ナズナの新しい一面
「あ~。これはダメ人間になれる自信あるわ」
数多くの人が往来するショッピングモール二階で、優れた容姿の女の子が一人。
人をダメにするソファーでお馴染みのビーズソファーに身を委ねていた。
体をソファーにうずめ、完全に力を抜いて横たわっている姿は、なんと言うか男の子の夢を壊してしまうほどのインパクトがある。
「キミも座ってみなよ」
ポンポンとソファーを叩くナズナ。
僕はナズナに倣う様に、ソファーに座ると、訪れるのは包まれるような感覚。
これは人気になる理由が分かる。
僕は完全に力を抜き、体を預けるとそれに答えるように沈んでいく。
「これはダメだね」
ナズナの方を見ることなく、言葉を発する。
ダメ人間の出来上がりだ。
「だよね~」
僕達の周りには多くの人が往来しているのだが、そんなことに構うことなくビーズソファーの癒しを享受する。
「あー、これは本当にヤバい! ほら、そろそろ次に行こう」
ナズナはバッと立ち上がると、首をくるくると回す。
僕もそろそろ起きないと危ない……。
「よし! 次は――」
僕もナズナと同様に立ち上がると、二階全体を見渡すようにして、次の行き先を考える。
雑貨屋、服屋、駄菓子屋。沢山のお店がある。
さて、どうしよう……。
普段こういうところで遊ばないし、なによりも女の子と二人なんて経験がない僕はこの次の行動が分からない。
多分、こういうことになれている人はさっくと決めるんだろうな。
「ふふ。ねぇ、私あそこ行きたいかな」
ナズナは僕が迷っているのを察してか、駄菓子屋を指差しそしてエスコートするように先頭を歩き出した。
顔が熱い……。
しかし、僕がテンパっている中ナズナから提案してくれることは大変助かることは確かだ。
僕は小さくナズナの言葉に頷くと歩き出す。
「キミは結構お菓子って食べるの?」
歩きながら質問を投げかけてくるナズナ。
「僕はあんまりかな。たまに親が買ってきたものを食べるくらい」
「ふーん。そっか。私はあんまり食べたことなかったんだよね。だからかな? 高校生になってから結構食べるようになったんだ。ほら、良くある話しじゃない? 抑制されたものから開放されたとき、過剰に摂取しちゃうって」
そう言って、笑うナズナ。
「ダイエットのリバウンドみたいなものかな?」
「そうそう。こんな味だったんだ~。とかもう食べて良いんだ。とか色々と理由を付けては沢山食べちゃうんだよね。このままだと数年後には凄いことになりそう」
お腹を擦りながら、言うナズナ。
苦笑いの僕。
これは弄って良いものなのだろうか?
異性にシビアな話しをすると怒られると、じいちゃんが言っていたし、じいちゃんがばあちゃんにお叱りを受けているのを実際に見てきた……。
ここは口を出さない方が懸命だろう。
「なんてね。私だって女の子だから食べる量とか調整してるし、食べた後は運動してるから多分大丈夫。現に今だってさっきカフェで飲んだ分動いているし」
ナズナは少しペースを上げて歩き出す。
「さっきまでダメ人間になってたけどね」
先程、ナズナがビーズソファーに身を預けていたシーンを思い返す僕。
あれは、人としてダメな状態だった。
「う、うるさいな。あれは例外。それにキミだって同罪だから」
振り向き少し早口でそんなことを言う。
そしてそれと同時に駄菓子屋に到着した僕とナズナは沢山の駄菓子が陳列された店内に入っていくと、その光景に「おぉー」と小さく漏らす。
お店の外観、そして内装は昔ながらの駄菓子屋さんをイメージしているのだろう。
他のお店と違って古びた木材のようなもので枠組みされており、ショッピングモールの中にマトリョシカのような形で、そのお店は佇んでいた。
その外見にもびっくりだが、何よりも驚くべきなのは駄菓子の種類。
僕の世代も知っているようなお菓子から、親の世代すら知らないかもしれない昔のお菓子も並べられていた。
今まで何回もこのショッピングモールには来ていたが、こんな感じになっていることは知らなかった。
「あー、これ懐かしい!」
僕が店内を見渡していると、ナズナは一つのお菓子を持って歓喜の声を上げる。
手には僕の知らない米菓。
お店でも家でも見たことがないそのお菓子のパッケージは古いという印象を抱かせるデザインをしている。
「そのお菓子好きなの?」
僕が質問すると、ナズナはそのお菓子を見せつけるように突きつけながら優しい笑みを浮かべる。
「うん。ずいぶんと見てなかったけど、これは好きなんだ。キミは知ってる? このおせんべい凄い美味しんだよ」
ナズナは目をキラキラと輝かせながら、お店の端っこに積まれていた小さな籠にその駄菓子を入れる。
ここまで感情豊かな様子のナズナを見るのは初めてだ。
普段のナズナは感情を殺しているという訳ではないが、基本的にはドライな印象を受けることが多い。
だからこんなお菓子一つでここまでテンションを上げているというのは意外という一言だ。
ナズナは案外庶民派なのかもしれない。
ウキウキしながら駄菓子を手に取り、吟味しては籠に入れて行く。
「あ、これ! これ美味しいんだよね! キミは何か買わないの?」
「そうだね。僕も何か買おうかな」
僕もナズナに倣い、籠を持つとお菓子を探し始める。
本当に色々な種類があるな。
僕が見たことがあるお菓子から、聞いたことすらないお菓子まで、多くの種類があった。
とりあえずと言った形で、知っているお菓子を入れていく。
その間にも、ナズナが持っている籠の中には多くのお菓子が入れられて……。いや積まれていた。
僕も続かないと置いていかれちゃうな。
それから少しの間、僕とナズナはお互いにほとんど無言の状態でお菓子を籠に入れていたのだった。
「いやー、沢山買ったね」
ホクホクとした表情を浮かべながら、満足気に歩くナズナ。
手には駄菓子をこれでもかと詰め込んだ袋。
お互いに買い過ぎた感は否めないが、ナズナは楽しそうにしていたし、僕自身も楽しかったので結果的には満足のいく買い物だった。
僕は自分が買った駄菓子の数々を見る。
知っているお菓子から、ナズナおすすめのお菓子、そして明らかに怪しい色が見え隠れしているお菓子。
食べるのが楽しみだけど、ちょっと買い過ぎたかもしれない。
「そうだね。ちょっと調子乗り過ぎたかもしれないけど」
「確かにそうかも。でもこれだけ買っても安いって良いと思わない? それにさ、駄菓子の箱って基本的に大きいから値段以上に満足感があると思うんだよね」
ナズナが買ったお菓子の袋を抱きしめる。
新たな発見。ナズナはお菓子……。いや駄菓子が好きみたいだ。
店の様子を見てもそうだし、今のナズナを見ても確定だろう。
次にあぜ道に行ったときにおみやげとして持って行っても良いかもしれない。
「さて、次はどこに行こうか。キミはどこか行きたいところある?」
先導するように歩いていたナズナは振り向くと、質問をしてくる。
「うーん。まだお昼には時間あるよね……」
ポケットからスマホを取り出し時間を確認するとまだお昼には早い時間だ。
辺りを見渡しながら次の行き先を考える。
昨日の時点で色々と考えていたが、実際に来て見ると僕の予定はずさんだったと思う。
僕の予定ではカフェ行って、お昼まで”適当”に時間を潰すことだった。
なんだよ適当って……。
流石にもっとしっかりとスケジュールを組めば良かったと後悔しながらうんうんと一人悩んでしまう僕。
そしてそんな僕の様子を見て、ナズナは小さく笑ってこう言った。
「ねぇ、まだ時間があるんだったら、私に付き合ってもらっても良い?」
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