ナズナとバラ
バラ園の一角、僕とナズナはしゃがみ込んで随所に咲いているバラを見ていた。
今いるバラ園はフラワーガーデンの入口付近にあり僕達と同じタイミングで入園した人達が思い思いに鑑賞している。
パンフレットの情報では今見ているバラは夏咲きのバラと言って、開花する数は少なく早く散ってしまうそうなのだが僕らが見ているそれは中々に綺麗で素敵だと思う。
「綺麗」
隣で同じようにバラを見ていたナズナはそう呟いた。
もしかするとただの独り言なのかもしれない。
そんな危惧もあったが、ここ反応もしないというのもなんだか気分が良くないものだ。
僕はバラを眺めているナズナに声をかけることにした。
「この時期にはあまり咲かないって書いてあるけど、綺麗に咲いてるよね」
僕の言葉にナズナはコチラを見て、同意を見せる。
どうやら先ほどの「綺麗」は独り言だったようだけど、反応せずにはいられないのが僕の性格というものだ。
人の言葉を無視できるほど僕の心は強くない。
「それにしても流石はフラワーガーデンだよね。さっきパンフレットで見たけど、この時期のバラってあんまり咲かないらしいよ」
先ほど入れた知識をナズナに披露する僕。
なんとも情けない話だが、会話のネタになるのならば良いだろう。
「へぇ。ちゃんと管理されて大切に育てられてるんだね」
「多分ね。そうじゃなきゃこんなに咲かないと思う。僕、バラ園もそうだけどバラ自体あんまり見たこと無かったから凄いなって思うよ」
目の前に広がるバラ園を俯瞰して見ると、その凄さが見て取れる。
花には詳しくないし、バラなんて日常生活で目にする機会なんて少ないけど、この景色は単純に凄いと思う。
「そろそろ次に行こうか。時間も有限だし、せっかくなら全部回ろう」
ナズナはそう言って立ち上がると、いつもよりハツラツとした笑みをを浮かべる。
彼女も彼女で楽しんでくれているようだ。
そしてそんなナズナの様子を見て、僕も嬉しくなる。
「そうだね。行こう!」
僕もナズナと同様に立ち上がる。そして二人でバラ園を出るとパンフレットを片手に経路通りに歩いて行く。
この手の施設には基本、ルートがあることが多い。
もちろん自由に見て回って良いのだが、施設が決めてくれた楽しめる進路を設定してくれているので、僕やナズナと言った園内の構造を知らない人でも楽しめるようになっているのだ。
僕はずいぶんと昔に一度来たことがあるくらいだし、ナズナに至っては初見なので、今回はそのルートに甘えることにした。
経路通りに進むと、両サイドには見たことのないような花と説明が書かれている看板、そしてお洒落なオブジェクトが目を楽しませてくれる。
先を歩いているナズナも僕と同様の気持ちみたいで、普段よりも軽い足取りで歩いては花を見たり、看板を見てはうんうんと頷いていた。
なんというか、可愛いな……。
僕はナズナの横顔を食い入るように見てしまう。
もちろん彼女にばれないように盗み見るような感じになってしまっているが、どうしても目がいってしまうのだ。
綺麗な黒髪に整った横顔、それになによりも普段のダウナーな彼女を知っているからこそ、今の楽しそうな姿は目を奪うには充分な要素だった。
「ん? 何?」
思わず見惚れているとナズナは視線を感じたのだろう。パッと振り向くとニヤニヤとした笑みを浮かべた。
この笑みは……。
思わず身構える僕。
そしてそれとは反比例して、楽しそうなナズナ。
「ねぇ、どうしたの?」
ウキウキとした声音で聞いて来るナズナに対して、僕は視線をナズナから外しそっぽ向くことしかできない。
この感じは久しぶりだ。完全にやらかしてしまった。
「い、いや、なんでもない」
「えー、本当? 顔赤いよ? それにさっきまで私のこと見てたよね?」
先程までとは違う意味で無邪気な顔を見せるナズナ。こうなっては彼女を止める手段はない。
僕はナズナを無視するようにして、先に歩き出すと、ナズナ「待ってー」とふざけた感じで隣に並んでは、口元を緩ませ僕の顔を見てくる。
「本当になんでもないよ!」
必死の抵抗として、早歩きで逃げるように行動したが、食らいつくようにしてついてくるナズナ。
今まで何回かナズナにこうしておもちゃにされてきたが、今日は元のテンションも相まって中々にご機嫌な様子だ。
「ふーん。まぁ、いいや。それで、キミはさっきどこを見ていたのかな?」
一瞬解放されたと思ったらこれだ。
可愛いが、なんとも悪魔的な笑みを向けるナズナ。
この感じもずいぶんと久しいが、やはりナズナはこういう時に本当に楽しそうな表情をする。もともとSっ気はあったが、ここまで来るとドSだ。
「い、いや……。ごめん」
ここは素直に謝って許してもらおう。
見ていたことは確かだし、女性としてはガン見されるのは気分的に良いものではないだろう。
それに、なによりもこのまま弄られるのは僕が辛い……。
「別に気にしてないよ。ただ、キミがどこ見てたのかなって。ね?」
本当に彼女は良い性格をしていると思う。
僕はいつもの常套手段である無言を決行し、この場をやり過ごすことにした。
すると、流石に彼女もやり過ぎたと思ったのだろう。
少し小さな声で「ごめん、ごめん」と謝罪をしてくれる。
本当に良い性格をしている。
僕はナズナの謝罪に対して「大丈夫」と返事をすると、また経路通りに二人で歩き出すのだった。
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