初めての映画館
さて、映画館に来てみたのは良いけどどうしよう……。
僕は映画館の入口にある公開している映画の時刻表を見る。
知っているものがない……。
上映されているのは洋画のアクション、動物が主体の感動もの、有名だと思われる俳優が出ている恋愛小説が原作の映画、そしてポスターをパッと見るだけで怖いものだと分かってしまうホラー映画。
さて。
隣で僕同様に時刻表を見ているナズナに目を向ける。
すると僕の視線に気付いたのだろう。ナズナはこちらを見て、困っているような表情を浮かべた。
「うーん。キミは何か見たいものある?」
ナズナの表情。そして声からして彼女も僕同様に、知っている作品が無かったのだろう。
そもそも映画館の経験が浅い二人だ。こうなることは明白だ。
「僕は特に無いかな……。というか、知ってるものがない」
「私も……。どうしよっか?」
先ほどまで映画館の中を興味深く眺めていたナズナ。
それはまるで子供のように、これから経験することに対して胸を弾ませていたことだろう。
しかし今のナズナは困惑によってその感情が消えているように感じる。
これは僕がなんとかしないと。
「そうだな〜。これなんてどうかな?」
僕は動物が主体の映画を勧めることにした。
アクションは女性向けではないし、恋愛もなんだか恥ずかしい。ホラーは単純に僕が怖い。
消去法で残るは誰でも見れるであろう動物もの。どうやら犬の話らしく、飼い主と離れ離れになってしまうというストーリーのようだ。
「良いんじゃないかな? 私でも楽しめそう」
ナズナはまじまじとポスターをまじまじと見ている。
こういう彼女は新鮮だ。普段はどちらかというとクールな印象を受けることが多いが、今はただただ可愛らしい女の子だ。
「それじゃあ決定で良い?」
「私はいいよ。楽しみだね!」
そう言うと、ナズナは満面の笑みを見せてくれる。
心臓がキュっと音を立てたのは分かったが、表に出すと何を言われるか分からない。
僕はできるだけナズナから顔を逸らし、チケット売り場へと歩き出すことにした。
チケットとドリンク、そして映画の定番であるポップコーンを購入して、映画のロビーから施設内に入る。
今まで映画に興味が無かった僕だが、この映画館の独特の雰囲気に呑まれたのだろう。自分でも驚くほどワクワクしている。
例えるならば、非日常を味わっている感覚だ。
そしてそれはきっとナズナも同じで、先ほどから周りを見渡しては「わぁ~」と小さく声を上げていた。
少し薄暗いので表情までは読み取ることができないのだが、彼女は彼女で楽しみにしているように見える。
「映画館の中ってこんな感じなんだね。なんか緊張する」
と弾みながらも小さな声で囁く。
ここまでテンションの高いナズナを見るのは初めてだ。
普段の余裕を持っている感じとは違う姿に少しドキドキとしてしまうがそこを何とか隠し、僕はナズナと共に上映される部屋へと向かうと、既に席が半分ほど埋まっている状況だった。
日曜日ということでそこそこの人がいるのだが、予想していた数よりも少ない。
恐らくだが、人気俳優が出ている恋愛ものの方に人が集まっているのだろう。
僕とナズナはチケットを見て、指定された席に向かうと二人並んで席に座ると、隣に座るナズナから小さな声で質問される。
「ねぇ、飲み物はどこに置けば良いのかな?」
僕がナズナの声で、隣を見るとドリンクとポップコーンで両手がふさがった状態で困り顔を浮かべていた。
これは映画館あるあるだ。
映画館にある椅子はつながっていて両脇にドリンクフォルダーが設置されている。
端っこの席ならば特に気にすることはないのだが、両隣に他の人が座っている場合は配慮が必要で、どちら側を使うか迷ってしまうことが多い。
ちなみにこれは昔テレビで見たことなのだが、右利きが多いという理由で海外ではドリンクホルダーは自分から見て右側を使うことがルールとして明記されているらしい。
日本では特に明記されているわけでも何かルールがあるわけでもないが、もし迷ったのならば右側を使うと良いだろう。
僕はどちらに置けば良いのか迷っているナズナに対し置く場所のレクチャーをすると「なるほど」と興味津々な様子で聞き入れ、ドリンクを右側に置いた。
「映画楽しみだね」
スマホの電源を落としていると、隣からナズナが話しかけてくる。
気持ち、声が高揚しているのは勘違いではないだろう。
「そうだね。映画なんて久しぶりだし、今から見るやつも面白そうだよ」
「犬の物語だよね? 感動系って書いてあったけど」
そう言いながらナズナは映画館においてあったチラシを見る。
チラシには一匹の犬が走っているところが収められていて、大きく感動の物語とフォントされていた。
ネタバレを警戒して、ネットの評価は見ていないが、これは中々に気を付けないと涙を流しかねないかもしれない。
「たぶんそうだね。動物系の感動ものって結構破壊力が凄いんだよね……」
僕は過去に見た同系統の映画を思い出す。
あれは狐の話しだったけど、ずいぶんと泣いてちゃったんだよね……。
「確かに。私も前に見たやつは感動したかも。これは気張らないと危ないかもね」
そうこう話しているうちに、照明が消えて暗転した。
どうやら上映の時間が近いようだ。
チラリと隣を見るとナズナは暗転し雰囲気の変わった館内を、驚いたように見渡していた。
本当に印象が変わるな。
僕はナズナの新しい顔を見届けると、正面を向き映画に備える。
せめて泣いているところをナズナに見られないように頑張ろう。
そう心に決め、僕はスクリーンに向かい合った。
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