日曜日のあぜ道でもキミは


 昼食を買いに行って、その帰路の途中。

 僕は来るときに通った道とは違う道を進んでいた。

 

 それは週に何回か通るあのあぜ道へ向かう道。



 なぜここに来てしまったのかは分からない。 

 今日は日曜日で、ナズナがいるかどうか不明なのだが僕はあぜ道へと足を進めていた。



 自分のことながら酔狂なことだと思う。

 しかしながら、足が勝手に田んぼ道へと向かっているのだ。



 ここまでくるとストーカーな何かだと思われるかもしれないが、僕はナズナに対して特別、異性として好意を抱いていない。


 もちろん友人としての好意はある。話しているだけで楽しい時間を送ることができるし、少しドライな印象を受けることもあるが、基本的に受け入れてくれる彼女の性格は僕にとってはとても好感の持てるものだった。



 ナズナがどう思っているのかは分からないが、僕にとってナズナは数少ない――いや、唯一の女性の友達になっていた。




 友人ができずに、一人退屈な学校生活のあとに訪れるオアシス。そんな風に捉えても遜色ないくらいあのあぜ道、そしてナズナには助けられているのだ。




 僕はあぜ道の横を通る道路の路肩に自転車を停めて、砂利道を進む。

 歩き慣れたその道は既に自分の庭と言っても良いほどだ。



 そしてそこに佇む一つの影。


 

「今日はどうしたの?」



 ナズナはいつものようにそこにいた。


 学校が休みということで、いつもの制服とは違い白いTシャツに黒のスキニーというシンプル目な装いをしている彼女の姿に一瞬気を取られる僕。



 それもそのはずで、彼女の私服など見たことが無かったからだ。

 彼女の装いは彼女の良さをこれでもかと押し出しているし、元々スタイルが良いナズナとシンプルな服装というのは相性が良い。

 

 見惚れることはないものの、僕も高校生。自然とナズナに視線を奪われそうになるものの、それをグッと我慢。そして何も無かったかのように僕はナズナとの会話に挑むことにした。



「いや……、コンビニで買い物した帰りで、たまたまここに寄っただけだよ」



 言葉に詰まる僕を見て、小さな笑みを浮かべるナズナ。その微笑みは僕の内心を見透かしているように感じられた。

 しかし、ここでそれを認めることができない僕は顔を背けながら、話題を振ることにする。



「それでナズナはどうしたの? 今日は学校休みだよね?」



「うん。休みだよ。今日もいつもと一緒。ただここにいるだけ」



 笑みをこぼしながら、あっけらかんと言うナズナ。

 その笑みを見れば大抵の男は心が癒されると思うのだが、僕は違う。何故ならその可愛らしい笑みは僕の挙動を見ての笑みだからだ。


 僕は抵抗ということで少しの沈黙を作ると、ナズナは「ごめん、ごめん」と形だけの謝罪をする。


 このやり取りにも慣れたものだが、毎回、毎回辱められる身にもなって欲しいものだ。



「それにしても今日は暑いね~」



 ナズナは立ち上がり、背伸びをすると空を仰ぐ。

 白いTシャツに身を包むナズナと青い空。そして背後には岩肌を露出している大きな山。


 それはまるで一枚の絵画のようだと僕は思ったが、これ以上ナズナの事を見ているとまた心を見透かされると同時に笑われてしまうので、ナズナに倣い空を見ると言葉を返す。



「そうだね。まだ五月なのに」



「ホント、春とは思えないよね。桜も散っちゃったから夏って言われても違和感無い感じ」



 パタパタと服を仰ぐナズナ。その姿は僕には少々刺激的なものだったが、そのことがバレないように目を逸らす。


 凝視するなんて失礼に当たる行為だし、何よりもまたナズナにバカにされる危険性があるからだ。

 そんな僕に対して、とてもリラックスしているナズナ。


 男の前なんだからもう少し警戒心を持っても良いと思うのだが、きっとナズナからしてみれば僕は男のうちに入っていないのだろう。


 容姿に優れているし、Sっ気はあるものの、とても親しみやすい性格をしている。

 そんな彼女と僕みたいな学校に友人が一人もいないボッチと釣り合いが取れるわけもないのだ。


 まぁ、確かに僕は他の同級生よりも童顔だし、積極性なんかも持ち合わせていなければコミュニケーション能力もないただの弱気な男子高校生な訳だが、せめて男認定されるくらいには立派になりたいな。


 なんて一人しょぼくれていると、ナズナは先程から無言で考え込んでいる僕の顔を覗き込むと不思議そうな表情を浮かべる。



「キミって結構自分の世界に入り込む癖あるよね」



 唐突な彼女にふと我に帰る僕。



「え? いきなり何?」



「いやさ、キミって結構話している途中に急に黙り込んだかと思えば、真剣な顔することがあるなって。それって何か考えてるんでしょ?」



「う、うん。まぁ」



 流石に失礼なことをしてしまったと僕は反省する。

 一対一で会話をしている中、黙りこくってしまうのは良くないことだ。

 そんな風に自分を俯瞰して自己分析していると、ナズナから思いがけない一言が飛んできた。



「なんか良いね。男の子って感じで」



 笑みを浮かべながらそう言ってくるナズナに対して、たじろいでしまう僕。

 そうやって正面切って同学年の女子に笑顔を向けられた経験が少ない僕にその笑みは反則級なのだ。



「そ、そうかな? 話してるときに急に黙っちゃうのは失礼なことじゃない?」



「確かにね。でも重大な話じゃなくて世間話程度なら別に良いんじゃないかな? それに君の場合は考えていることが結構分かりやすいから」



「そんなに分かりやすい……?」



「うん。めちゃくちゃ分かりやすいよ。そうだね〜。例えば――」



 ナズナは言葉を紡ぎながら僕に顔を近づけると、もう鼻と鼻がくっついてしまうのではないかという距離まで迫ってくる。

 僕はそんなナズナの行動に顔が熱くなるのを感じ、慌てて顔を背けた。



「ほら。分かりやすい。キミが考えていたことを当てようか?」



 勝ち誇ったような表情を浮かべるナズナ。

 僕が彼女に勝てる日は来るのだろうか……。



「いや……。大丈夫。って言うか、それは反則じゃない? 僕じゃなくても当てられそうなものだけど」



「そうかな? まぁ、百歩譲ってさっきのは反則スレスレだとしてもキミは分かりやすいと思うよ」



「……」



 僕は先ほどからナズナのおもちゃにされていることに対して、ムっとした顔をする。


 同級生の、それも女子からこんなに良いようにされてしまっているというのは男の僕としては気分の良いものじゃない。



「今度は不機嫌になったね。やっぱりキミは分かりやすいよ。だからこそ……なんだけどね」



「ん? 何?」



「なんでもない。それに分かりやすい方が良いと思うよ。なんか可愛いし」



 ナズナの可愛いという言葉にまた僕は微妙な表情を浮かべた。

 僕は男であって女でもないし、年下というわけでもない。昔から童顔で女顔と家族からは言われていたが、同学年に言われてしまうのはなんとも虚しい。

 

 

 そして僕はまた思考が顔に出てしまっていたのだろう。ナズナは僕の表情を見ると「本当に分かりやすいね。キミは」と満足気に言うのだった。


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