質の悪い雑草


 パンフレットの案内の元、僕とナズナはフラワーガーデンの最後の場所を訪れていた。

 その場所の名前は分からないのだが様々な花でトンネルが作られており、とても華やかな印象を受ける。


 そのトンネルの内部、そして足元。いたるところに花が植えられていて、どこを見ても花を見ることができる場所だった。



 正直言ってあまり花についての知識がないので、こういうのをなんと表現すれば良いのかは分からないけど、単純にとても綺麗だということは分かる。


 そしてそれはナズナの同様のようで、あたりをきょろきょろと見渡しては目を輝かせていた。



「楽しいね」



 前を歩くナズナは弾んだ声でそう言う。

 その声音を聞くだけで楽しんでもらえているということが分かり、僕も同じように嬉しい気持ちに包まれた。



「うん。色々な花があるし、見てて飽きないね。良い香りもするし」



 夏の暑さの中、疲労も溜まっている。しかし、今この景色、匂い、雰囲気。それらが僕達の疲労を癒してくれる。

 


「確かに。これなんの匂いだろう? 花の匂いって春のイメージがあったけど、この季節でも良い匂いのする花ってあるんだね」


 

「僕もそのイメージだった。夏は花っていうよりも潮風とか青い葉っぱの印象がどうしても強いよ」



「確かにね~。話してたら海に行きたくなってきた……。ここからだと気軽に海はいけないよね。山なら沢山あるけど」



 そう言って笑うナズナ。

 僕達が住む場所は残念なことに海に面してない場所で、海に行くには最低でも電車で三時間はかかってしまう。

 だからさっきはイメージで潮風なんて言ってみたけど実は僕自身、数回しか海を見たことがない。



「ナズナは海に結構行くの?」



 先程の口ぶりからナズナは海に行っているようだったので聞いてみる。

 僕みたいに山の田舎に住んでいる人は少なからず海に行く人が羨ましいと思っていることが多い……かは分からないが、僕個人としては沢山海に行っている人は良いなと思ってしまう。

 だからもしナズナが海によく行っているのならば、色々聞いてみたい。



「んー。あんまりかな。ただ海には憧れはあるよ。ただ海を眺めてるだけできっと楽しいと思うし、海鮮物なんかも美味しそうだよね」



 指を立てながら言葉を紡ぐナズナ。

 どうやらナズナも僕と同じ人種だったようだ。



 そんな風にいつもの世間話をしながら僕とナズナは花のトンネルを潜っては抜けてを繰り返し、最後のトンネルに入っていく。



「これで全部見終わったかな」



 ナズナは見えてきたエントランスに視線を向ける。

 時間も良い感じだし、今から帰れば夜ごはんには間に合うかな。


 僕とナズナは最後のトンネルを噛みしめるようにして進む。

 お互いに他愛のない話しをしながら、それはまるであのあぜ道で二人で話しているときのように。



「それで、結局黄色いスイレンの花言葉ってなんだったの?」



 もう出口も差し掛かりそうな時、僕は頭の端っこにあった疑問をぶつけた。

 帰ってから自分で調べれば良いだけのことなのだが、どうせならナズナから聞きたかったし、なぜ僕が黄色のスイレンなのか。その理由を聞いてみたかった。


 僕の質問に対して、ナズナは少し考える動作を見せると、ニコっと笑い口を開く。



「内緒」



 その姿、そして表情に見惚れそうになる。

 彼女からしてみればただ僕をバカにしただけの事なのだろうけど、急に笑顔を見せられるこちらの気持ちも考えて欲しい。



「えっと……。普通に気になるんだけど」



 僕は瞬時にナズナの顔から視線をずらし、できるだけ感情が表に出ないようにする。

 そうでもしないと僕の感情がバレてまたおもちゃにされかねない。



「ま、そうだよね。まぁさっきも言ったけどキミっぽいから。これ以上は自分で調べて」


 そう言ったナズナは満足そうに笑う。

 さっきと同じ事を言われてしまったのでまた僕の頭の上にはハテナが浮かぶが、ナズナの様子から答えを教えてくれるということは無さそうだ。



「僕っぽい? 答えになってないけど……。まぁ自分で調べてみるよ」



 無理やり自分を納得させる。中途半端な状態で放置されるのは少し気持ち悪い気がしないでもないけど、こればっかりは本人が言わないというのならば仕方の無いことだ。



「でもそれならあれだね。ナズナはこの花っぽいよ。えーと名前はアガパンサス」



 トンネルから出てすぐの所に綺麗に咲き誇る青い花に目を向ける僕。

 その花ーーアガパンサスは一本の茎に沢山の花を咲かせている。

 イメージはナズナそのもので、儚くも綺麗な花だった。



「そう? なんか綺麗すぎない?」



 ナズナは僕の言うことを真に受けることなく、軽く流す。

 態度からして、どうやらあまり乗り気ではないようだ。



「ナズナぴったりの花だと思うんだけどな」



 改めて花を見ると、やっぱりナズナのイメージとこの花のイメージは一致している。

 それにこれは多くの人が経験していることだと思うが、一度そう思ってしまうと、そうとしか思えなくなってしまう。


 完全に僕の中ではナズナ=アガパンサス。

 この図式ができてしまった。



「そんなことないよ。私はそうだね~。……やっぱりこれだよ。これ」



 そう言ったナズナが指を差したのはアガパンサスの下に生えていた雑草。

 


「私は雑草。それも質の悪い雑草だね。綺麗な花の栄養を奪いながらも生きている。……うん。私らしい」



 ナズナはどこか諦めているかのような。そんな表情を浮かべながらそう言った。

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