 私は今日あったことを一つ一つ思い出す。

 彼が私を誘ってくれた。


 それは前にもあったことだが、前回のはノーカウント。

 あれは私が弱い所を見せてしまったからというのが発端で、彼の優しさあってのお誘いだったからだ。


 でも今回は違う。


 今回は彼自身の意思で誘ってくれたのだ。

 それが嬉しくない訳がない。


 私は顔がにやけるのを我慢して、部屋の天井を仰ぎ見る。


 早く明日にならないかな……。

 そうすればあのあぜ道に行くことができる。



 最初はただ自宅が見えるという理由からあの場所にいた。

 何もないあの場所。


 岩肌が露出している大きな山。

 麓にはソメイヨシノ。

 そして田んぼに囲まれたあぜ道。


 特に刺激も変化のないあの道。


 彼が来てくれるまで私はあそこで何をしていたっけ……。


 鮮明に思い出せない。

 

 学校が終わってから特にすることもない私はあの場所でぼーとしていたんだったっけかな。

 空を見て、山を見て、春には嫌いだった桜を見て。


 そんな何も刺激がない日常に変化をもたらしてくれたのが大久保君。

 まだ恥ずかしくまともに名前を呼ぶことはできないが彼は私の恩人だ。

 


 あのあぜ道を逃げる場所ではなく、楽しい場所に変えてくれたことを感謝しなくちゃいけない。



 私は彼のことを思い出すように。

 泡沫の夢を思い出すように。


 私は目を瞑った。

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