暴走列車は約束を


 やらかしてしまった……。

 本日二度目の失態に伴い、本日二度目の静寂が訪れる。


 やってしまった僕だけではなく、言われた側のナズナですらも動きを止め固まってしまった。


 どうして僕は学習しないんだ……。



 先ほどまで僕の体は血の気が引いていたはずだったのだが、今は逆に血という血が沸き立つのを感じる。


 顔が熱い……。



 僕は恥ずかしくなり、ナズナから視線を外し、遠くに見える山を眺めた。

もうそれしかできない……。


 ナズナから視線を外すこと数秒。

 この静寂を壊したのはまたしても、ナズナの笑い声だった。

 先ほどと違うのは”いつも通り”の笑い声ということ。



「まったくキミは……。そうだね。キミが行きたいなら……。行こうか、遊びに」



 いつものように僕をおちょくるときに浮かべる笑顔。

 普段ならばムっとするところではあるのだが、今は何故か安心してしまう。

 

 ナズナと遊びに行くことができる。

 僕はその事実に浮かれ、そして喜んだのだった。





『遊びに行く予定だけど、今週の土曜日で大丈夫かな?』



 僕は自室の勉強机で教科書を開きながら、アドレス帳に今日追加されたナズナの名前。そして送信済みのメールボックスにあるメッセージを眺める。

 送ったのは三十分ほど前で、そろそろ返事が来てもおかしくない時間だ。


 勉強する訳でもなく、ただ携帯に注意を向ける。

 頑張って内容を決めたのは良いけど、返事が来ない時間というのは中々にしんどいものがあるな……。


 浮かれた気持ちのまま、僕は永遠とナズナからの返信を待つ。


 

 開かれたままの教科書を軽く読み流しながら、まだか、まだかと待つこと二時間。


 もう夜中とも言える時間に、ナズナからのメールが届いた。



『返事遅くなってごめん。大丈夫だよ。明日はあぜ道に来るの?』



 なんともナズナらしい文章だ。

 絵文字を使う訳でもなく、ただ用事を伝えるだけ。

 しかし、そんな業務的な内容でも僕の心は満たされるのだから、異性とメールをするという行為は凄いものだと思う。


 今まで女の子とこうして連絡を取り合うことがなかった僕は余計に舞い上がってしまう。

 僕は手早く返事を書き込むと、最速で返信した。



『分かったよ! それじゃ土曜日に行こうか。明日は委員会があるから行けるか分からない。明後日は行こうかなって思ってるよ』



 僕はスマホの電源を落とすと、上がった気持ちを抑えるように天井を仰ぎ見る。


 ナズナと会ってからというもの、部屋の天井を見る回数が増えた気がするな。



 あのあぜ道に行くようになってから僕の生活は少しだけ変わった。

 何もかもが変わった訳ではないけど少しだけ。そう、少しだけ変化したんだ。


 家や学校。生活を送る基礎は何も変わっていない。だけど何か一つ生活に変化があれば習慣、そして心は変わるんだ。



 実際僕は、緩急がない極めてシンプルで退屈な日常を送っていた。

 それは学校生活が充実していない僕だけなのかもしれないけど、あのあぜ道。そしてナズナと会ってからは毎日に色がついたように楽しい。


 ナズナと出会う前の僕だったら、誰かのことを天井を眺めながら考えるなんてことはしなかっただろう。



 僕はそんなことを考えながら、寝床の準備をして眠りについたのだった。

 


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