呪文破棄からのブラックコーヒー
バスに揺られること20分。
僕とナズナは目的地であるショッピングモールへと到着した。
この場所はナズナと相談して決めた場所で、食事から買い物、さらには映画なんかの娯楽施設もあるモールだ。
地元で遊ぶとなると多くの場合はこのモールが選ばれることが多い。
僕達学生でも楽しめるし、道路を挟んでアウトレットがあるので幅広い年齢層の人達が遊びに来るのだ。
人が多く行き来する入口から入り、まずはと言った感じで近くのカフェに入る。
一人で来るのであれば、そんなところには行かないが今日は特別だ。
僕は見慣れないメニューと睨めっこして四苦八苦の末、シンプルにブラックコーヒーを注文。
ナズナは僕が注文を終えるのを見届けると慣れた様子で、メニューをさらりと確認し、それからはすらすらと呪文のような言葉を詠した。
正直何を言っているのか理解できない……。
二人して注文したものを受け取り、店内でゆっくりするかテイクアウトするかで相談し、結局店内で少しのんびりすることにした。
「キミは普段こういうところには来ないの?」
ナズナはあの呪文詠唱の末に手に入れた、なんともまぁハイカラな飲み物を飲みながら聞いてくる。
生クリームが山のように積まれているのを見るだけで、同じ店で注文したものかと不思議に思ってしまうほどのものだ。
一瞬、見栄を張ろうかと思ったが、先ほど注文するところを見られているので、素直に返答する。
「いや、久しぶ……初めて来たよ」
「そっか。まぁ、田舎だと少ないよね。一駅でも、こことあっちではずいぶんと違うみたいだし」
くるくるとストローを回しながら話すナズナ。
見れば見るほどこのカフェの雰囲気に馴染んでいる。
容姿もそうだが、きっと心の余裕が表れているのだろう。
「ナズナは結構こういうお店には来るの?」
僕はナズナの慣れた様子に疑問を持った僕はナズナに質問する。
明らかに堅気ではないと思ったから。
「いや、私も久しぶりかな。ずいぶんと来てなかったんだよね」
「そうなの? それにしては行き慣れてるって思ったけど」
「そんなことは……。いや、キミに比べれば……、そうかもね」
先ほど見た僕の注文の様子を思い出しているのだろう。
ニヤニヤと笑い出す。
僕はムっとする。
僕だって好きで来なかったわけではない。
たまたま来る機会がなかっただけだ。
「……うるさいな」
僕ができる限りの抵抗として、一言だけ反論する。
いや、反論と言うには弱いものだが、下手に変なことを言うとさらに追撃をくらうので、僕にできる唯一の抵抗として文句を言った。
すると、ナズナは僕の方を優しい笑みで見る。
それはまるで反抗する子供に対して柔らかく諭す母親のような……。そんな母性たっぷりの表情で謝罪した。
「ごめん、ごめん。ついキミが可愛くてね。ほら、キミって分かりやすいし、素直なんだもん。イジりたくもなるよ」
ナズナの言葉に僕はそっぽを向く。
僕だって同級生でしかも男だ。
近年男が女々しくなっているなんて言われているが、それは僕には当てはまる訳がない。
「ふふ。そうだ。お姉さんがお菓子を買ってあげようか?」
ナズナは僕の様子に機嫌を良くしたのだろう。
満面の笑みで、本当に楽しそうにおちょくってくる。
こういうときのナズナはまともに取り合ってはいけない。
これまでの時間が導き出した経験から僕は無言を貫く。
「そうきたか……。まぁいいや。次はどうしよっか? まだお昼には早いし、どこか見たいところある?」
まったく調子の良いことだ。
しかし、ここでまだ不機嫌な状態を続けてもしょうがない。
僕はフっと一つ呼吸をすると、前に来た時の記憶をもとに、次に行くところを考える。
「そうだね。とりあえずって感じで二階を見て回っても良いかも。二階には色々なお店が入ってるし、ウインドウショッピングするには丁度良いと思う」
「へぇー。そうなんだ。それじゃもう少しゆっくりしたら二階に行こうか」
次の予定を決めた僕とナズナはその後、あのあぜ道にいるときのように中身の薄い世間話をしながらゆっくりと時間を過ごしたのだった。
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