ソメイヨシノは愛される


 若干の睡眠不足を感じながら僕は午前の授業を受けていた。


 歴史を担当している比較的若めの教師の言葉は右から左へと流れていく中、僕はぼーと黒板の上にある時計を見つめる。


 教師の声は比較的若い人であるがためなのか、とてもハリ? のようなものがあり耳に届きやすいのだが、幾分この時期の気候は眠気を誘うもの。早く授業が終わって欲しいと思いながら僕は睡魔と格闘をしていた。


 とは言っても休み時間になったところで、僕はこのクラスに友人はいないので終わったところで退屈なのには変わりないのだが、それは気分次第と言ったところだろうか。


 

 僕は眠気を覚ますためにちらりと外を見る。するとそこには新入生を迎えるソメイヨシノが校門から校庭を囲むように咲いていた。


 なぜ学校には必ずと言っても良いほど桜の木があるのだろう? なんて疑問を持つも、今は授業中なのでスマホで調べることができない僕は、スッキリとしない気持ち悪い気分を抱えながら真面目に授業を受ける姿勢に入った。




 全ての授業が終わり、放課後。

 僕は昨日……いや、今年度同様、一人昇降口へと向かうと駅へと歩き出した。



 校門を過ぎる頃には頭上にはソメイヨシノが咲き乱れて、散っている。


 あと数日後には葉桜になってしまっていると思うと寂しい気持ちになるが、それも桜の美しさの一端を背負っていると思えば、悪くない気分だ。


 そういえば……。


 僕はポケットからスマホを取り出し、授業中に気になっていたことを調べ始めた。


 検索エンジンに『なぜ学校には桜の木があるのか?』と打ち込み、検索。


 人類の技術の発展に感謝することなく、ただ無心で検索をかけると多くの記事が出てきた。


 だいたい一番上に出てくるのは、客寄せに特化しているページなので、下の方に出ている記事を見る。するとそこには、なんと言うか、なんとも形容しがたい内容が書かれていた。



 簡単にまとめるとこうだ。

 ・サクラは日本軍人の象徴であり、サクラを通して軍人の在り方を教えていた。

 ・サクラは国花の扱いを受けている。

 ・入学、卒業の時期に咲くから。



 良く分からない。というのが僕の正直な感想。

 国花なんてものがあったことも知らなかったし、何よりも戦後からもう数十年も経過している僕達の世代は被害者を悼む気持ちは持ち合わせているが、軍人の在り方なんてものは理解することができないからだ。



 ただ一つ分かったことは桜は昔から多くの人達に特別視され、大切にされているということだけだった。

 僕はポケットにスマホを戻して、駅へと歩き出す。


 少しずつ太陽が傾き始め、夕陽へと変化し始めるのを眺めながら僕は足を進める。

 風はまだ少し肌寒いものがあったが、数か月前までジャケットを着込んでいた頃に比べれば過ごしやすい気温になったと思う。

 



 僕はただ無心で駅まで歩くと、電車が来る時間を確認してホームのベンチに腰を掛けた。

 あと五分くらいか……。


 時間の感じ方というのは不思議なもので、時と場合によってその時間は価値が変動する。遊んでいるときの五分、友達を待っているときの五分、移動中の五分。それら全て同じ五分なのに時間の流れが別のように感じてしまうのは僕だけじゃないだろう。



 僕はポケットからスマホ。そして鞄からイヤホンを取り出し繋げると、耳に差しお気に入りの懐メロを再生した。


 友人との帰宅なら楽しい時間が過ごせるというものだが、如何せん僕は一人。なので音楽で退屈をしのぐしかないのだ。

 自分のことながら寂しい人間である。




 ゆっくりとした時間が流れる中、音楽に耳を傾けながらホームにいる人達を見渡す。

 特に人間観察が好きということもないのだが、今の僕にできることはそう多くない。


 駅には多くの人がいた。


 帰宅の時間ということで、スーツ姿のサラリーマンや、髪を派手に染めている大学生、そして僕と同じ制服を着込んでいる高校生。

 田舎だというのに、この時間の駅はとても混みあっている。

 


 僕はただ何も考えることなく行き交う人を見ていると、一人の女子高生の姿が目に止まった。

 その女子高生が着込んでいる紺色の制服、そしてその後ろ姿に見覚えがあったからだ。 

 

 


 僕はベンチから立ち上がると、彼女に気付かれない程度に近づき顔を確認することにした。

 正直気持ちの悪い行為だとは思うが、もう会うことはないと思っていた人と会えるかもしれないという期待が奇行を誘ったのだ。


 ちらりと気づかれないように盗み見る。

 そして確認の後、僕は女の子から離れた。



 人違いか……。



 ナズナと同じ制服を着ていた女の子は別人だった。

 なんとなく雰囲気は似ていたのだが、横顔が明らかに違ったのだ。

 僕はなんとも言えない気分のまま、電車に乗るために並んでいる列に立つ。



 期待していた訳ではない。正直もう会うことはないと昨日の時点で分かっていたし、何よりもしナズナ本人だったとしてもこんなに人が多くいる中、話しかけるなんて僕にはできない。


 それにこんなところで会ってどんなことを話すんだ? 昨日はなんとなく勢いと雰囲気で話すことができたが、初対面と違い、もう既にお互いを認知した仲だ。表面上の会話はもう通じない。


 ……なんてね。

 いくら誤魔化しても自分のことだから分かっているのに……。

 僕は期待したんだ。そして今ナズナじゃないと分かって落胆している。


 もちろんこんなに人が多くいる中話しかけるのは僕には無理かもしれない。


 でも、もしもナズナ本人だったら何かしらの行動をしていたと思うし、もしかしたらナズナの方からコンタクトを取ってくれる可能性もある。



 好意を持っているのかと聞かれたら、それはまだ彼女のことを知らないし良く分からないけど、昨日ナズナと話した数時間は僕にとって楽しい時間だったのは確かだったのだ。


 学校生活が上手く行ってないから。

 女の子と話す機会が少なかったから。

 ナズナが話しやすい性格をしているから。

 

 色々な要因があると思うが、僕はまたナズナと会えるなら会いたい。そう思っているのだ。




 あのあぜ道に行けば会えるかな……。


 


 そんならしくないことを考えながら、一分遅れでやってきた電車に乗り込むと、車窓から見える田んぼを見ながら僕は電車に揺られた。



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