緑のネックレス


 映画を見終わった僕とナズナはロビーで向かい合って座っていた。

 ナズナは泣くことはなかったが、心に来るものがあったようで軽く俯いている。

 ちなみに僕は……。まぁ、案の定泣いてしまった。


 映画の内容は震災の時に別れてしまったペットと飼い主。

 ストーリー自体は至ってシンプルだが、どうにも心に響くものがある。

 話の展開を読めたとしても、感動せずにはいられなかった。



「凄い映画だったね」



 ぽつりと呟くナズナ。

 俯いていて表情を見ることはできないが、恐らく泣く手前の状態だろう。



「そうだね……。ヤバかった……」



 今思い出しても泣きそうだ。

 二人で映画の余韻を噛みしめる。



「それにしても映画館って凄いね。家で見るよりも入り込めたよ。一緒に来てくれてありがとう」



 お礼を言うナズナ。

 なんというかナズナらしくないが、映画で感情が高ぶっているのかもしれない。



「こちらこそだよ。まさか、こんなになっちゃうなんて思ってもみなかったけどね」



 そう言うと、手で涙を拭い立ち上がる。

 まだここに居ても良いとは思うが、流石にずっとロビーにいるというのもどうかと思う。

 それに涙で不足した水分も取りたいし。



「それで、この後どうしようか? 結構良い時間になったけどあらかた回ったよね?」



 僕は自動販売機の場所を目視で確認しながら、ポケットからスマホを取り出し時間を見ると16時を少し回ったところだった。


 今から帰っても、家に着くのは早くても18時になるのか。

 あまり遅くなってもナズナの家に悪いし、そろそろ帰った方が良いかな?

 正直な話、今この瞬間がとても楽しく、もっと遊びたいなんて思ってしまうが、そう我が儘も言ってられない。



「そうだね。ほとんど回ったしそろそろ帰る?」



 スマホをポケットに入れながら、そう言う僕。

 自分で言っておいてなんだが、少し寂しい気持ちになってしまう。



「そうだね~。キミの両親も心配するだろうし、帰ろうか」



 次の行動が決まった僕達は二人並んで歩き出した。

 楽しかったな……。


 僕は今日のあった出来事を思い返しながら、隣を歩いているナズナを見る。

 すると視線を感じたのだろう。ナズナと目があった。



「どうしたの?」



「いや、今日は楽しかったなって」



 目を合わせるのが苦手な僕は顔を逸らす。

 


「そうだね~。私も楽しかったよ。ありがとう」



 顔を逸らしているのでしっかりと顔を見ているわけではないのだが、ナズナがいつもの笑みを浮かべているのが分かる。

 ナズナと出会ってそこまで時間が経過したわけではないが、こういう時ナズナはどんな表情をしているのかくらいは分かるようになった。

 まだまだ知らないことはいっぱいあるけど、これから知っていければ良いな。


 そんなことを考えながら、僕は隣で並んで歩くナズナの気配を感じながら帰宅路に着いた。



 

「やっと着いたね」



 一歩先に電車を降りたナズナは背伸びをしながらそう口にすると改札口の方に歩いて行く。

 たった一駅の移動だったのだが、混雑している電車というのは時間に関係無く疲労感を感じるものだ。


 それに電車が来るまで人が多くいるホームで待っているというのも、この疲労を助長していた。

 流石にこの時間に一時間に一本はしんどいものがあるよ……。



 そんなこんなでやっと最寄り駅に着いた僕達。

 無人の改札にICカードを押し付けて改札を出ると、そこにはタクシーすら待機していない見慣れた駅のロータリー。せめてコンビニの一軒もあればと思うのだが、残念なことに出迎えてくれるのは無駄に数が多い自動販売機だけだ。


 僕は先行するナズナの後をトボトボと付いて行く。

 向かっているのは、あのあぜ道がある方向。


 ナズナがどこに住んでいるのか分からないが、彼女は多くの時間をあぜ道で過ごしているということから多分あぜ道の近くに住んでいるのだろうと勝手に予想しての行動だ。

 


「それにしても暑いね~」



 言葉に合わせてパタパタと胸元を仰ぐとナズナ。

 もうちょっと恥じらいというか、慎みを持って欲しい……。


 できるだけ凝視しないようにすると、キラリと光るものが僕の目に入った。

 僕は目を細めて、その光りの根源を探すと、それは今日ナズナが付けていたネックレス。

 緑色の宝石のようなものが埋め込まれているもので、それが夕日に反射して輝きを放っている。



「今日の朝も思ったことだけど、そのネックレス綺麗だね」



「これ?」



 ナズナは僕の方を振り向くと、ネックレスをつまむようにして僕に見せてくる。



「うん。あんまりアクセサリーとか分からないけど、綺麗だなって」



「そう? ありがとう。普段から付けてるんだけど、こうして面と向かって褒められたのは初めて。これは祖母から貰ったんだよね」



 そう言って、ナズナはネックレスをギュッと握り締める。

 彼女とは多くの会話を交わしてきたつもりだったが、ナズナから身内の話しを聞くのは初めてだ。

 自分のことをほとんど語らない彼女だが、今の様子からナズナにとってそのネックレスは大切なものなんだと分かる。



「大切なものなんだね」



 僕が率直に思ったことを言うとナズナは少し恥ずかしそうにしながらも頷く。



「……そうだね。まぁ、祖母、祖父とは普段会えないし、せめて貰い物だけでも大切にしなきゃってね」



 ナズナはそう言うと、またあぜ道の方を向くと僕を置いて歩き出す。

 後ろから見るナズナの耳は赤くなっている(ように見える)ことからどうやら照れ臭かったようで、いつもよりも数段早いペースで足を進めている。

 普段の隙の無い様子からは想像もできない姿だ。

 

 僕は早歩きで先に行くナズナの後を穏やかで温かい気持ちになりながら追うのだった。


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