勇気と涙とお誘いと


 僕の言葉で、あぜ道一帯に静寂が走った。


 まぁ、もともと静かな場所なので、僕かナズナかのどちらかが喋らなければ基本的には静寂な場所なのだが、今の状況を正しく説明するとしたら”静寂”これが表現として正しいだろう。

 お互いの時間が止まる。

 もっとスマートに誘うことができただろう! 


 頭の中は勢いで言ってしまった後悔と、羞恥心でいっぱいになっていた。

 それもそのはずで、ここに来るまでに色々な誘い文句を考えていたのだ。


 しかしどうだろう? 蓋を開ければたった一言。

 しかも余裕もなければ、気の利いた言葉もない。


 やらかした……。


 意識した訳でもなく、ただ俯いてしまう。



「ふふ。ははは!」



 静寂から一転、あぜ道にはナズナの笑い声が鳴り響いた。

 その笑い声はここ一か月で何回も聞いたもの。

 いつもと違うのは普段の笑い声よりも大きく、そして低い笑い方をしているということだ。


 おちょくられるっ!

 僕はナズナからの口撃に備えた。

 ダサいと言われるのか。それとも僕の必死さをバカにするのか。


 色々なイジリ方を想像しては血の気が引いていくのが分かった。


 ナズナの笑い声が落ち着いてくる。

 ああ、なんてことをしてしまったんだ……。


 僕の視線がいよいよ自分の胸元まで下がって来た頃、ナズナは笑うのをやめて言葉を返す。僕の予想に反して優しく、そして少しの申し訳なさが見え隠れする声色で。

 


「やっぱりキミは優しいね……。昨日、私の様子がおかしかったから誘ってくれたんでしょ?」



 視線を上げてナズナを見る。

 すると、昨日と同様に涙をこぼしていた。

 しかしその涙は昨日の理由とは違うように見える。



「え?」



 思考が完全に止まる。

 何から何まで予想外だ……。



「ごめんね。私のせいで色々と……。本当にごめんなさい」



 丁寧に頭を下げるナズナ。



「え、いや。え?」



 どうなっているんだ?

 理解の範疇を超え、フリーズする僕。

 そしてそんなうろたえた僕を見て、また小さく笑うナズナ。



「本当にキミは優しいね。本当、私とは正反対だよ……。私なんて……」



 良く分からないことを言うナズナ。

 私とは正反対? そんな訳ない。

 自分を自虐する彼女を見て、何故か分からないが、頭に血が上る感情を覚えた僕は思っていることを勢いそのまま口にした。



「そんなことない! ナズナは優しいよ! 僕なんかと話してくれるし、話しも聞いてくれるし、それにーー」



 僕の必死の訴えに、またナズナは目に涙を溜める。

 大きな声を出しちゃった……?


 僕は自分の行動を省みて、慌てて謝罪する。

 するとナズナは小さく笑みを浮かべる。そして笑みの形と同様に、小さな声でポツリとつぶやいた。



「そういうところだよ。やっぱりキミは優しいね」



 僕の目をしっかりと見て、そんなことを言うナズナ。

 いよいよ状況が分からなくなってきた……。色々ありすぎて、頭の処理が追いついていない……。

 でも、これだけは聞かなきゃ。そう思い僕はナズナに返事を催促する。

  


「えーと、それで……」

 


 僕の質問に少しの時間を置いたナズナはゆっくりと深呼吸するように息を吸う。

 そして口を開いた。 



「うん。気持ちは嬉しいよ。でも――ごめん」



 頭が真っ白になった。



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