ナズナと行くフワラーガーデン
じめじめとした梅雨が明けた七月後半。
数日前に夏休みに入った今日この頃。
梅雨関係無しに猛暑だった今年だったのだが、いよいよ本格的な夏を迎えていた。
照り付ける日差し。風は熱風とかし、触る物の全てで目玉焼きが焼けてしまうのではないかというほど熱くなる。
そんな夏日の昼下がり。
僕とナズナはいつものあぜ道――ではなく同じ県にある地元では有名なフラワーガーデンに来ていた。
ことの発端は先週のこと。
僕は父親が会社から貰ったチケットを片手にナズナへお誘いの連絡を入れていた。
ナズナとはいつもあぜ道で会っているわけだが、遊びに行くのはショッピングモールに行ったときが最後。
つまり、僕にとって人生二回目のお誘いというわけだ。
緊張しないわけがない。
僕は辺り障りのない文を打つと、ナズナに送信。
あとは祈るだけである。
一分が五分、十分、一時間。
時が進むにつれて、どんどん遅くなっていく僕の体感。
待っているだけなのにこんなにもしんどい。
じっといているのも苦痛なので、部屋の中を歩き回る僕。
普段は気にもしないエアコンの音や、壁にかけられた曲がったカレンダー。
どうでも良いものばかり気にしてしまう。
これは世の中の男子高校生は経験しているのだろうか?
僕が特別小心者だからこんな思いをしているのだろうか?
もう自分が何を考えているのか分からなくなってきた……。
僕は部屋の徘徊を止め、ベッドに横になる。
まだ頭は冴えているが精神的に疲れてしまったのだろう。
どんどんと体がダルくなるのを感じる。
このまま寝れるのではないかという所で、手に握っていたスマホが音を立てた。
僕は飛び起きて、ナズナから来た文を読む。
『来週なら良いよ』
手が勝手にガッツポーズを取ると、その勢いで部屋の電気紐に向かってボクシングを挑む。
ぶらぶらと揺れる紐を殴っては振り子のように反撃してくる紐を回避。そしてまた殴る。
こんな姿を他人に見られたらきっと恥ずかしくて死ぬだろう。
そんなこんなで約束を取り付けた僕は意気揚々と返事を返したのだった。
そして時は戻り、フラワーガーデン入口。
隣には以前ショッピングモールに行った時とは違い、カジュアルにデニムのショートパンツにTシャツというシンプルな恰好をしたナズナ。首元には祖母から貰ったという緑の宝石が埋め込まれているネックレスを付けている。
それに比べて僕はチノパンに黒のTシャツというなんとも彼女の隣にいるのが申し訳なくなるものだったが、僕なんかが着飾ってもお笑いにもならないだろう。
人にはそれぞれ相応の恰好というものがあるのだ。
「やっぱり夏休みなだけあって結構混んでるね」
隣にいるナズナはゲートで並んでいる人々を見てそう言う。
ナズナの言う通りゲートには多くの人が並んでおり、国内有数のテーマパークと同じというわけではないが、そこそこの賑わいを見せていた。
「そうだね。あと十分くらいは待つかな? ナズナはここに来たことあるの?」
並んでいるときに時間潰しとして、ナズナの話を振る。
「初めてだよ。あまりこういうと所には来ないし、誘ってくれなかったら来ることも無かったと思う」
「そっか。まぁ、結構遠いしね」
このフラワーガーデンは最寄り駅から三駅の道のりで結構離れている。
都会ならば、三駅というのは徒歩でもいける距離だと思うがここは田舎。
一駅間の距離は相当なものなのだ。
「キミは? 来たことあるの?」
「僕は一回だけかな。小学校の頃に学校の行事で来たんだよね」
僕は小学校の頃の記憶を思い出す。
確か近隣の小学校と合同でこのフラワーガーデンを訪れたのだ。
田舎ということで、行く場所の候補数が少ないのでおそらくこの近辺に住んでいる人はこのフラワーガーデンに一度は来ていることだろう。
「あー、それ楽しそうだね。子供の時にこういう所に来るって結構テンション上がりそう。公園のアップグレード版というか。アスレチックに近い感覚というか」
ナズナは列の前方ではしゃいでいる子供を見てそう言う。
「そうそう。僕はあんまり活発な方では無かったけど楽しかったのを覚えてるよ。ここには遊具とかは無いけど結構広いし、植物の迷路って感じがして」
「確かにそれは楽しそうかも。もしも今子供に戻れたら、走り回りたいもん」
「ナズナは小学校の頃に校外学習とかあったの?」
「んー、あったにはあったけどあまり楽しくは無かったかな。美術館だったし。みんなでおでかけってこと以外は時に記憶に残ってないよ」
ナズナは昔を思い出すように左上を見る。
どうやらナズナにとって校外学習はそこまで思い出深いものでは無いらしく、さらりと話が終わってしまう。
「さて、そろそろだね。今日は誘ってくれてありがとう」
僕達が受付の直前に来るとそうお礼を言ってくれるナズナ。
それだけでも誘って良かったと思えるが、今日はこれからが本番だ。今日は目いっぱい楽しもう。
そう心に決め、僕とナズナはフワラーガーデンに入っていった。
「なんかお祭りみたいだね」
園内に入って一言目。ナズナはいつもよりも高めのテンションでそう言った。
”お祭りみたい”そう表現したナズナ。その理由は簡単で、今日は何かのイベントをやっているらしく、道の両サイドには出店が並んでいたのだ。
たこ焼きや焼きそばといった飲食店は無いが、射的やヨーヨー釣りのお店が出ており沢山の子供が楽しそうに遊んでいる。
「なんかやってみる?」
僕は隣で目を輝かせているナズナを見てそう提案する。
しかし、僕の提案に対してナズナは首を左右に振ると、遊んでいる子供に目を向けた。
「私は空いてからで良いよ。今はあの子達が遊んでるし、私達は先に園内を見て回ろう?」
そう言うとナズナは出店を眺めながら歩き出す。
そして後を追いかける僕。
なんというか、先行するナズナに対して後を追う僕っていう構図にも慣れてきたような気がする。
本来ならば僕がリードするべきなのだろうが、これが僕とナズナの関係であり自然な状態だ。
「えーと、今の時期に咲いているのは、バラとスイレン、あとはノウゼンカズラって花かな?」
数歩先を行くナズナの後ろを歩きながらパンフレットを開く僕。
時期的にこのフラワーガーデンの名物である藤の花を見ることができないが、この時期にも綺麗な花は咲いている。
特にスイレンなんかは日常で見ることは少ないので、鑑賞するにはぴったりなものだと思う。
「それじゃ順に見て行こうか。ほら、行こ?」
後ろを振り向き、早く行こうと急かすナズナ。
たまに見せる無邪気な姿は普段とのギャップもあり、可愛らしく見えてしまうのは仕方のないことだろう。
「う、うん」
少しの緊張と多くの喜び。
そんな矛盾した気持ちの中、僕はナズナの数歩後ろ。いつものポジションに着くと歩き出す。
ナズナの後ろ姿なんて沢山見てきたはずなのに、見るたびに嬉しくなったりするのは一体なんなのだろう。
一緒に居る時ですら非現実的に感じるのは一体なんなのだろう。
ナズナに対する感情が分からない。
彼女は僕と違う。
本来ならば僕と一緒の時間など過ごさないだろう。
たまたまあのあぜ道で会っただけ。
たまたまあのあぜ道で一緒の時間を過ごしただけ。
偶然が偶然を呼んだだけなんだ。
でも、夢を見てしまう。
もしもこのまま……なんて。
でもそんなことはありえないだろう。
彼女と並んでいられるのは彼女が止まっている時だけだ。
それが僕の限界。
一緒の景色を見ることができるのは、彼女が隣に座るあのあぜ道の時だけなんだ。
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