ナズナを家にご招待


 フラワーガーデンからの帰り道。

 僕とナズナは自宅から程近い最寄り駅で二人並んで雨空を眺めていた。

 先程まで晴天とは言わないまでも良い天気だと言えるくらいには晴れていた。しかしこの時期特有の急な雨に降られてしまい、今このように立往生を余儀なくされてしまったのだ。 


「凄い雨だね」



 隣では困ったような表情を浮かべているナズナ。

 時間的にはまだ夕方と言える時間なので、そこまでピンチという訳ではないのだがこの雨の様子から見て、いつまで降るか分からないというのは不安だろう。



「もしよければお母さんに連絡して車を呼ぼうか?」



 僕は提案することにする。

 ナズナの性格からして遠慮するのは目に見えているが、流石にこのまま雨が止むのを待つのはあまり現実的ではないし、傘を買って歩いて帰るという選択肢は近くのコンビニは歩いて十五分ほどかかるということで本末転倒になってしまう。


 だからこそ僕は断られることを前提に置きながらも誘うことにした。



「えーと。私は大丈夫。雨が止むまでここで待ってるから、キミは迎えに来てもらって先に帰ると良いよ」



 予想通り遠慮するナズナ。

 その予想が当たったと大喜びすることはないが、思わず口元を緩ませてしまう。



「いや、せっかくだし送って行くよ。同じ方向だし、このまま先に帰ってもなんか罪悪感あるし」



「いや……。うん。それじゃお願いしようかな」



 断ろうとしたナズナだったが、罪悪感という言葉で僕の提案に乗ってくれた。

 ちょっと無理やりな感じになってしまったが、このまま駅に置いてけぼりの方が良くないだろう。


 僕はスマホで母親に連絡する。

 返事はすぐに帰ってきて、これから向かうから待っていてとのことで、僕とナズナは駅構内に一つだけある自動販売機で飲み物を買うと、車が来るまでベンチで待っていることにした。




 駅で待つこと十分。

 見慣れた車のヘッドライトの光りが見えたので、僕とナズナは荷物をまとめてベンチを立つ。


 駅から出ると、駅の入口に母親の車が横付けされていた。

 


「お待たせ~」



 車の窓を開けて、顔を出す母親は「濡れちゃうから早く乗って」と僕達を急かす。

 僕は先に車のドアを開けて奥に座ると、遠慮しながらも車に乗り込むナズナ。



「お邪魔します」



 礼儀正しくするナズナ。

 敬語の彼女を見るのは初めてだったが、なんというか。しっかりしている。



「いえいえ。それで、悪いんだけど先にコンビニに行っても良いかな? ちょっと買うものがあって」



 母親はナズナの方を見ながらそう言う。

 確かに家とコンビニの方向は真逆なので、ここまで来たついでに寄りたいのだろう。



「はい。大丈夫です」



 ナズナはいつもよりも若干高い声音で言う。

 普段聞くことがないそのよそ行きの声に、少し面白いな。なんて思ってしまうが、そこはもう立派な女性の証なのだろう。



「ありがとう。それじゃ車出すね」



 そう言った母親は車をパーキングからドライブに入れると、車を走らせ始めた。

 窓から見た外は雨が徐々に強くなっており、迎えを呼んで正解だったと自分の選択を褒めると隣に座るナズナを見る。

 普段乗ってる車。しかし隣にナズナという存在が一つあるだけでまるで、違うものに感じてしまう。


 まだ緊張している様子のナズナはただ無言で窓の外を見ていた。

 流石に初対面の友人の親というのは流石のナズナでも緊張してしまうのだろう。


 ここで話しかけて緊張をほぐそうかと思ったが、変に親の前で会話をしようものならナズナの胃が悪くなりそうなので止めておく。




 車を走らせること五分程度。

 僕が普段お世話になっているコンビニに到着した。



「ちょっと待っててね」



 そう言って雨の中、駆け足でコンビニに入っていく母親。


 

「大丈夫?」



 母親の居なくなった車で、僕はナズナに話しかける。



「うん。大丈夫だよ。それにしてもキミのお母さん、キミそっくりだね」



 ナズナは小さく笑う。


 

「まぁ、親子だしね。でもそんなに似てるかな? どちらかと言うと父親似って言われるんだけど」



「似てるよ。顔や仕草もそうだけど、雰囲気が」



「雰囲気? 母親も少し抜けてるところがあるけどそんなに似てるかな?」



 自分に似てると言われてもピンとこない。

 こういうのは案外主観では分からないものなのかもしれないな。



「似てる、似てる。優しそうなお母さんだね」



「そうだね。あんまり怒られたって記憶も無いし、でもあれだよ。お母さんは結構天然入ってるから、話しを聞いてると面白いかも。たまにマジかっていう時あるし」



 僕は過去に起こした母親の天然エピソードを思い出す。

 パトカーとバイクが並んでいるところを見て白バイと言ってしまったり、警察のネズミ捕りを本当にネズミを捕まえていると思っていたりと、中々に面白いエピソードが数多くあるのだ。



「そっか。それじゃやっぱりキミとお母さんは似てるね」



 ナズナは僕の顔を見て、口元を緩ませる。

 似てるって、僕はそこまで天然じゃないんだけどな……。


 僕が反論しようとしたところで、母親がコンビニから出てくるのが見えた。



 「はい、はい、お待たせ。それじゃ送って行くけど、その前に。えーと、ナズナちゃん? で良いのよね?」



 お母さんは車に乗り込みながら、後部座席に座るナズナを見る。

 ナズナは頷くと、お母さんの言葉を聞く態勢に入った。



「はい」



 返事をしたナズナに対して、笑顔を見せるお母さん。

 そして何を言うのかと思った瞬間、子供である僕ですらも予想できないことをぶちまけた。



「えーと、もし良ければウチでご飯食べてかない?」


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