僕とナズナは世間話をする
二人の食事会が終わり、僕たちは食後の余韻を田んぼ、そしてあのあぜ道を見ながら過ごしていた。
まだ暑さが残っているが、コンビニに出たときよりも涼しくなってきて、何もしなくても汗をかくということは無くなっている。
ナズナも同じことを思っていたのだろうか。すっと立ち上がり風を体で感じようと手を広げ胸を張る姿勢を取った。
まだ夕方とは言えない時間だが、それでも午後と言える時間。
部活動を終えたと思われる学生の軍団が自転車をこいでいるのが遠くに見えた。
「キミは何か部活しないの?」
ふと、ナズナがそんなことを聞いてくる。
「いや、何もしないかな。中学の頃はサッカーをやっていたけど、辞めちゃった」
「そうなんだ。まぁ、高校で部活をしてるって人も少ないかもね。私も同じかな。運動は好きだけど、部活に入ってまではって感じ」
ナズナはそう言いながら、また僕の隣に腰を掛ける。
ふわっと洗剤のような匂いが僕の鼻孔に着く。
パッションフルーツのような爽やかでありながら、甘い香り。
下手な香水よりも破壊力があるそれは、僕の心拍数を上げるには十分だったが、それを表に出すとまたバカにされる。そう思った僕は何も不思議なことはないと言った感じで無を装った。
「そっか。ナズナは部活、何をしてたの?」
完全なる自然体。今の僕ならばきっとポーカーが強いだろう。
しかし、そんな僕の自信を打ち砕くようにナズナは僕の顔を見て噴き出すようにして笑った。
「え!? 何? 急にどうしたの?」
「何が?」
無だ。無を演出するんだ。
「いや……。まぁいいや。それで部活ね。私はバスケ部だったよ。ほら、私って女性にしては結構身長高いでしょ? だから友達に誘われてね。これでも結構上手かったんだよ」
僕の自然体で上手く誤魔化せていたかは置いといて、僕の内心を透かされた訳ではないという事実に安堵する。
もし読まれたとすれば、挙動不審どころでは済まなかっただろう。
それにしてもバスケ。
なるほど、そう言われればなんとなくそんな感じがしてくる。
「そうなんだ。なんかそれっぽいね」
「でしょ。バスケかバレーかで迷ってバスケにしたんだ。バレーも悪くはないけど、競技の特性上、手が痛くなるし、私のいた中学校ってバレー部が全国大会にも出てるほど強かったんだよね。そんな中で中学から始めるって結構難易度高いなって」
手をひらひらと仰ぎながらそう言うナズナ。
確かに言わんとすることは分かる。全国大会に出ている部活に初心者が入るのは色々と大変だろう。
それにしてもこの辺の中学校でそんな強豪の部活があるなんて知らなかった。
僕のいた中学校ではどの部活でも万年地区予選敗退だったし、近くの中学も全国大会に出ているなんて話は聞かない。
強いて言うならば、隣町にある学校だが、それもずいぶんと昔のことだったはずだ。
でも、ここでナズナは嘘をつく理由もないし、僕が知らないだけだろう。
僕はそんな疑問を頭から追いやった。
「そっか。まぁ、僕も同じ境遇だったらバスケ部に入るかもしれない」
「そうだよね~。それに私、スポーツ観戦とか結構好きで、深夜にやってるNBAとか結構見てたんだ。それでやってみようかなって。キミは? どうしてサッカーをやってたの?」
「僕は父親に勧められたからかな。父親がサッカーが好きで、小学校からやってたんだ」
そう。お父さんは大のサッカー好きで、昔から僕にサッカーをやらせていた。
高校入学の時にも、僕にサッカー部に入るように何度も勧めてきたし、なんなら今でもサッカーをやれと言ってくることもあるくらいだ。
「親の影響って大きいよね……。キミは家族と仲良いの?」
ナズナは視線を田んぼ、あぜ道、そして住宅地を順に見ながら聞いてくる。
僕もナズナに倣い視線を送ると、住宅地には保育園児が先生の後に列を組みながら散歩をしているのが見えた。
ピッピッと笛を吹きながら牽引する先生。そしてそれにはしゃぎながらも着いていく園児たち。
なんともまぁ、平和な景色だ。
僕はそんなアヒルの行進のような風景を見ながら、ナズナに返答する。
「普通だと思う。一緒にご飯を食べに行くことはあるけど、遊びに行くことはないって感じかな。中学の頃は年に一度旅行に行ったり、春には花見したりはしてたけど、高校に入ってからはそういうのも無くなって、今じゃ僕を置いて両親二人で遊びに行っちゃうよ」
「仲良いんだね。高校生で両親と食事なんて結構珍しいんじゃない?」
視線を動かすことなくそう言うナズナ。
確かに珍しいかもしれない。
普通の高校生ならば思春期真っ盛りな訳だし、反抗期になっている人もいるくらいだ。
僕の場合は両親がしつこく僕に絡んでくるし、僕が反抗でもしようものなら、イジけモードに入ってしまう。
自分で言うのもアレだが、両親は僕のことを大切にしてくれている。
しかしそれをナズナに見せるのは気恥ずかしいものがあるので、それを隠すように言葉を発する。
「そうなのかな? まぁ、そんな良いものでもないよ」
「そんなことないよ。旅行に行ったり、花見したりなんて仲が良くなきゃしないし、素敵なことだと思うよ。少なくとも私はずいぶんと行ってないかな。中学の時なんかは部活でいっぱいいっぱいだったし」
そう言うナズナは何かを思い返しているような表情をする。
それに対して、僕はなんて返事しようか悩んでいると、ナズナは表情を切り替えると住宅地の園児たちから視線を僕に移した。
「キミが優しいのは両親の影響が大きいのかな? ほら、今だって私を元気付けようとしているでしょ?」
何度も見てきた僕をおちょくるときに見せる笑顔を浮かべるナズナ。
少し隙を見せるとこれだ。
「いや、勘違いじゃない?」
負けじと反論する。僕だって男だ。
「へぇー。そっか、そっか。まぁ、家族の仲が良いのは良いことだと思うよ。旅行なら分かるけど、中学生の時に家族で花見なんて仲が良い証拠だよ」
僕の抵抗軽く流されたことで、少しムっとする僕だが、いちいち反抗しても会話が進まない。
僕は流されたことを流して会話を続ける。
「そうかな……。まぁそうかも。母親が桜好きだからね。今年も二人で隣の県まで花見に行ったみたいだし、やっぱり桜は特別なんだろうね」
確かに家族で花見をするというのは、珍しいかもしれない。
ブルーシートと母親手作りのお弁当を持っての花見が許されるのは小学生までが一般的だろう。
僕は少しの気恥ずかしさを抱えていると、ナズナは何故か一人、表情を曇らせる。
「そっか。お母さんは桜が好きなんだね。キミは? 桜は好き?」
なんだろう……。
ナズナは僕と話しているときは基本的にいつも笑顔を浮かべてくれている。
それはきっと僕だけじゃなくて、他の人と話すときも同様だろう。
しかし、たまに……。
そう、たまに別人のような顔を見せることがあるのだ。
怖いとは思わない。でも、なんというか切なくなってしまう。
普段僕のことをからかったり、優しく話してくれたりするナズナからは想像もできない姿を見て、僕は――黙ってしまった。
そして、僕の様子を見て、ナズナはいつものように僕の内心を察したのだろう。
しかしいつものように僕をおちょくるような笑い声は聞こえてこない。
聞こえてきたのは、そう。
冷たく。そして突き放したような印象を受ける言葉。
「私は桜が嫌い。大嫌いなんだ」
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