ナズナからのお誘い


 食事を終えた僕達は通路に備え付けられているソファーに座り、自動販売機で買ったお茶をお供に、一息ついていた。


隣に座るナズナは「満足、満足」と食事、そして僕をおもちゃにして楽しんだというダブルミーニング的な意味合いが孕まれていそうなことを言いながら、足を組みリラックスしてる。

 そんな素の状態を晒すナズナを見て、僕自身とてもドキドキするわけなのだが、これを表に出したらすぐにおもちゃにされてしまうのでバレないように顔を背ける。



「ねぇ、このあとどうしようか? まだ帰るには早いよね?」



 ペットボトルのキャップを閉めながらナズナが聞いてくる。

 僕はスマホを取り出し時間を確認すると、まだ午後一時を指していた。

 結構遊んだ気がするけど、そんなものなのか。



「んー。ナズナはどこか見たいところとかある?」



 情けないことだとは思うが僕の立てた予定は既に崩壊、いや見通しが甘かったせいで行き当たりばったりになってしまっている。

 そして僕のアドリブ力は最低ランク。だから僕にできることはナズナの意見に対して肯定することしかできないのだ。

 流石に笑えない。 



「そうだね~、私は行きたいところは回ったかな。キミは?」



「僕は特にないかな」



「じゃあさ、適当に散策しながら次の行き先を決めようよ。食後の運動も兼ねて、ね?」



 ナズナはそう言うと立ち上がり、移動する準備を始めた。

 彼女のこういう素早い行動には尊敬の念を覚えてしまう。



「そうだね。何か見てるうちに面白そうなものとか見つかるかもしれないし」



「決まりだね。それじゃ、まずはこっちかな」



 ナズナは僕を先導するように歩き出す。

 こういう時にさり気なくリードできるのが理想なのだろうが、僕にそんな甲斐性はないので、素直にあひるのひな鳥よろしく付いて行くとする。



「それにしても本当に人が多いね」



 周りを見渡しながらそう言うナズナ。

 田舎町育ちの人からしたらこの人込みは見慣れないのだろう。

 僕自身もこんな人込みを見たのは花火大会の時くらいだからナズナがそう思うのは納得だ。



「そうだね。日曜だしここら辺で遊べるところはここしかないからね」



「それもそっか。映画を見に来る時もここなの?」



 半歩先にいるナズナは僕の方に振り向きながら、質問を投げかけてくる。


 

「だいたいはここかな? あとは隣の市にあるモールにも一個あった気がする」



「へぇ。そうなんだ。って言っても私、映画館行ったことないから聞いたところでって感じなんだけどね」



 そう言いながら、頬を掻くナズナ。

 それにしても意外だ。ナズナの容姿、そして性格を見ると学校の友達と行ってそうなものだけど、映画館に行ったこと無いなんて……。

 改めて思うけどナズナのこと何も知らないな……。



「キミは映画館結構行くの?」



 僕が少しの沈黙を作るとナズナはそう聞いてくる。

 流石に思考までは読まれていないっぽいが、こういう考え出すと黙ってしまう悪癖は治さないといけない。



「僕もほとんど行ったことないよ。最後に行ったのは中学の時に家族とかな」



「そ、か。まぁ、そんなものだよね」



 そう言ったナズナは、急に足を止めると半身だった体を僕の正面に持ってくると、一歩踏み出し、僕の方に近づく。

 パッションフルーツの爽やかで優しい香りが僕の鼻孔をつくと同時に心臓が高鳴るのが分かった。

 以前、恋愛を題材とした漫画で心臓の音が聞こえてしまいそう。なんて場面を見たが、まさかその当事者になってしまうとは思いもしなかった。

 これ、本当に聞こえないよね?



「ねぇ」



 ナズナの声に僕の体が跳ねる。

 周りには多くの人が往来しているのにも関わらず、その存在、そして雑音は消え、ナズナと二人きりなのではないかという錯覚を起こしてしまうほどに、今の状況に集中してしまう。



「な、なに?」



「これから映画見ない?」



「へ?」



 ナズナの唐突な誘いに言葉を無くす僕。

 それもそのはずで、ナズナが出す雰囲気はいつも通りで、言ってしまえば少子抜けしたようなものだったから。

 勝手にドキドキしたのは僕だけど、何か釈然としない。



「だから映画だよ。私は見たことないし、キミだってほとんど見たことないんでしょ? せっかくの機会なんだし、それに前から少し興味あったんだ」



「そ、そっか……」



 先ほどまで気張っていた分、一気に力が抜けてしまう。

 頭も回ってないし、話しも入ってこない。



「えっと……。キミは映画、そんなに興味ない?」



 僕の様子を見て、あまり気乗りしていないと思ったのだろう。ナズナの声のトーンが落ちるのが分かった。

 これ以上はダメだ。

 僕はフっと息を短く吹くと、通常運行に切り替えた。



「そんなことないよ。ナズナが良ければ行こうか」



「……無理してない?」



 少し遠慮しているオーラを感じる。

 なんてことをしてしまったんだ……。

 僕はできるだけ笑顔を作ることを心がけてナズナと向き合う。



「無理なんてしてないよ。映画行こう!」



 僕はそう言うと、映画館の方へ歩き出す。

 ここまで言わせたんだ。ここは僕が先導するべきだろう。



「う、うん。ありがとう」



 ナズナは小走りで僕の隣に並ぶと、二人で映画館へと向かった。


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