僕の部屋にナズナがいる
母親の急な誘いから、十数分後。
何故か僕の部屋にナズナがいた。
正直自分でも分からないこの状況だが、一つ分かるのは、ただただ恥ずかしいということと、いつもあぜ道でしか会うことのないナズナが部屋にいることの違和感が凄いということだ。
「えーと、とりあえず、はい。お茶」
僕は家のキッチンから持ってきたマグ二つに二リットルのペットボトルからお茶を注ぎ、ナズナに手渡す。
「……ありがとう」
そういつもよりも小さな声でお礼を言うとマグを受け取るナズナ。
どうしてこうなった……。
僕はイマイチ飲み込めない現状に思わず大声をあげたくなる。
事の発端は母親のほぼ強制的なお誘いだ。
コンビニから出てきたお母さんは、突然ナズナに今日の夕飯のお誘いをした。
おそらくコンビニで用事を済ませている間に思いついたのだろう。
昔から思いついたら行動してしまう癖を持っているというのは知ってはいたが、まさかここにきてそれを発祥してしまうとは思わなかった。
そしてこれもお母さんの悪い癖なのだが、どうもお節介が過ぎるというか、相手の状況をほとんど考えないで行動してしまうのだ。
無理やりな善はただの押し付けになってしまう。
しかしお母さんの場合はその持ち前の明るさと性格で相手を飲み込むのだ。
「今日はもう遅いし、お腹も空いたよね? せっかくの機会だしご飯食べて行きなよ」
その言葉にナズナはチラリと僕を見ると「すいません。流石にそこまでお世話になるわけには」と典型的なお断りを入れる。
しかしそこで折れるお母さんではない。
「大丈夫、大丈夫。それに子供は遠慮しちゃダメ。それにね、本人の前だからあまり言いたくないんだけど、息子のお友達って家に招いたことがないのよ。ほら、この子人見知りだし友達も少ないから」
言葉をまくし立てるお母さん。
確かに人見知りだし友達も少ないけど、それをナズナの前で言わないで欲しい……。
「だから……ね? 帰りも送って行くし、ご飯だけでもどう? それとも何か予定でもあった?」
「いえ、特に予定という予定は……」
ナズナはお母さんの勢いに呑まれる。
僕もナズナの意見を尊重するようにと口を挟もうとはしたが、そんなものはお母さんの怒涛の言葉の前では口を開くことはできなかった。
「それじゃ、食べてって! 何か好きなものはある?」
「いや、特には……」
「そっか。それじゃ適当にメニューを決めちゃうわね。あ、嫌いなものは?」
「ありません……」
「偉いわね〜。蓮なんて苦手なものばかりよ。それじゃ帰って準備しなきゃね」
そう言ったお母さんはすぐさま車のエンジンを付けると、帰路に着いた。
そして時は戻り、僕の自室。
僕はナズナが部屋にいるということをなんとか飲み込みながら、この緊張状態をどうやって崩すのかということを考えていた。
座椅子に静かに座って、一点を見つめるナズナ。
ベットの淵に座り、視線の定まらない僕。
こうして個室に二人きりで居ると、嗅ぎなれたはずのナズナの洗剤の匂いがいつもよりも鮮明に香ってくる。
もうそうなったら僕の緊張は止まらない。
「その……。ごめんね」
僕は詰まる言葉を無理やり出し、謝罪する。
まずは謝ることからだ。
「ん? 何が?」
ナズナは首をかしげる。どうやら何に謝っているのか分かっていないようだ。
「いや、お母さんが無理やり誘っちゃったし、ナズナも嫌だったでしょ?」
「あ、それね。別に嫌でもなんでも無いよ。誘ってくれたのは嬉しかったし」
ナズナは頬を掻きながら微笑む。
「本当に? もし少しでも嫌だなって思ったら――」
「本当、本当。大丈夫だよ。私みたいな他人をこうして誘ってくれるんだから嬉しいに決まってるよ」
僕の言葉を遮るナズナ。
どうやらいらない心配をしてしまったようだ。
「そっか。なら良かったよ」
僕はナズナが無理をしていないことに安堵する。
全身の力を抜き、座った状態からベッドに寝転がった。
そしてそれを見たナズナはふふ。と小さく笑ったと思ったら急に立ち上がり、キョロキョロと部屋を見渡し始める。
「どうしたの?」
急な行動の理由を聞く僕。
こまめに掃除だってしてるし、変なものも隠していないけど、そんなに部屋を見られると恥ずかしいし、何か隠している気になってしまう。
「いやー、こういう時って散策するものなんでしょ? あんな本やこんな本を探したり、昔の恥ずかしい写真を探したりするって聞いたよ」
ナズナはそう言うと、まずはと言った感じで本棚に並べられている本を見始める。
しかし残念だ。僕の部屋にそんなやましいものはないし、写真なんかも押し入れの段ボールに入れてある。
この部屋に見られて困るものなど無いのだ。
「いや、探しても何も出ないよ」
僕はベッドに寝転がりながらそう言う。
見られて困ることなんてないから、こうして横になっていても心配することなんて無い。
「え~。つまらないな。なんか無いの?」
僕の余裕綽々の様子を見て口を尖らせるナズナ。
男子高校生ならきっと誰しもが隠しているものだとでも思っていたのだろう。
「残念ながら無いよ。でもあまりキョロキョロ見ないでね。単純に恥ずかしい」
「そっか。まぁ無いなら仕方ないね」
ナズナはそう言うと、座椅子――ではなく僕が寝転がるベッドの淵に腰を降ろす。
「は!? え?」
急なナズナの行動に僕はパニックに陥る。
それはそうだろう。だってナズナが僕のベッドに座っているのだから。
「ふふ。どうしたの~?」
ニヤニヤと笑いながら僕の方を見るナズナ。
これは僕をおちょくっている時の顔だ。
「いや、どうしたのって……。ここ僕のベッド」
裏返りそうになり声を我慢して言葉を絞り出す。
「知ってるよ。それが?」
楽しそうに笑うナズナは、どんどんと僕の近くに寄ってくる。
それに伴い彼女の匂いや体温を鮮明に感じてしまう。
もうあとほんの少しでキスできるのではないかというところでピタリとナズナの動きが止まる。
僕の眼前には至近距離のナズナ。
目元も鼻も口元も。全部鮮明に見える。
「ねぇ。何を考えてるの?」
小さくもしっかりとした声で聞いてくる。
こういうのを妖艶だと言うのだろうか。
僕はできるだけナズナを見ないように心掛けるも、本能的にもっと見たいと思ってしまって目を離すことができないでいた。
「ねぇ。キミはさ――」
「食事の準備が出来たから下に降りてらっしゃい」
突如聞こえてくるお母さんの声。
バッ。
と本当に音が出ているのではないのかという速さで僕とナズナは距離を取る。
そしてお互いに沈黙の時間を作ると、その刹那。同時に吹き出し、笑い合った。
一体ナズナは何を言おうとしたのか。
気になる気がしないでもないが、今この状況で聞き出すことはできない。
「今行くよ」
僕は少しボリュームを上げた声でキッチンにいるお母さんに返事をすると、ナズナに「行こう」と誘い、二人で部屋を出てリビングへと向かった。
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